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借金まみれのシスターですが、元悪魔の俺に愛されてもいいですか?  作者: ウイング神風


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9/30

日曜日は退屈な日

 翌日。日曜日。


 教会にとっては、一週間の中でも特別な日だ。


 しかし、悪魔である俺にとっては、退屈極まりない一日でもある。


 なぜなら、日曜日にはミサが行われるからだ。


 信者たちは教会に集まり、神に祈りを捧げる。パンをキリストの体、ぶどう酒をキリストの血としていただき、神との結びつきを確かめる。


 俺に言わせれば、理解しがたい儀式だった。


 神に祈れば救われる? 罪を告白すれば赦される?


 そんな都合のいい話があるものか。


 ……まあ、ここで文句を言っても始まらない。


 俺は人知れず教会を抜け出し、駅へ向かった。


 日曜日の街には、平日とは違った空気が流れていた。駅前には買い物に出かける人々や、家族連れの姿がある。人の多さは、混雑というほどでもなければ、閑散としているわけでもない。


 俺はその人波に紛れ、電車に乗り込んだ。


 いくつか駅を通り過ぎ、マンションの最寄り駅で降りる。


 そこから歩くこと数分。見慣れた高級マンションが見えてきた。


 自宅に戻り、玄関の扉を開ける。


 ……静かだ。


 当然といえば当然か。


 須美は、きっとどこかで男と遊んでいるのだろう。あいつのことだから、俺がいない間も退屈せずに過ごしているに違いない。


 俺はリビングへ向かうと、壁面のモニターを起動した。


 お父様に報告するためだ。


 しばらくすると、モニターの向こうに白いスーツを着た男の姿が浮かび上がった。長い白髪と、見る者を圧倒するような存在感。映像越しであっても、その威厳は少しも損なわれていない。


 お父様だ。


『それで、様子はどうだ?』


「はい。順調です。計画は明日から実行に移す予定です」


『失敗は許されないぞ』


「承知しております。念には念を入れ、三つの段階に分けて計画を進めるつもりです」


『ほう。三段構えか』


 お父様は満足げに目を細めた。


『さすがは我が息子だ。物事は慎重に進めるに越したことはない』


「お褒めにあずかり、光栄です」


 俺は一礼した。


 そうだ。俺はすでに、ソフィアの信仰を揺るがすための三つの計画を考えている。


 俺は、アダムとイブを惑わせた蛇になる。


 彼女が信じるものを見極め、少しずつ疑念を植えつける。彼女の善意を利用し、彼女自身に自分の信仰を問い直させるのだ。


 そして、最後には神への忠誠を捨てさせる。


 それこそが、俺の果たすべき任務だった。


『ところで、清水教会では何か分かったか?』


「はい。昨日一日、ソフィアの様子を観察しました」


 俺は、教会での生活について説明した。


 ソフィアは人を疑うことが苦手らしい。俺を警戒するどころか、すでに信頼を寄せている。食事を用意し、生活の決まりを教え、困っている人間を見れば迷わず手を差し伸べる。


 おまけに、俺が何を考えているのか、少しも疑っていないようだった。


『なるほど。ソフィアという娘は、ずいぶんと純粋なのだな』


「はい。だからこそ、こちらの思惑に気づく前に計画を進められると考えています」


『ならば、まず一億円を用意しておこう。残りは、計画が成功したときの報酬だ』


「ありがとうございます」


『ただし、金を渡せばそれで終わりというわけではない。相手の信頼を得ることも忘れるな』


「承知しております」


『それから、今日はミサに参加してこい。お前が教会の生活に馴染んでいると見せれば、彼女も警戒心を解くだろう』


「……分かりました」


 お父様は、それ以上何も言わなかった。


 通信が切れ、モニターの画面が暗くなる。


 俺は近くに置かれていた鞄を開いた。


 中には、約束どおり現金が用意されていた。


 悪魔であっても、契約は守る。


 特に金銭に関する約束は、なおさらだ。


 人間は悪魔との契約に魂を差し出すことがある。対価を曖昧にしたままでは、こちらも取引を成立させられない。


 だからこそ、俺たちは約束を守る。


 ……もちろん、相手が何を代償として支払うことになるのか。それを理解しているとは限らないが。


 俺は鞄を閉じ、玄関へ向かった。


 さて、教会へ戻るとするか。


 そんなことを考えながらマンションを出ると、ちょうど見覚えのある赤髪が目に入った。


「あれ? 坂井様!」


「須美か。久しぶりだな」


 須美美和子は、俺の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「何をしていたんですか?」


「お父様と話していたところだ」


「お父様と? それで、何かお話があったんですか?」


「俺のことを、ずいぶん期待しているらしい」


「さすがは坂井様です!」


 須美は目を輝かせ、当然のように俺の腕に絡んできた。


「それで、坂井様。今日は久しぶりに、わたしと遊びませんか?」


「誘いはありがたいが、今日はやめておくよ」


「えー。どうしてですか?」


「これから、あの聖女の信仰を揺さぶる計画を進めなければならない。余計なことに時間を使いたくないんだ」


「なるほど……。それなら仕方ありませんね」


 須美は少し残念そうに肩を落としたが、すぐにいつもの笑顔を取り戻した。


「では、わたしは部屋で休むことにします。最近、少し遊びすぎましたから」


「そうするといい。何かあれば連絡してくれ」


「はい。坂井様も頑張ってくださいね」


 須美と別れ、俺は駅へ向かった。


 電車に乗り、再び教会の最寄り駅で降りる。


 宿泊施設に戻って鞄を置くと、俺はそのまま教会へ向かった。


 時刻は午後。


 午前中のミサは、すでに終わっているらしい。


「あっ、哲夫さん。お帰りなさい」


 教会の入り口で、ソフィアと出会った。


「ただいま。朝はすまなかったな。少し用事があって、お父様と話していたんだ」


「そうだったんですね。大丈夫ですよ」


 ソフィアは気にした様子もなく、にっこりと笑った。


「午後のミサには参加してくださるんですよね?」


「ああ。そのつもりだ」


「よかった。では、こちらへどうぞ」


 彼女に案内され、俺は礼拝堂の中へ入った。


 そこには、すでに多くの信者が集まっていた。


 家族連れ、子供、老人。


 それぞれ事情は違うのだろうが、彼らには一つだけ共通点があった。


 神を信じている。


 誰もが真剣な表情で祭壇を見つめ、静かにミサの始まりを待っていた。


 その光景を見ただけで、俺は胸の奥に不快感が湧き上がるのを感じた。


 ……本当に、理解できない連中だ。


 だが、ここで顔に出すわけにはいかない。


 俺は案内された席に座り、周囲の様子を窺った。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。それでは、午後のミサを始めます。まずは回心の祈りを捧げましょう」


 ソフィアがそう告げると、近くにいた信者が祈りの文面を記した紙を渡してくれた。


 俺はそれを受け取り、目を落とす。


 やがて、礼拝堂に静かな祈りの声が響き始めた。


「全能の神と、兄弟の皆さんに告白します。わたしは、思い、ことば、行い、怠りによってたびたび罪を犯しました。聖母マリア、すべての天使と聖人、そして兄弟の皆さん、罪深いわたしのために神に祈ってください」


 俺も目を閉じ、周囲に合わせて口を動かした。


 もちろん、本気で祈るつもりはない。


 こんなところで悪魔の正体を明かすわけにはいかないのだから、仕方がなかった。


 祈りが終わると、礼拝堂にオルガンの音色が響いた。


 演奏しているのは、ソフィアだった。


 ……へえ。


 彼女が一人で演奏しているのか。


 俺は少し意外に思った。


 ソフィアは子供たちの世話をし、食事を作り、掃除をこなし、さらに学校にも通っている。そのうえ、こうしてミサの進行まで担っているのだ。


 どこに、そんな時間があるのだろう。


 オルガンの旋律に続き、信者たちが歌い始めた。


 主への慈しみを求める歌声が、礼拝堂いっぱいに広がっていく。


 俺はその音を聞きながら、ソフィアの姿を眺めた。


 彼女は迷いのない手つきで鍵盤を操っていた。


 その横顔は真剣そのものだった。


 普段、子供たちと接しているときの柔らかな表情とは違う。彼女は今、この場所で、自分の役割を果たすことに全力を注いでいる。


 ……なるほど。


 こいつにとって、信仰は単なる習慣ではないらしい。


 そのことだけは、認めてやってもいいだろう。


 やがて歌が終わると、ソフィアは祭壇の前へ進み、聖書を開いた。


 聖書の朗読が始まる。


 続いて、神の愛や赦しについての話が語られた。


 迷った者を救い、罪を犯した者にも悔い改める機会を与える。神は人間を見捨てず、誰に対しても慈しみを注ぐのだという。


 ……まったく。


 ずいぶんと耳当たりのいい話だ。


 俺は反論したくなる気持ちを押し殺し、静かに座り続けた。


 こんなところで説教に腹を立てても意味はない。周囲に合わせ、信者たちと同じように振る舞う。それが今の俺にできる最善の行動だった。


 その後、信者たちが祈りを捧げ、献金の籠が回ってきた。


 俺は財布を取り出し、数万円を献金した。


「哲夫さん。そんなに無理をしなくても大丈夫ですよ」


 隣にいたソフィアが、小声で話しかけてきた。


「大丈夫だよ。これは俺の気持ちだから」


「……ありがとうございます」


 ソフィアは、感激したように目を潤ませた。


 その反応を見て、俺は内心で笑った。


 俺が何を考えているのかも知らずに、ずいぶんと素直なものだ。


 この金は善意から差し出したものではない。彼女の信頼を得るための、ほんの小さな投資にすぎないのだから。


 もっとも、そんなことを口にするつもりはなかった。


 今は、善人の仮面を被っておけばいい。


 やがて、ミサは聖体拝領へと進んだ。


 信者たちは順番に祭壇の前へ進み、パンとぶどう酒をいただいていく。


 キリストの体と血を通じて、神との結びつきを確かめる儀式だ。


 俺は周囲の動きを観察しながら、静かに席に座っていた。


 神を信じることなど、俺にはできない。


 それでも、この場にいる間は、信者たちの振る舞いを乱さないようにするしかなかった。


 やがてミサが終わり、閉祭の言葉が告げられる。


 信者たちはそれぞれ帰り支度を始め、礼拝堂から出ていった。


 ソフィアは一人一人に声をかけ、困りごとや悩みを抱えている人の話にも耳を傾けていた。


 誰かが話し始めれば、急かすことなく最後まで聞く。


 相手がどんな表情をしていても、決して面倒そうな顔を見せない。


 ……不思議な女だ。


 他人の悩みを聞いたところで、すべてを解決できるわけではない。それでも、彼女は人々と向き合い続けている。


 俺には、その行動の意味が分からなかった。


 だが、ソフィアの周りには、彼女を頼りにしている人間が集まっていた。


 彼女が信仰を失えば、この人々とのつながりも変わるのだろうか。


 それとも、神を信じなくなったとしても、彼女は変わらず他人に手を差し伸べるのだろうか。


 ……いや。


 余計なことを考えるな。


 俺の目的は、彼女の信仰を揺るがすことだ。


 明日になれば、計画を実行に移す。


 ソフィアが何を信じ、何を大切にしていようと、俺はその心に疑念を植えつける。


 そう決めたのだから。


 最後の信者を見送ると、ソフィアはこちらを振り返った。


「哲夫さん。本日はミサに参加してくださって、ありがとうございました!」


「なんだ、急に?」


「だって、哲夫さんも一緒に祈ってくださったじゃないですか。きっと神様も喜んでくださっています」


 ソフィアは、まぶしいほどの笑顔を浮かべた。


 俺は思わず口元を緩めそうになった。


 ……何も知らないんだな。


 俺が何のためにここにいるのか。


 何を考え、何を企んでいるのか。


 それを知ったら、今と同じ笑顔を向けてくれるだろうか。


 目の前にいるのは、悪魔の正体を知らない一人の少女だ。


 そして俺は、彼女の信頼を利用しようとしている。


「それより、子供たちはどうしているんだ?」


「子供たちなら、宿泊施設で読書をしていますよ」


「そうか」


「まだ小さいですから、ミサへの参加はもう少し先なんです。教会のことや、祈りの意味を理解できるようになってからですね」


「なるほど。年齢によって違うんだな」


「はい。無理に覚えさせるのではなく、少しずつ学んでいけばいいと思っています」


 ソフィアはそう言って、宿泊施設のほうへ視線を向けた。


 彼女にとって、子供たちもまた、守るべき大切な存在なのだろう。


 ……まあ、俺には関係のない話だ。


 俺は、この教会にいる人々の信頼を利用するために来た。


 その目的を忘れてはならない。


「では、哲夫さん。ミサも終わりましたし、教会の掃除を手伝っていただけませんか?」


「掃除か。分かったよ。それくらいなら手伝う」


「ありがとうございます。やっぱり哲夫さんは優しい方ですね」


 ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔を見て、俺は一瞬だけ口元を引き締めた。


 優しい、か。


 そんな評価をされるのは、これで何度目だろう。


 俺は別に、善人になりたいわけではない。人から褒められたいわけでもない。


 ただ、目的を達成するために必要なことをしているだけだ。


 ……そう。すべては計画のためだ。


 俺はほうきを手に取り、礼拝堂の掃除を始めた。


 床に落ちた小さなゴミを集め、椅子の隙間にたまった埃を取り除く。最後に、固く絞った布で椅子を一つずつ拭いていった。


 手間はかかるが、やるべきことは単純だ。


 汚れを見つけ、取り除く。


 ただ、それだけでいい。


 作業を続けていると、妙なことに気づいた。


 ……不思議と、嫌な気分ではない。


 むしろ、目に見えて綺麗になっていく礼拝堂を見ていると、気持ちが少し落ち着いてくる。


 俺は手を止め、磨き終えた椅子を見つめた。


 何を考えているんだ、俺は。


 これはただの掃除だ。神への奉仕でもなければ、信仰の証明でもない。


 そう自分に言い聞かせ、再び布を動かした。


 それでも、胸の奥に残ったわずかな安らぎは、簡単には消えてくれなかった。


 ……くだらない。


 俺は小さく首を振った。


 明日になれば、計画が始まる。


 お父様から与えられた任務だ。失敗は許されない。


 ソフィアの信仰を揺るがし、彼女が信じている世界に疑念を突きつける。


 そのために、俺はここにいる。


 どれほど穏やかな時間を過ごそうと、その事実は変わらない。


 俺は最後の椅子を拭き終え、布を畳んだ。


 礼拝堂は、すっかり綺麗になっていた。


 ……よし。


 明日だ。


 明日から、すべてが動き始める。

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