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借金まみれのシスターですが、元悪魔の俺に愛されてもいいですか?  作者: ウイング神風


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10/30

悪事の一つ目

 翌日の月曜日。


 朝食を終えた俺は、いよいよ計画を実行に移すことにした。


 まずは、第一の悪事からだ。


 悪事を仕込むときは、簡単なものから始めるに限る。いきなり難易度の高いことをさせても、相手が戸惑うだけだ。小さな一歩を踏み出させ、徐々に罪の意識を麻痺させていく。それが悪の鉄則である。


 俺はソフィアを呼び出した。


「まずは、そうだな。簡単なことから始めてもらおう」


「はい。なんでしょうか? 私にできることなら、なんでもします」


 ……言ったな?


 なんでもする、と。


 その言葉に二言はないよな? 後悔しても遅いぞ。


 俺は、思わず口元を緩めた。


 いや、まだ喜ぶのは早い。大切なのは、計画を実行し、結果を出すことだ。


 俺たちは教会を出て、繁華街へ向かった。


 人通りの多い通りを歩きながら、俺は左右を見回した。今回の標的は、客の少ないコンビニだ。


 人目が少なければ、万引きも成功しやすい。


 もちろん、店員に見つかれば厄介だが、そこは運次第。まずは、条件のよさそうな店を探すことにした。


 やがて、繁華街の外れにあるコンビニが目に入った。


 店内に客の姿はない。レジには、いかにも暇そうな店員が一人立っている。


 よし。ここならいける。


 俺はソフィアに顔を向けた。


「そこのコンビニで、おにぎりを持ってきてくれ。ただし、金は払うな」


「はい、分かりました!」


 ……おお。飲み込みが早い。


 これは、いい傾向なのではないだろうか。


 俺の期待を背負い、ソフィアはコンビニの中へ入っていった。


 店内の籠を手に取り、おにぎりの売り場へ向かう。そして、鮭や梅などのおにぎりを三つほど籠に入れた。


 よし。そのまま店を出るんだ。


 レジには近づくな。店員と目を合わせるな。何食わぬ顔で出口へ向かえ。


 俺は心の中で指示を飛ばした。


 ところが――。


 ソフィアは、おにぎりの入った籠を持って、堂々とレジへ向かった。


 おいおいおい!


 何をしているんだ、こいつは!


 万引きというのは、金を払わずに商品を持ち出すことだぞ? どうしてわざわざ店員の前に行くんだ!


 俺が呆然としていると、ソフィアは満面の笑みを浮かべて言った。


「あの、このおにぎりをいただけませんか? お金を払わずに」


 …………。


 おいいいいいいいいっ!


 そんな堂々とお願いして、通るわけがないだろうが!


 それは万引きというより、ただの無茶なお願いだ!


 俺は頭を抱えたくなるのを堪え、少し離れた場所から様子を見守った。


 店員は困惑した顔でソフィアを見つめている。


「お客さん。それはちょっと無理ですよ。商品なんですから、お金を払ってもらわないと」


「そうですか……。それでは困ってしまいます。教会が大変なことになるんです」


「いや、そう言われましても……」


 話は平行線だった。


 当然だ。客が商品を無料でくれと言い出したら、店員だって困るに決まっている。


 俺は額に手を当てた。


 まさか、こんな簡単な計画でつまずくとは。


 やはり、ソフィアには悪事の意味から教えなければならないのか?


 そんなことを考えていると、店員がふと籠の中を覗き込んだ。


 そして、おにぎりの一つを手に取る。


「あれ……?」


「どうしました?」


「このおにぎり、賞味期限が切れてますね」


「えっ?」


 店員の顔色が変わった。


 彼は棚を確認し、別のおにぎりも手に取って調べ始めた。


「申し訳ありません! こちらの確認不足です。期限切れの商品を並べてしまって……」


 店員は慌てた様子で頭を下げた。


「お客さん、わざわざ教えてくださってありがとうございます。これは販売できない商品ですから、こちらで処分します。お詫びというわけではありませんが、よろしければ、こちらをお持ちください」


 そう言って、店員は販売できるおにぎりを袋に詰め始めた。


 …………は?


 何が起きた?


 俺は目を疑った。


 ソフィアは万引きをしようとした。いや、正確には、金を払わずにおにぎりをもらおうとしたのだ。


 ところが、賞味期限切れの商品を指摘したことで、店員のミスが発覚。結果として、彼女は感謝され、別のおにぎりまで無料でもらうことになった。


 これでは、悪事どころか善行ではないか!


 なんだ、この展開は!


 俺が必死に考えた計画が、どうしてこんな結末になるんだ!


 やがて、ソフィアはおにぎりの入った袋を手に、店から出てきた。


「哲夫さん! おにぎりをいただけました!」


 彼女は嬉しそうに袋を掲げた。


「……ソフィア。ちょっと話をしようか」


「はい? どうしました?」


 俺たちはコンビニを離れ、近くの公園へ移動した。


 少し落ち着いて考える必要がある。


 第一の計画は失敗だ。


 これでは、三億円を支払う条件を満たせない。


 いや、そもそも、悪事をさせるという目的そのものが達成できていないのだ。


 俺たちは公園のブランコに腰を下ろした。


 ソフィアは袋から鮭のおにぎりを一つ取り出すと、俺に差し出してきた。


「哲夫さんも、どうぞ」


「……ああ」


 俺はおにぎりを受け取り、包装を開いた。


 一口食べる。


 もぐもぐ。


 ……うん。普通にうまい。


 賞味期限が切れていた商品とは別のものだ。味に問題はない。


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「ソフィア。今回の作戦は失敗だ」


「えっ? 失敗ですか?」


「ああ。確かに、お金を払わずにおにぎりを手に入れた。でも、結果的には店員を助けたことになっている。これじゃあ悪事を働いたことにはならない」


「……そうなんですか?」


 ソフィアは不思議そうに首を傾げた。


 ……駄目だ。


 これは、説明しても理解してもらえそうにない。


 俺は深いため息をついた。


 そもそも、どうしてこうなった?


 俺は万引きをさせるつもりだった。ところが、ソフィアは店員に堂々とお願いし、結果として店のミスを発見してしまった。


 偶然にしても、あまりに都合がよすぎる。


「哲夫さんって、もしかして本当はいい人なんですか?」


「はあ? どうしてそうなるんだ?」


「だって、おにぎりの賞味期限が切れていることを、最初から分かっていたんですよね? だから、あえて店員さんに伝えたんですよね?」


「分かっているわけないだろ!」


 俺は思わず声を上げた。


 なんでそうなるんだよ!


 俺は悪魔だぞ? 人を善人だと勘違いするにも、ほどがある!


 ……いや、待て。


 そもそも、ソフィアは自分が何をしているのか、本当に理解しているのだろうか?


 俺は頭を抱えた。


 このままでは、悪事を仕込むどころか、俺が善人扱いされて終わってしまう。


 いったい、次は何をさせればいい?


 鮭のおにぎりをかじりながら、俺はブランコを揺らした。


 前へ、後ろへ。


 揺れる景色を眺めながら、次の計画を練る。


 ……ソフィアは純粋すぎるのか?


 それとも、俺の考える悪事が単純すぎるのか?


 どちらにしても、作戦を練り直す必要がある。


「なあ、ソフィア」


「はい?」


「今まで、悪いことをした経験はあるか?」


「もちろんありますよ」


「ほう?」


 俺は身を乗り出した。


 ようやく、まともな話が聞けそうだ。


「例えば、どんなことだ?」


「神父様に内緒で出かけてしまったことがあります」


「…………」


 俺は無言になった。


「それだけか?」


「はい。でも、秘密にして行動するのはよくないことですから。帰ってから、ちゃんと反省しました」


「……ずいぶんと小さな罪だな」


「そうでしょうか? 神父様が心配してしまいますから、やっぱり駄目なことだと思います」


 ソフィアは真面目な顔で答えた。


 なるほど。


 こいつにとっては、そんなことでも罪になるらしい。


 だが、俺が聞きたいのは、そういう話ではない。


「ところで、神父は今も海外にいるんだったな?」


「はい。教会のために、三億円を用意しようとしてくださっています」


「……本当に、そんな大金を用意できるのか?」


「私は信じています」


 ソフィアは迷いなく答えた。


「神父様なら、きっと何とかしてくださいます。あの方は、間違った道を歩いている人でも、正しい道へ戻れるように導いてくださる方ですから」


 その瞳には、確かな光が宿っていた。


 ただの希望的観測ではない。


 彼女は、本気で神父を信頼しているのだ。


 ……まったく、腹立たしい。


 どうしてそこまで人を信じられる?


 相手が裏切る可能性を考えないのか?


 人間なんて、自分の利益のためなら平気で他人を切り捨てる生き物だ。


 それなのに、こいつは。


「よほど、神父のことを信頼しているんだな」


「はい。神父様はすごい方です。間違った道を歩いている人でも、もう一度やり直せるように支えてくださいますから」


「……頼もしいものだな」


 俺は皮肉を込めて呟いた。


 間違った道を歩く者を、正しい道へ戻す?


 俺のような狼を、羊に変えるとでもいうのか?


 笑わせるな。


 俺はお父様を信仰し、神に反逆する悪魔だ。


 そんな俺が、誰かの言葉一つで変わるはずがない。


 ……絶対に、な。


「さて、次の計画に移ろうか」


「はい! 何でも言ってください」


 ソフィアは相変わらず、期待に満ちた目で俺を見つめていた。


 その表情を見ると、ますます不安になる。


 いや、違う。


 次こそ成功させればいいだけの話だ。


 俺は鞄からノートを取り出し、最初の計画に大きな横線を引いた。


 その横に、こう書き込む。


 ――第一の計画、失敗。


 ……屈辱的な記録だ。


 俺はノートを閉じ、立ち上がった。


「せっかくだ。公園を少し見て回ろう」


「はい。分かりました!」


 俺たちはブランコを離れ、公園の掲示板へ向かった。


 そこには、地域の行事やボランティア活動の案内が、所狭しと貼られていた。


 祭りの告知、清掃活動の募集、子供向けのイベント。


 どれも俺には関係のないものばかりだ。


 ……何か、使えるものはないか。


 俺は張り紙を一枚ずつ眺めていった。


 そのとき、一枚の紙が目に留まった。


 行方不明になった少女を探しているという知らせだった。


 名前は、アキちゃん。


 昨日の昼頃から行方が分からなくなっているらしい。赤いスカートに白いブラウスを着ていたという。


 写真に写っているのは、まだ幼い少女だった。


 ……行方不明か。


 神隠しにでも遭ったのだろうか。


 まあ、俺には関係のない話だ。


 人間が一人いなくなったところで、世界が変わるわけでもない。


 俺はその張り紙から視線を外し、別の案内へ目を向けた。


 すると、今度は近隣の神社に関する通知が目に入った。


 境内の修繕工事を行うため、一定期間、立ち入りを禁止するという内容だった。


 ……ほう。


 俺は思わず口元を緩めた。


 立ち入り禁止の場所。


 そこへ入れば、少なくとも決まりを破ることにはなる。


 しかも、神社だ。


 神を敬う人間にとっては、大切な場所なのだろう。


 そこに何か問題を起こせば、ソフィアもさすがに悪いことをしたと認めるかもしれない。


 もちろん、何をするかは慎重に考える必要がある。


 だが、最初の計画よりは見込みがありそうだった。


 俺は張り紙を見つめながら、頭の中で次の手を組み立て始めた。


 くくく……。


 今度こそ、失敗するわけにはいかない。


 第一の計画は、思わぬ形で頓挫した。


 だが、次がある。


 ソフィアがどれほど純粋であろうと、俺は必ず彼女の信仰を揺るがしてみせる。


 ……そう、思っていた。


 ただし、このときの俺はまだ知らなかった。


 掲示板に貼られた、あの行方不明の少女の知らせが。


 これから始まる計画に、思いもよらない形で関わってくることを。

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