デートは最善にする
翌朝。
いつもより少し早く目を覚ました俺は、洗面台の鏡と睨めっこしていた。
「……うーん」
髪を整える。
前髪を少し上げてみる。
いや、違うな。
今度は横に流してみる。
「……これも違う」
何をやっているんだ、俺は。
たかが外出するだけだろう。
そう自分に言い聞かせるものの、どうにも落ち着かない。
なにしろ、今日は特別な日なのだ。
ソフィアと二人きりで、上野の美術館へ行く。
名目上は、ゴッホの絵画を勉強するため。
だが、俺にとっては、それだけではない。
……デートだ。
好きな女の子との、初めてのデート。
そう考えた途端、心臓が妙に騒がしくなる。
「……落ち着け、俺」
鏡に向かってつぶやく。
かつては悪魔の王子として、数え切れないほどの人間を誘惑してきた男だぞ。
女の子と二人で出かけるくらい、どうということはない。
……はずなのに。
「……くそっ」
俺は両頬を軽く叩いた。
「よし!」
気合を入れる。
とにかく、いつもどおりに振る舞えばいい。
変に意識するから、緊張するのだ。
俺は、ようやく鏡から離れた。
◇
食堂へ向かうと、朝食のいい香りが漂っていた。
「おはようございます、哲夫さん」
ソフィアが、キッチンから顔を覗かせた。
「おはよう」
「今日はオムレツにしましたよ」
彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
テーブルの上には、ふんわりと焼き上がったオムレツが並べられている。
「わあ! オムレツだ!」
「オムレツ!」
「……おいしそう」
洋子、純子、真美の三人も、朝から元気いっぱいだった。
洋子は皿を運び、純子はスプーンを並べ、真美はコップを一つずつ置いている。
……まったく。
朝から賑やかな教会だ。
だが、そんな光景にも、すっかり慣れてしまった。
以前の俺なら、子供たちの騒ぎ声をうるさいと思っていただろう。
今は、不思議と心地よい。
「おはよう、みんな」
そこへ、清水神父が姿を現した。
「今日も、いい朝だね」
「おはようございます、神父様!」
子供たちが、元気よく挨拶する。
神父は、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら席についた。
「さて、みんな揃ったことだし、食前のお祈りをしようか」
俺たちは、両手を合わせた。
「天の父よ。今日もこうして、皆で食卓を囲めることに感謝します。この食事と、私たちの一日をお守りください。アーメン」
「「「アーメン!」」」
俺も、小さくつぶやいた。
「……アーメン」
……ずいぶん、自然な祈りだな。
神父の祈りは、難しい言葉を並べたものではなかった。
ただ、今日も皆が元気でいられることを感謝する。
それだけ。
だが、今の俺には、その素朴さが少し羨ましく思えた。
「さあ、いただこう」
神父の言葉に、俺たちは朝食を取り始めた。
オムレツを一口食べる。
「……うまっ」
思わず声が漏れた。
卵はふんわりとしていて、ほんのり甘い。
中には炒めた野菜が入っており、優しい味わいが口いっぱいに広がる。
「どうですか、哲夫さん?」
ソフィアが尋ねてくる。
「最高だよ。毎朝これでもいいくらいだ」
「ふふっ。それでは、飽きてしまいますよ」
「いや、ソフィアの料理なら飽きない自信がある」
「まあ」
彼女は、少し照れくさそうに笑った。
……あ。
今の発言、ちょっと恥ずかしかったか?
俺は慌ててオムレツを口に運んだ。
すると、向かいに座った神父が、意味ありげに微笑んでいる。
「……何だよ、神父様」
「いやいや。何でもないよ」
……絶対、何か考えているだろ。
◇
朝食を終えると、俺は自室へ戻った。
いよいよ、出発の準備だ。
「……さて」
クローゼットを開く。
今日は制服ではない。
せっかくの外出なのだから、少しくらいは格好をつけたい。
俺は白いシャツを取り出し、黒いパンツと合わせた。
その上から、薄手のジャケットを羽織る。
鏡の前に立つ。
「……うん」
悪くない。
いや、むしろ結構いいんじゃないか?
……自分で言うのも何だが。
俺は襟元を整えた。
財布。
スマートフォン。
交通系ICカード。
そして、ゴッホ展のチケット。
忘れ物がないことを確認し、部屋を出た。
教会の正面玄関へ向かう。
ソフィアとは、ここで待ち合わせる約束だった。
「……まだか」
俺は、腕時計を確認した。
約束の時間までは、あと五分。
別に遅れているわけではない。
むしろ、俺が早く来すぎただけだ。
だが、どうにも落ち着かなかった。
……ソフィアは、どんな格好で来るのだろう。
普段は制服か、修道院での落ち着いた服装しか見ていない。
私服姿を見る機会は、意外と少ないのだ。
きっと、何を着ても似合うのだろう。
そんなことを考えていると。
「お待たせしました、哲夫さん!」
聞き慣れた声が響いた。
「……お?」
俺は振り返った。
そして。
「…………」
言葉を失った。
ソフィアが、そこに立っていた。
淡いピンク色のブラウス。
黒いロングスカート。
足元には、歩きやすそうな革靴。
肩には、小さなショルダーバッグを掛けている。
長い金髪は、いつもより丁寧に整えられていた。
派手な服装ではない。
むしろ、控えめで清楚な装いだ。
だが、それが彼女によく似合っていた。
「……どうでしょうか?」
ソフィアは、少し不安そうに尋ねた。
「久しぶりのお出かけなので、何を着ようか迷ってしまって……」
「…………」
「……哲夫さん?」
「……あ、ああ!」
俺は、慌てて我に返った。
「い、いいんじゃないか?」
「本当ですか?」
「ああ。すごく似合ってる」
思わず、本音が漏れた。
ソフィアは、一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「……ありがとうございます」
頬をほんのり赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。
……まずい。
その笑顔は、反則だ。
「哲夫さんも、今日は素敵ですね」
「……え?」
「いつもより、少し大人っぽく見えます」
「……そ、そうか?」
「はい!」
彼女は、満面の笑みで頷いた。
……やめてくれ。
そんな真っ直ぐ褒められたら、こっちが照れるだろうが。
「……じゃ、じゃあ、行くか」
「はい!」
こうして俺たちは、教会をあとにした。
◇
最寄り駅まで歩き、改札を抜ける。
電車に乗ると、俺たちは並んで座った。
平日の朝ということもあり、車内には通勤客や学生の姿が目立つ。
窓の外には、住宅街の景色が流れていた。
「……楽しみだな」
俺がつぶやくと、ソフィアは嬉しそうに頷いた。
「はい。私も、とても楽しみです」
「ゴッホの絵を実際に見るのは、久しぶりなのか?」
「そうですね。以前、神父様と美術館へ行ったことがありますけれど……」
ソフィアは、少し考えるように首を傾げた。
「今回は、哲夫さんと一緒ですから」
「……え?」
「きっと、いつもとは違う発見があると思います」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
……そういうことを、何のためらいもなく言うんだよな。
こっちは、そのたびに心臓が忙しいというのに。
「……そうだな」
俺は、窓の外へ視線を向けた。
「俺も、楽しみだよ」
……本当に。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。
ふと、そんなことを考えてしまった。
だが、教会に残された猶予は、あとわずかだ。
この外出も、単なる遊びではない。
俺は、絵画を学ばなければならない。
そして、清水神父の《ひまわり》を完成させるための手がかりを見つけなければならないのだ。
「……よし」
俺は、小さく拳を握った。
「今日は、しっかり勉強するぞ」
「ふふっ。はい!」
ソフィアが、楽しそうに笑った。
◇
上野駅に到着すると、俺たちは美術館へ向かった。
駅の周辺には、多くの人々が行き交っている。
上野公園の木々は、初夏の陽射しを浴びて鮮やかな緑色に輝いていた。
「……いい天気だな」
「そうですね」
ソフィアは、空を見上げた。
「お出かけ日和です」
俺たちは、公園の中を歩いていく。
やがて、目的の美術館が見えてきた。
入口には、大きなポスターが掲げられている。
『ゴッホ展――色彩と情熱の軌跡』
「……ここか」
「はい」
ソフィアは、嬉しそうに頷いた。
「入りましょう、哲夫さん」
俺たちはチケットを提示し、展示室へ入った。
そこには、ゴッホの生涯を辿るように、数々の作品が並べられていた。
最初に目に入ったのは、暗い色彩で描かれた一枚の絵だった。
『ジャガイモを食べる人々』
「……ずいぶん、暗い絵だな」
俺は、思わずつぶやいた。
薄暗い部屋。
粗末な食卓。
そこに集まる、農民たち。
彼らは、ランプの明かりを頼りに、ジャガイモを食べていた。
華やかさなど、どこにもない。
むしろ、貧しさや生活の厳しさが伝わってくる。
「……でも」
ソフィアが、静かに口を開いた。
「私は、この絵が好きです」
「……そうなのか?」
「はい」
彼女は、絵を見つめた。
「この人たちは、きっと毎日、一生懸命働いているのでしょうね」
「……まあ、そうだろうな」
「手も、ごつごつしていますし。顔にも、疲れが見えます」
ソフィアは、少し寂しそうに微笑んだ。
「でも、こうして皆で食卓を囲んでいるんです」
「…………」
「貧しくても、一緒に食事をする時間がある。それは、とても大切なことだと思います」
俺は、もう一度絵を見た。
確かに。
そこには、豪華な料理も、立派な食器もない。
だが、家族のように集まり、同じ食卓を囲んでいる。
……どこか、見覚えがある光景だった。
清水教会の食堂。
ソフィアが料理を作り、子供たちが笑い、神父が祈りを捧げる。
あの穏やかな日常。
「……なるほどな」
俺は、小さくつぶやいた。
「俺には、ただの貧しい食事風景に見えたけど……」
ソフィアを見る。
「お前には、違うものが見えているんだな」
「……そうでしょうか?」
「ああ」
俺は、もう一度絵を見つめた。
「……面白いな、芸術って」
◇
次に目にしたのは、一足の古びた靴を描いた作品だった。
「……靴?」
俺は、思わず首を傾げた。
画面には、使い古された靴が描かれている。
泥に汚れたような表面。
擦り切れた革。
使い込まれた形。
決して、美しい靴ではない。
「……こんなものまで絵にするのか」
「ふふっ。面白いですよね」
ソフィアは、微笑んだ。
「この靴にも、誰かの生活があるのかもしれません」
「……生活?」
「はい。どこを歩いてきたのか。どんな人が履いていたのか。そういうことを想像してしまいます」
俺は、少し考え込んだ。
……そういえば。
この靴の絵は、哲学の世界でも有名だったな。
「……ハイデガーか」
「……え?」
「哲学者のハイデガーが、ゴッホの靴の絵を取り上げていたんだ」
「そうなのですか?」
「ああ」
俺は、絵を見つめた。
「彼は、芸術作品によって、普段は隠れている世界のあり方が現れると考えた」
「……世界のあり方?」
「例えば、この靴を見て、農民の労働や大地との関わりを読み取ろうとしたんだ」
ソフィアは、興味深そうに頷いた。
「なるほど……」
「もっとも、その解釈には批判もあるけどな」
「……批判?」
「ああ。美術史家のマイヤー・シャピロは、ハイデガーの解釈に異議を唱えたことで知られている」
「……そうなのですね」
ソフィアは、もう一度絵を見つめた。
「でも、私は少し素敵だと思います」
「……何が?」
「一足の靴から、誰かの人生を想像できることです」
「…………」
「ただの靴でも、見る人によって、いろいろな物語が生まれるのですね」
俺は、思わず笑った。
「……お前らしい感想だな」
「ふふっ。そうでしょうか?」
「ああ」
俺は、絵を見つめた。
……確かに。
俺には、ただの古い靴にしか見えなかった。
だが、ソフィアには、その向こう側に人間の生活が見えている。
……これが、神父様の言っていた美的経験なのかもしれない。
◇
さらに展示室を進むと、風車を描いた作品が現れた。
『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』
「……風車か」
俺は、絵を見上げた。
パリのモンマルトル。
そこにあった風車を描いた作品だ。
「ゴッホは、パリにいたころ、モンマルトルの風景を何度も描いているんですよ」
ソフィアが、嬉しそうに説明してくれた。
「……詳しいな」
「ふふっ。フランスのことを勉強していますから」
「……フランス?」
「はい」
彼女は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「いつか、行ってみたいんです」
「……そうなのか?」
「はい。教会や美術館、それに、昔ながらの街並みも見てみたいです」
俺は、ソフィアの横顔を見つめた。
フランス。
彼女が憧れている国。
……いつか、一緒に行けたらいいな。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
だが、すぐに首を振った。
……いやいや。
まずは、目の前の教会を守ることだろ。
旅行のことを考えるのは、そのあとだ。
「……それにしても」
俺は、絵を見つめた。
「初期のゴッホって、暗い色が多いんだな」
「そうですね」
ソフィアは頷いた。
「でも、パリで印象派や新印象派の作品に触れてから、色彩が少しずつ明るくなっていったと言われています」
「……なるほど」
「そして、南フランスのアルルへ移ってからは、さらに鮮やかな色を使うようになったんです」
「……アルル」
俺は、その名前を繰り返した。
神父様が話していた場所だ。
ゴッホが理想郷を夢見た町。
そして、あの《ひまわり》が生まれた場所。
「……じゃあ、そろそろか」
「……え?」
「ひまわりだよ」
俺は、展示室の奥へ目を向けた。
「今回、一番見たかった絵だ」
◇
そして。
次の展示室へ足を踏み入れた瞬間。
「…………」
俺は、思わず立ち止まった。
目の前に、一枚の絵があった。
黄色。
鮮やかな黄色。
温かな黄色。
そして、少し寂しげな黄色。
花瓶に生けられた、何本ものひまわり。
ゴッホの代表作。
『ひまわり』
「……これが」
俺は、息を呑んだ。
「……本物の《ひまわり》か」
画集で見たことはある。
写真でも、何度も確認した。
だが、実物はまるで違った。
絵の具の厚み。
筆の動き。
色彩の重なり。
花びらの一本一本が、まるで生きているように感じられる。
「……すごいな」
思わず、言葉が漏れた。
ソフィアも、隣で静かに絵を見つめていた。
「……綺麗ですね」
「ああ」
俺は、頷いた。
「……本当に、綺麗だ」
これまでの俺は、ゴッホの《ひまわり》を、単なる有名な絵だと思っていた。
高い値段がつく作品。
美術館に飾られる作品。
誰もが知っている、歴史的な名画。
その程度の認識しかなかった。
だが、今は違う。
目の前の絵には、数字では測れない何かがあった。
「……なあ、ソフィア」
「はい?」
「ゴッホは、どうしてこんなに何枚もひまわりを描いたんだろうな」
彼女は、少し考えてから答えた。
「いろいろな理由があると思いますけれど……」
「……うん」
「アルルで、芸術家たちと一緒に暮らすことを夢見ていたから、という話がありますね」
「……共同生活か」
「はい」
ソフィアは、絵を見つめた。
「ゴーギャンを迎えるために、部屋を飾ろうとしていたとも言われています」
「……部屋を飾るため?」
「はい」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
「大切な人を迎えるために、綺麗な絵を飾りたかったのかもしれませんね」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の頭の中で、何かがつながった。
……大切な人を迎えるため。
部屋を飾るため。
誰かと一緒に過ごす場所を、美しくするため。
「……そうか」
俺は、小さくつぶやいた。
「……そういうことだったのか」
「……哲夫さん?」
ソフィアが、不思議そうに俺を見る。
「どうしました?」
「……俺、勘違いしていたんだ」
「……勘違い?」
「ああ」
俺は、目の前の《ひまわり》を見つめた。
「今まで、どうすればゴッホみたいに描けるのか、そればかり考えていた」
「…………」
「筆の動かし方とか、色の塗り方とか、形の取り方とか……」
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「でも、それだけじゃ駄目だったんだ」
ソフィアは、黙って聞いていた。
「ゴッホが、どうしてひまわりを描いたのか。その気持ちを考えていなかった」
「……哲夫さん」
「俺は、絵を完成させることしか考えていなかったんだ」
教会を守るため。
借金を返すため。
神父様との約束を果たすため。
そのために、ゴッホの《ひまわり》を再現しようとしていた。
だが、ゴッホ自身はどうだったのだろう。
あの黄色い花に、何を託したのだろう。
……きっと。
金だけではなかったはずだ。
名声だけでもなかったはずだ。
誰かと過ごす時間。
誰かを迎える喜び。
自分が夢見た、理想の暮らし。
そんな思いが、あの絵の中には込められているのかもしれない。
「……なあ、ソフィア」
「はい?」
「もし、俺が絵を描くとしたらさ」
俺は、少し照れくさくなりながら続けた。
「お前たちが暮らす教会に、飾りたいと思うんだ」
ソフィアは、目を丸くした。
「……教会に?」
「ああ」
俺は、頷いた。
「毎朝、みんなで飯を食って、くだらない話をして、笑って……」
思わず、笑みがこぼれた。
「そういう場所に、似合う絵を描きたい」
ソフィアは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……素敵ですね」
優しく微笑んだ。
「きっと、とても温かい絵になると思います」
「……そうか?」
「はい」
彼女は、嬉しそうに頷いた。
「私、見てみたいです。哲夫さんが描く《ひまわり》」
「…………」
俺は、思わず視線を逸らした。
……まったく。
そんなことを言われたら、頑張るしかないじゃないか。
「……任せとけ」
俺は、小さく笑った。
「絶対に、いい絵を描いてやる」
ソフィアは、嬉しそうに頷いた。
◇
俺たちは、そのあともしばらく《ひまわり》の前に立っていた。
黄色い花。
厚く塗られた絵の具。
力強い筆の跡。
それらを、俺は一つずつ目に焼きつけていった。
だが、さっきまでとは、少し違う。
以前の俺なら、どうすればこの絵をそっくりに再現できるか、そればかり考えていただろう。
今は、違った。
……俺なら、どう描くだろう。
清水教会に飾るなら、どんな《ひまわり》がいいだろう。
ソフィアが見たら、どんな顔をするだろう。
洋子や純子、真美は、何と言うだろう。
そんなことを考えているうちに、不思議と胸が温かくなっていった。
「……ソフィア」
「はい?」
「今日は、来てよかったよ」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私もです」
そして、もう一度へ目を向ける。
「……本当に、綺麗ですね」
「ああ」
俺も、静かに頷いた。
……綺麗だ。
だが、それ以上に。
この絵には、誰かを思う気持ちが込められているような気がした。
それが、俺には何よりも美しく思えた。
――こうして俺は、初めて理解した。
**絵画とは、目に映るものを描くだけではない。**
**自分が大切にしたいものを、誰かに伝えるための手段でもあるのだと。**




