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借金まみれのシスターですが、元悪魔の俺に愛されてもいいですか?  作者: ウイング神風


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悪魔は欲望を乱す

「……よし。やるか」


 俺はノートパソコンの前に座り、証券口座を開いた。


 画面に表示された資産残高は、二百万円。


 これが、今の俺に残された全財産だった。


 目標は二億円。


 つまり、百倍だ。


「……改めて考えると、無茶苦茶な数字だな」


 思わず苦笑する。


 二百万円を二億円に増やす。


 普通の投資家なら、鼻で笑うような目標だろう。


 しかも、残された時間はわずか数日。


 まともな方法で達成できるとは、とても思えない。


 だが、俺には時間がなかった。


 清水教会の土地を守るためには、どうしても金が必要なのだ。


「……今度こそ、やってやる」


 俺は深く息を吸った。


 そして、アメリカの株式市場に目を向けた。


 ウォール街。


 世界中の金と欲望が集まる場所。


 かつて悪魔だった俺にとって、そこは馴染み深い世界でもあった。


 なにしろ、あの場所には悪魔が多い。


 人間の欲望につけ込み、金銭への執着を煽り、時には市場の混乱を楽しむ。


 利益を求める人間に甘い言葉を囁き、破滅へと導く。


 まさしく、悪魔にとって格好の遊び場だった。


「……懐かしいな」


 俺は画面に並ぶ株価を眺めた。


 以前の俺なら、あの連中と一緒になって人間を弄んでいただろう。


 だが、今は違う。


 俺には守りたいものがある。


 金が欲しいのも、贅沢な暮らしをするためではない。


 清水教会を守るためだ。


「……頼むぞ、ウォール街の悪魔ども」


 俺は冗談めかしてつぶやいた。


「今日くらいは、俺に味方してくれよ」


 ◇


 まず、俺は市場の動向を調べ始めた。


 半導体。


 人工知能。


 情報技術。


 世界経済の先行きを左右する、さまざまな企業。


 企業の業績や財務状況、将来の成長性を確認しながら、株価を比較していく。


 いわゆるファンダメンタルズ分析というやつだ。


 もっとも、企業の価値を正しく見極めたところで、株価が思いどおりに動くとは限らない。


 市場には、人間の感情が入り込む。


 期待。


 不安。


 恐怖。


 そして、欲望。


 特に今は、世界情勢が不安定だ。


 中東では戦争が続き、各国の首脳が和平交渉を進めている。


 一方、人工知能の分野では新たな技術が発表され、関連企業への期待が高まっていた。


「……なるほど」


 俺は顎に手を当てた。


 ニュースを読む限り、投資家たちの関心は特定の成長企業に集まっているらしい。


 もちろん、期待が高まっているからといって、必ず株価が上がるわけではない。


 だが、今の俺には、わずかな可能性に賭けるしかなかった。


「……ここだ」


 俺は購入する銘柄を選んだ。


 そして、注文を確定させる。


 画面に取引完了の表示が現れた。


「さて……どうなる?」


 俺は椅子に深く腰掛け、株価の動きを見守った。


 数字が変わる。


 上がる。


 下がる。


 また上がる。


「……お?」


 俺は思わず身を乗り出した。


 購入した銘柄の一つが、大きく値上がりしていたのだ。


「おお……!」


 さらに別の銘柄も上昇する。


 含み益が増えていく。


 画面に表示される資産評価額が、少しずつ膨らんでいった。


「……いいぞ」


 俺は拳を握りしめた。


「その調子だ……!」


 やがて、俺は利益を確定させた。


 口座の残高を確認する。


 三百万円。


「……よしっ!」


 思わず、ガッツポーズをした。


 百万円の利益。


 たった一度の勝負で、元手を一・五倍に増やせたのだ。


 もちろん、幸運に恵まれた部分も大きい。


 だが、そのときの俺には、そんな冷静な考えは浮かばなかった。


「……いける」


 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。


「これなら、いけるぞ……!」


 三百万円。


 次は五百万円。


 その次は一千万円。


 そして、一億円。


 二億円。


 数字だけを並べれば、まるで階段を上っていくように思えた。


 だが、俺はまだ気づいていなかった。


 その階段が、どこへ続いているのかを。


 ◇


「……次だ」


 俺は再び、銘柄を探し始めた。


 さっきよりも大きな利益が欲しい。


 もっと早く。


 もっと多く。


 そう考えるうちに、俺の視線は値動きの激しい銘柄へと向かっていった。


 軍需関連企業。


 世界情勢の緊張によって、株価が大きく変動している企業群だ。


「……こいつか」


 俺は画面を睨んだ。


 つい先ほどまで下落していた株価が、反発し始めている。


 市場では、新たな軍事契約への期待が広がっていた。


 俺は一瞬、ためらった。


 軍需企業の利益は、戦争や軍事的緊張と無関係ではない。


 かつての俺なら、そんなことを気にするはずもなかった。


 だが、今は……。


「…………」


 清水教会の食堂が、頭に浮かんだ。


 ソフィアの笑顔。


 三人の子供たち。


 あの穏やかな日常。


「……金が必要なんだ」


 俺は自分に言い聞かせた。


「今は、それだけを考えろ」


 迷いを振り切るように、俺は取引を続けた。


 そして、予想外のことが起こった。


「……は?」


 株価が急上昇し始めたのだ。


 何が起こった?


 新しいニュースか?


 それとも、大口の買い注文でも入ったのか?


 俺が状況を把握するよりも早く、画面上の数字が跳ね上がっていく。


「おいおいおい……!」


 俺は思わず笑った。


「嘘だろ……!」


 評価額が増えていく。


 四百万円。


 五百万円。


 さらに上昇する。


「……いけ! いけ!」


 いつの間にか、俺は声を上げていた。


 かつて悪魔だったころ、人間たちが株価の上下に一喜一憂する姿を、俺は何度も見てきた。


 そのたびに、馬鹿な連中だと思っていた。


 たかが数字に、どうしてそこまで夢中になれるのか。


 だが、今ならわかる。


 数字が増えるたびに、未来が明るくなったような気がするのだ。


 自分には、何でもできる。


 もう少し頑張れば、すべてが手に入る。


 そんな錯覚に、囚われてしまう。


「……ははっ!」


 俺は笑いながら、取引を続けた。


 そして、何度かの売買を経たあと。


 画面に表示された残高を見て、息を呑んだ。


「……一千万円?」


 目を擦る。


 もう一度、確認する。


 一千万円。


 間違いない。


「……やった」


 俺は椅子から立ち上がった。


「やったぞ!」


 二百万円が、一千万円になった。


 五倍だ。


 普通なら、信じられないほどの幸運だろう。


 しかし、俺の頭には、たった一つの考えしか浮かばなかった。


 ――あと二十倍。


 あと二十倍にできれば、二億円に届く。


「……もう少しだ」


 俺は画面を見つめた。


「もう少しで、ソフィアを救える……!」


 そのときだった。


「哲夫さーん!」


 部屋の外から、聞き慣れた声が響いた。


「お昼ですよー!」


「……あ?」


 俺は時計を見た。


 いつの間にか、ずいぶん時間が経っている。


「……もう昼か」


 まったく気づかなかった。


「哲夫さん? 聞こえていますか?」


「ああ! 今行く!」


 俺は返事をした。


 そして、名残惜しそうに画面から目を離した。


 ◇


 階段を下り、食堂へ向かう。


 すると、長いテーブルの上には、昼食が並べられていた。


 今日のメニューは、オムライス。


 ふんわりとした卵に包まれたご飯から、食欲をそそる香りが漂っている。


「わあ! オムライスだ!」


「オムライス! オムライス!」


「……おいしそう」


 洋子、純子、真美の三人も、嬉しそうに声を上げていた。


 洋子は目を輝かせ、純子は早く食べたくて仕方がない様子だ。


 真美も、いつもより少しだけ表情を緩めている。


「ふふっ。今日は皆さんの大好物にしました」


 ソフィアが微笑んだ。


「さあ、いただきましょう」


「いただきまーす!」


 子供たちの元気な声が、食堂に響く。


 俺も手を合わせ、スプーンを取った。


「……いただきます」


 一口食べる。


「……うまっ」


 思わず声が漏れた。


 ふわふわの卵。


 ほどよい酸味のケチャップライス。


 優しい味つけ。


 ……うん。


 やっぱり、ソフィアの料理はうまい。


「どうですか、哲夫さん?」


 向かいに座ったソフィアが尋ねてくる。


「最高だよ。店を開けるんじゃないか?」


「まあ。褒めすぎですよ」


 彼女は照れくさそうに笑った。


「でも、嬉しいです」


 その笑顔に、俺の胸が少しだけ温かくなった。


「それで、お金の件はどうですか?」


「ああ。順調だ」


 俺は得意げに答えた。


「今のところ、かなり増やせている」


「本当ですか?」


「ああ。二億円も、夢じゃないかもしれない」


「……そうですか」


 ソフィアは微笑んだ。


 しかし、その表情には少しだけ不安が混じっていた。


「でも、哲夫さん。無理はしないでくださいね」


「大丈夫だって」


「昨日も、ひどい怪我をして帰ってきたばかりでしょう?」


「……うっ」


 痛いところを突かれた。


「お金は大切です。でも、哲夫さんの身体も大切ですから」


「……わかってるよ」


 俺は苦笑した。


 ソフィアは、俺がいくら稼いだかなんて気にしていない。


 ただ、俺のことを心配している。


 それが、少し嬉しかった。


 だが、同時に。


 早く二億円を手に入れなければという焦りも、胸の中で膨らんでいった。


「……ごちそうさま!」


 俺は急いでオムライスを食べ終えた。


「あら、もう食べ終わったのですか?」


「ああ。ちょっと確認したいことがあってな」


「……哲夫さん」


「心配するな。無茶はしない」


 そう言って、俺は立ち上がった。


 だが、その約束がどれほど軽いものだったのか。


 俺は、すぐに思い知らされることになる。


 ◇


「……さて、どうなった?」


 部屋に戻った俺は、パソコンの画面を確認した。


 その瞬間。


「…………は?」


 思考が止まった。


 画面には、真っ赤な数字が並んでいた。


 下落。


 下落。


 また下落。


「……おい」


 俺は身を乗り出した。


「ちょっと待てよ……!」


 先ほどまで勢いよく上昇していた株価が、急落していたのだ。


 俺が食堂にいる間に、市場の空気が一変していた。


「……なんだよ、これ!」


 慌ててニュースを確認する。


 そこには、衝撃的な見出しが表示されていた。


『中東和平交渉が決裂。新たなミサイル攻撃で緊張激化』


「……は?」


 俺は目を疑った。


 数時間前まで、平和への期待が広がっていたはずだ。


 それなのに。


 交渉は決裂。


 軍事的緊張は再び高まり、金融市場には不安が広がっていた。


 さらに、俺が保有していた銘柄には、個別の悪材料まで重なっていた。


「……冗談だろ」


 評価額が減っていく。


 さっきまでの利益が、見る見るうちに消えていく。


「……くそっ!」


 俺は慌てて取引画面を操作した。


 だが、売却しようにも、希望する価格ではなかなか取引が成立しない。


 表示される数字が、さらに悪化する。


「やめろ……!」


 俺は画面に向かって叫んだ。


「頼むから、もう下がるな!」


 しかし、市場は俺の願いなど聞いてくれなかった。


 しばらくして、ようやく取引を終えたころには。


「…………」


 俺は、言葉を失っていた。


 口座残高。


 二百万円。


「……嘘だろ」


 つい先ほどまで、一千万円あったはずなのに。


 八百万円の利益が、消えた。


 あれほど喜んでいたのに。


 あと二十倍だと、夢を見ていたのに。


 すべて、振り出しに戻ってしまった。


「……はは」


 乾いた笑いが漏れる。


「何やってんだ、俺……」


 俺は椅子の背もたれに身体を預けた。


 何時間も画面に張りつき、必死になって取引を続けた。


 その結果が、これだ。


 もちろん、元手を失わずに済んだだけ、まだ幸運なのかもしれない。


 だが、今の俺には、そう考える余裕すらなかった。


「……くそっ!」


 机を叩きたくなった。


 しかし、ソフィアに心配をかけると思い、拳を握りしめるだけにとどめた。


 ……俺は、何をしていたんだろう。


 教会を守るために金を増やす。


 最初は、そのつもりだった。


 だが、途中からは違った。


 数字が増えること自体が、楽しくなっていた。


 もっと稼ぎたい。


 もっと増やしたい。


 もっと、大きな利益が欲しい。


 いつの間にか、そんな欲望に支配されていた。


「……結局、同じかよ」


 悪魔の力を失っても。


 悪魔の王子でなくなっても。


 俺の中には、まだ悪魔が残っている。


 そんな気がした。


 そのときだった。


 ブブブ……。


 机の上のスマートフォンが震えた。


 画面に表示された名前を見て、俺は顔をしかめる。


「……お父様?」


 嫌な予感しかしない。


 だが、俺は通話ボタンを押した。


「……もしもし」


『くくく……ずいぶん派手に負けたようだな、坂井』


「……!」


 俺は息を呑んだ。


「……どうして、それを知っている?」


『お前の考えることなど、手に取るようにわかる』


「……また監視していたのか」


『さてな』


 お父様は愉快そうに笑った。


『しかし、実に面白かったぞ。利益が増えるたびに浮かれ、失うたびに取り乱す。まるで、欲望に囚われた人間そのものではないか』


「……うるさい」


『かつては人間を誘惑する側だったお前が、今や誘惑される側とはな』


「…………」


『どうだ? 金が増える喜びは。失う恐怖は。なかなか愉快なものだろう?』


 俺は唇を噛んだ。


 反論できなかった。


 お父様の言葉は、腹立たしいほど的を射ていたからだ。


「……お父様」


『何だ?』


「俺のことが、そんなに嫌いなのか?」


 電話の向こうで、しばらく沈黙が流れた。


 そして。


『嫌い? 違うな』


 お父様は、静かに笑った。


『我は、お前がどこまで堕ちるのかを見ているだけだ』


「……最悪の趣味だな」


『褒め言葉として受け取っておこう』


 俺は深くため息をついた。


「……頼むよ、お父様」


『ほう?』


「もう、俺の邪魔をしないでくれ」


 自分でも驚くほど、弱々しい声だった。


「俺は、ただ静かに暮らしたいだけなんだ」


『…………』


「ソフィアと一緒に、教会で暮らしたい。あの子供たちと飯を食って、くだらない話をして……」


 言葉が詰まる。


「……それだけで、いいんだよ」


 電話の向こうで、お父様が鼻を鳴らした。


『くだらぬ』


「…………」


『お前は、自分が何者であるかを忘れたのか?』


「……忘れてないよ」


『お前は、我が血を受け継いで生まれた存在だ。人間としての平穏など、最初から許されておらぬ』


「……そんなの、誰が決めたんだ?」


『我だ』


 あまりにも当然のように、お父様は答えた。


『お前の運命は、生まれたときから決まっている』


 ……運命。


 その言葉が、胸に突き刺さった。


 生まれたときから、悪魔の子。


 人間を誘惑し、堕落させ、神に敵対する存在。


 それが、俺に与えられた役割だった。


 愛など知らなかった。


 誰かを大切に思うこともなかった。


 自分の力を誇り、人間を見下し、世界を呪っていた。


 ……だが。


 ソフィアと出会って、すべてが変わった。


 あいつは、俺を悪魔の王子として見なかった。


 ただの坂井哲夫として、向き合ってくれた。


 そんな相手を、俺は初めて好きになったのだ。


「……だったら」


 俺は拳を握りしめた。


「だったら、運命なんて変えてやる」


『……何?』


「俺は、ソフィアと生きるって決めたんだ」


『また愛か』


 お父様の声に、苛立ちが混じる。


『愛だの恋だの、くだらぬ妄想はもうよせ』


「妄想じゃない」


『あの教会に媚びへつらい、神の慈悲にすがるつもりか?』


「違う!」


 俺は声を荒らげた。


「俺は、あいつらを守りたいんだ!」


『……ふん』


「お父様には、理解できないだろうな」


『理解する価値もない』


 冷たい返事だった。


 だが、俺はもう怯まなかった。


「……それでも、俺は諦めない」


『ほう。では、どうする?』


「金を用意する。方法はまだわからないけど、必ず探す」


『漁船にでも乗って働くつもりか?』


「それで間に合うなら、考えるさ」


『くくく……本当に愚かになったものだ』


「なんとでも言え」


 お父様は、しばらく黙っていた。


 そして、思い出したように告げた。


『……そうだ。大切なことを教えておこう』


「……何だよ」


『残り三日だ』


「…………は?」


『清水教会に与えられた猶予だ』


 俺の背筋が凍った。


「……三日?」


『ああ。三日後、あの連中が教会へやって来る』


「…………」


『そこで何が起こるかは、想像がつくだろう?』


 俺は言葉を失った。


 三日。


 たった三日だ。


 二億円。


 残り三日。


 頭の中で、二つの数字が何度も繰り返される。


「……お父様」


『何だ?』


「……それも、あんたが仕組んだことなのか?」


 電話の向こうで、小さな笑い声が響いた。


『さあな』


「……答えろよ」


『我が答える義務などあるまい』


 俺は歯を食いしばった。


 あの屋敷で聞いた、大臣の話。


 お父様が教えた、偽りの金庫の情報。


 そして、今回の期限。


 すべてが、一本の線でつながり始めていた。


『精々、あがくがよい』


 お父様は、楽しそうに言った。


『三日後、お前がどのような顔をしているのか。今から楽しみだ』


「……ああ」


 俺は低い声で答えた。


「見てろよ」


『ほう?』


「三日あれば、何かできるはずだ」


『何もできぬまま終わるかもしれぬぞ?』


「それでも、最後まであがいてやる」


 俺はスマートフォンを握りしめた。


「絶対に、あの教会を守ってみせる」


『……くくく。期待しておこう』


 そこで、通話が切れた。


 ◇


「…………」


 俺は、しばらく動けなかった。


 パソコンの画面には、二百万円という数字が表示されている。


 つい先ほどまで、一千万円あったはずなのに。


 あのとき、利益を確定していれば。


 もっと慎重に行動していれば。


 そんな後悔ばかりが、頭の中を巡っていた。


「……くそっ」


 俺はパソコンを閉じた。


 もう、画面を見ていたくなかった。


 ベッドに倒れ込む。


 全身の傷が痛んだ。


 昨日、暴力団に痛めつけられた身体は、まだ十分に回復していない。


 それなのに、今度は精神まで疲れ切ってしまった。


「……何やってんだ、俺」


 天井を見つめる。


 二億円。


 三日。


 どう考えても、無理難題だ。


 普通に働いて稼げる金額ではない。


 投資で増やそうとしても、失敗した。


 お父様には頼れない。


 暴力団から奪うこともできない。


 ……八方塞がりだ。


「……神様」


 俺は、ぽつりとつぶやいた。


 かつて、あれほど憎んでいた存在。


 不公平な世界を作り、人間に苦しみを与えたと信じていた相手。


 その神に、俺はまた問いかけていた。


「……俺は、どうすればいいんだ?」


 返事はない。


 当然だ。


 神が、都合よく答えを教えてくれるはずもない。


 それでも、俺は目を閉じた。


 脳裏に浮かぶのは、ソフィアの笑顔だった。


『哲夫さん。無理はしないでくださいね』


 ……ああ。


 わかってるよ。


 でも、どうすればいいんだ。


 俺は、お前を守りたいだけなのに。


 お前が笑って暮らせる場所を、守りたいだけなのに。


「……ソフィア」


 その名前を呼ぶ。


 胸の奥が、どうしようもなく苦しくなった。


 俺の愛は、間違っているのだろうか。


 誰かを守りたいと思うことさえ、俺には許されないのだろうか。


 ……いや。


 そんなはずはない。


 悪魔の子として生まれたことと、これからどう生きるかは、別の話のはずだ。


 そう思いたかった。


「……明日、また考えよう」


 俺は自分に言い聞かせた。


 今の頭では、何を考えても悪い方向にしか進まない。


 少しだけ休もう。


 そして、目が覚めたら。


 今度こそ、ソフィアにも相談しよう。


 一人で何とかしようとして、何度も失敗したのだから。


 もう、同じ過ちは繰り返したくない。


 俺は布団を引き寄せ、目を閉じた。


 窓の外では、穏やかな風が吹いている。


 教会のどこかから、子供たちの笑い声が聞こえてきた。


 その声を聞きながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


 ――残り、三日。


 清水教会の運命を決める時間は、確実に迫っていた。

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