↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
借金まみれのシスターですが、元悪魔の俺に愛されてもいいですか?  作者: ウイング神風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/26

シスターパパ活をする

 放課後のチャイムが鳴り響くと、教室に張り詰めていた空気が一気に緩んだ。


 この時間が、学校生活で一番楽しい時間だという生徒は多いだろう。


 何しろ、学校という名の牢獄から解放される瞬間なのだから。


 教室を見渡せば、机に突っ伏してあくびをする生徒もいれば、友人たちと輪になって、これからどこへ遊びに行くか相談している生徒もいる。


 部活動に打ち込む連中は、練習道具を手に取ると、我先にと教室を飛び出していった。


 今朝、清水に「げんちゃん」と呼ばれていた男子も、その一人だった。


 バットを肩に担ぎ、いかにも楽しそうな足取りで教室を出ていく。


 ……よくもまあ、あんなに元気でいられるものだ。


 俺は、そんな連中を横目に眺めながら、机に頬杖をついていた。


 友人との雑談。部活動。放課後の寄り道。


 誰もが思い思いの時間を過ごそうとしている。


 そんな光景に、ぼっちの俺は何の興味もなかった。


 いや、正確に言えば、興味を持つ必要がなかった。


 俺には、今日やるべきことがある。


 視線を教室の中央へと向けた。


 そこにいたのは、今朝からずっと俺の頭を悩ませている人物――清水・ソフィアだった。


 彼女は今日も、クラスメイトたちの輪の中心で楽しそうに笑っていた。


「それでね、こんなことがあったんだよ!」


「それは大変でしたね。きっと神様も、あなたのことを見守ってくださっていますよ」


「もう、ソフィアちゃんはすぐ宗教勧誘するんだから!」


「そ、そういうつもりじゃないんです。ただ、その……神様に感謝することも大切だと思いまして」


「冗談だってば。そんなに落ち込まないでよ、ソフィアちゃん」


「うぅ……本当に嫌われたのかと思いました」


「ないない! 私がソフィアちゃんを嫌いになるわけないじゃん!」


 あははは、と楽しげな笑い声が教室に響いた。


 ……くだらない。


 俺は心の底からそう思った。


 何の生産性もない会話。中身のないやり取り。それなのに、連中はまるで世界の真理でも発見したかのように笑い合っている。


 理解できない。


 雑談に何の価値があるというのだろうか。


 そんな時間があるのなら、勉強をするなり、部活動に励むなり、もっと有意義なことに時間を使えばいい。


 少なくとも、俺ならそうする。


 ……まあ、連中にそんなことを言ったところで、変人扱いされるのが関の山だろう。


 本当なら、今すぐ教室を出て帰宅したいところだった。


 しかし、今日はそういうわけにもいかない。


 俺には、どうしても確かめなければならないことがある。


『どうやら清水さん、パパ活をしているらしいですよ』


 朝、須美が口にした言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


 あんなに美しく、純粋で、誰にでも優しい少女が、パパ活をしている。


 もし本当なら、神様だって頭を抱えるに違いない。


 何しろ、神に仕えるシスターが、そんな危ない橋を渡っているのだから。


 ……いや、待て。


 俺は思考を止めた。


 そもそも、彼女が善人であることと、パパ活をしていることに矛盾はない。


 人に親切な人間が、裏では別の顔を持っていたとしても不思議ではないのだ。


 善人だから悪事を働かない。


 そんな理屈が通るのなら、この世に偽善者など存在しないはずだ。


 結局のところ、噂の真偽は本人の行動を確かめなければわからない。


 だからこそ、俺は決めていた。


 今日から清水・ソフィアを尾行する。


 彼女が本当にパパ活をしているのか、この目で確かめるために。


 そうして、しばらく時間が過ぎた頃だった。


「あ、もうこんな時間!」


 クラスメイトの一人が、壁に掛けられた時計を見上げた。


 針は、午後五時を指していた。


 ……お前たち、いったい何時間しゃべっているんだ。


 もはや感心するレベルである。


「私、そろそろ行かなきゃ」


「えっ、もう? 早くない、清水さん?」


「ごめんなさい。ちょっと用事がありまして」


「ああ、教会のこと?」


「はい。少しだけ、やらなければならないことがあるんです」


「そっか。じゃあ、また明日ね!」


「うん。また明日、泉ちゃん」


 ソフィアはクラスメイトたちに手を振ると、鞄を手に取って教室を出ていった。


 その背中を見送る友人たちに、俺は一瞥もくれない。


 ……さて。


 ようやく、仕事の時間だ。


 俺は重い腰を上げ、周囲に気づかれないよう、さりげなく教室を出た。


 誰も俺のことなど気に留めていない。


 それでいい。


 目立たず、騒がず、必要なことだけをする。


 それが、俺の流儀だった。


 廊下に出ると、少し先を歩くソフィアの姿が見えた。


 彼女は周囲を警戒する様子もなく、のんびりと歩いている。


 ……無防備にもほどがあるだろ。


 俺は一定の距離を保ちながら、その後を追った。


 昇降口を抜け、校門を出る。


 ソフィアは迷うことなく駅へ向かっていた。


 教会は学校から徒歩で帰れる距離にあるはずだ。


 なのに、わざわざ電車を使う。


 この時点で、少しばかり不自然だった。


 もっとも、用事があるのなら電車に乗ることだってあるだろう。


 俺は先走った考えを頭の隅に追いやり、彼女を追い続けた。


 距離はおよそ十メートル。


 近すぎず、遠すぎず。


 尾行の基本である。


 ……まあ、尾行のプロを自称できるほど経験があるわけではないが。


 駅の改札を通り抜け、ホームへ向かう。


 やがて電車が到着すると、ソフィアは迷いなく乗り込んだ。


 俺も少し離れた車両に乗り込み、イヤホンを耳につける。


 音楽を流しながら、ときどき彼女の様子を確認した。


 ソフィアはスマホを眺めたり、窓の外を見たりしている。


 特に怪しい行動はない。


 ……さて、どこまで行くつもりなのだろうか。


 彼女が暮らしている清水教会は、学校の近くにある。


 それなのに、電車に乗ってまで向かう場所があるということは、教会とは別の用事なのだろう。


 まさか、本当にパパ活なのか?


 いや、決めつけるな。


 今日はたまたま、遠出をする予定があるだけかもしれない。


 俺は小さく首を振り、再び窓の外へ視線を向けた。


 そうしているうちに、電車は次々と駅を通過していった。


 そして――。


 新宿駅に到着した。


 ソフィアは電車を降りた。


 俺も慌ててホームに降り立ち、人波に紛れながら彼女の後を追う。


 ここからは慎重に行動しなければならない。


 何しろ、新宿だ。


 出口は多いし、人通りも多い。少しでも見失えば、それで終わりである。


 ソフィアは人混みの中をすいすいと進み、ある出口へ向かった。


 その方向を確認した瞬間、俺の背筋に嫌なものが走った。


 ……おいおい。


 まさか。


 俺は彼女の姿を見失わないよう、足を速めた。


 見覚えのある看板。夜の街に向かう人々。そして、けばけばしいネオン。


 間違いない。


 歌舞伎町だ。


「……マジかよ」


 思わず声が漏れた。


 清廉潔白なシスターが、どうしてこんな場所に?


 いや、歌舞伎町に足を踏み入れただけで、何か悪いことをしていると決まったわけではない。


 飲食店もあれば、普通の店だってある。


 だが、俺の胸騒ぎは消えなかった。


 ソフィアは繁華街の奥へと進んでいく。


 そして、あるビルの前で足を止めた。


 壁面には、巨大な怪獣のオブジェが取りつけられている。


 彼女は制服姿のまま、誰かを待つように立っていた。


 俺は少し離れた場所で足を止め、スマホを取り出した。


 カメラを起動する。


 ……まさか、な。


 そんなはずはない。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は彼女の様子を見守った。


「嘘だと言ってくれ……」


 生唾を飲み込む。


 神様に祈るのは柄じゃない。


 だから、今だけは悪魔にでも祈ってやろう。


 どうか、俺の予想が外れていますように。


 しかし、願いは届かなかった。


 やがて、一人の中年男性がソフィアに近づいた。


 男性は親しげに声をかけ、ソフィアも笑顔で応じる。


 二人は何やら短い会話を交わしたあと、自然な様子で手をつないだ。


 そして、歩き始めた。


 向かう先は、すぐ近くにあるピンク色の看板を掲げたホテルだった。


 ……ラブホテル。


 俺は一瞬、思考が停止した。


 おい。


 おいおいおい。


 何をしているんだ、あの女は。


「くそっ……!」


 気づけば、俺は走り出していた。


 このまま見過ごすわけにはいかない。


 相手はどう見ても大人の男だ。ソフィアが事情を理解しているのかどうかもわからない。


 何より、あの無防備な少女が、あんな男と一緒にホテルへ入ろうとしている。


 胸の奥で、何かが煮えたぎった。


 俺は二人に追いつくと、男性の肩をつかんだ。


「すみません。その子、俺の連れなんですけど」


 男性が驚いた顔で振り返る。


「……君は?」


「悪いけど、彼女には先約があるんで」


 そう言いながら、俺はソフィアの手を取った。


「えっ? 坂井君?」


「いいから、来い」


「ちょ、ちょっと待ってください! 羽山さんと約束が……!」


「その約束はキャンセルだ」


「ええっ!?」


 俺は彼女の手を引き、その場を離れた。


 背後から男性の声が聞こえた気がしたが、振り返るつもりはなかった。


 人混みを縫うように進み、通行人を避けながら、ひたすら歩く。


 ようやく人通りの少ない場所まで来たところで、俺は足を止めた。


 ……間一髪。


 いや、そもそも何が間一髪なのか、本人には理解できていないのかもしれないが。


 俺は深く息を吐き、彼女を連れて近くの建物へ入った。


「中浜さん、部屋を一つ借りるよ」


 フロントにいた従業員は、俺の顔を見ると事情を察したように頷いた。


「かしこまりました」


 差し出された鍵には、三〇一号室と書かれていた。


 俺はそれを受け取り、ソフィアを連れてエレベーターへ乗り込んだ。


 部屋に到着すると、鍵を開けて中へ入る。


 そこは、簡素なベッドと小さなテーブルが置かれた、ありふれた客室だった。


 俺はようやく彼女の手を離した。


「あの……坂井君。いったい、どういうことでしょうか?」


 ソフィアはきょとんとした顔で、こちらを見つめていた。


 その顔を見た瞬間、俺の中で何かが切れた。


「それはこっちのセリフだ! お前、何を考えているんだ!?」


「えっ?」


「なんでシスターが、あんな男とラブホテルに入ろうとしているんだよ!」


「ラブホテル……?」


 ソフィアは首を傾げた。


「ですが、坂井君だってホテルに入っているじゃないですか」


「それとこれとは話が違うだろ!」


 ……ダメだ。


 これでは俺がただの変人ではないか。


 俺は額に手を当て、大きく息を吐いた。


 落ち着け。


 まずは話を聞こう。


 事情も知らずに怒鳴りつけたところで、何の解決にもならない。


 俺は近くの椅子に腰を下ろし、改めて彼女に向き直った。


「……悪かった。少し頭に血が上っていた。最初から説明してくれ。どうして、あの男と一緒にホテルへ入ろうとしていたんだ?」


「はい。彼は羽山さんという方です。インターネットで知り合いました」


「ネットで?」


「はい。私が高収入のお仕事を探していると話したところ、何もしなくてもいいから、一緒にホテルでお話をするだけのお仕事があると教えてくれたんです」


「…………」


 俺は額を押さえた。


「パパ活じゃねえか!」


「ぱぱかつ……?」


「しかも、相手はどう考えても下心丸出しだろ!」


「そうなのですか?」


 ソフィアは本気で不思議そうな顔をしていた。


 ……頭が痛い。


 まさか、こいつはパパ活という言葉の意味すら、まともに理解していないのか?


 いや、金銭を受け取って男性と会うこと自体は理解しているらしい。


 問題は、その先に何が待っているのか、まるで想像していないことだった。


「それで、今までもこんなことをしていたのか?」


「はい。いつもはレストランでお話をしています。本日はホテルの中でお話をしたいとおっしゃったので、ついていこうと思ったんです」


「……ちなみに、いくらもらっている?」


「一回、一万円です。お話をするだけでいいので、とても助かっています」


「…………」


 俺は天井を仰いだ。


 神様。


 あなたの教えを忠実に守っているはずのシスターが、どうしてこうなったんですか。


「清水。もっと人を疑え」


「はい?」


「見知らぬ男が、何もしなくていいからホテルで話をするだけで一万円くれる。そんな話があると思うか?」


「でも、今までは本当にお話をするだけでしたよ?」


「だからこそ、今日だって安全だとは限らないだろ!」


 思わず声が大きくなった。


 ソフィアは肩をびくりと震わせた。


 ……いかん。


 怒鳴っても仕方がない。


 俺は再び深呼吸をした。


 こいつは、悪いことをしようとしていたわけではない。


 ただ、あまりにも世間知らずなのだ。


 それでも、危険なものは危険だ。


「とにかく、もうこういう仕事はやめろ。金が必要なら、ほかの方法を考えろ」


「……どうして、ですか?」


「どうしてって、お前な……」


「私は、本当にお金が必要なんです」


 ソフィアの声が、かすかに震えた。


 顔を上げると、彼女の青い瞳が潤んでいた。


 そこに映っていたのは、怒りに顔をしかめた俺自身だった。


 ……どういうことだ?


 どうして、そこまでして金を稼がなければならない?


「清水。何があった?」


 俺が静かに尋ねると、ソフィアは唇を噛んだ。


 しばらくして、彼女は小さく口を開いた。


「……清水教会の土地権利証が、暴力団の方々に渡ってしまったんです」


「土地権利証?」


「はい。詳しい経緯はわかりません。清水神父が手放してしまったそうです」


 俺は眉をひそめた。


「それで?」


「お金を払わなければ、教会から出ていけと言われました」


「いくらだ?」


 ソフィアは、震える声で答えた。


「……三億円です」


「はあっ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


 三億円。


 聞き間違いではないだろうか。


 高校生がアルバイトで稼げる金額ではない。いや、普通に働いたところで、簡単に用意できる金額でもない。


 清水教会は、寄付金などで運営されている小さな教会だ。


 そんな場所が、どうして三億円もの金を要求される事態になっているのか。


「……待て。土地の権利を盾に、三億円を要求されているということか?」


「はい」


「警察には?」


「まだ、何も……。私たちが何をしても、教会を取り戻せるとは限りませんから」


 ソフィアはうつむいた。


「だから、坂井君。どうか、放っておいてください。私は、どうしてもお金を用意しなければならないんです」


 彼女の頬を、涙が伝った。


 あれほど人々に笑顔を振りまいていた少女が、今はたった一人で泣いている。


 ……そうか。


 こいつは、こいつなりに必死だったのか。


 世間知らずで、無防備で、危なっかしい。


 それでも、何とかして大切な場所を守ろうとしていた。


 そのことを知った途端、俺は自分の無理解を恥じた。


 俺は、彼女のことを何も知らなかった。


 勝手に善人だと決めつけ、勝手に偽善者だと疑い、勝手に裏の顔を探ろうとしていた。


 そのくせ、彼女が何を抱えているのか、一度も考えようとしなかった。


 ……まったく、嫌になる。


「なあ、清水」


「……はい」


「どうして、そこまでして教会を守ろうとするんだ?」


 俺は、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。


「そんな小さな教会なら、ほかの教会に移るという選択肢だってあるだろう。お前なら、どこへ行っても歓迎されるはずだ。わざわざ三億円なんて大金を背負う必要はない」


 そうだ。


 彼女なら、ほかの場所でもやっていける。


 美貌もあれば、人望もある。シスターとしての仕事だって、きっと評価されるだろう。


 それなのに、なぜそこまでして、この教会にこだわるのか。


 ソフィアはゆっくりと顔を上げた。


「……私は、孤児なんです」


「……」


「小さい頃、清水神父に拾っていただきました。行く場所も、頼れる人もいなかった私を、神父様は家族のように迎えてくださったんです」


 彼女は胸元の十字架を握りしめた。


「私にとって、清水教会はただの建物ではありません。私が初めて、自分の居場所だと思えた場所なんです」


 その声には、確かな決意があった。


「だから、今度は私が恩返しをしたいんです。神父様が守ってくださった場所を、今度は私が守りたい。神父様が安心して暮らせるように、何とかしたいんです」


 ソフィアは再び顔を伏せた。


「それなのに、私には何もできなくて……。だから、せめてお金だけでも集めようと思ったんです」


 震える肩を見つめながら、俺は言葉を失っていた。


 こいつは、本気なのだ。


 たった十六歳の少女が、自分の大切な居場所を守るために、どうにかして三億円を用意しようとしている。


 その方法が間違っていることも、危険であることも、本人はまだ十分に理解していない。


 それでも、逃げるつもりはないらしい。


 ……本当に、どうしようもない女だ。


 俺は自分の頬を軽く叩き、気持ちを切り替えた。


 ここで呆れて終わるだけなら、何のためにこいつを助けたのかわからない。


「清水」


「……はい?」


「俺なら、三億円を用意できると思う」


 ソフィアが顔を上げた。


「……え?」


 涙に濡れた青い瞳が、まっすぐに俺を見つめていた。


「本当ですか、坂井君?」


「ああ。ただし、条件がある」


「何でもします。どうか、私にできることなら何でも言ってください」


 ソフィアは俺の手を取った。


 その手は、かすかに震えていた。


 俺は一瞬だけためらった。


 そして、口を開く。


「お前は、俺のものになれ」


「……私が、坂井君のものに?」


「ああ。髪の毛一本から血の一滴まで、全部俺のものになるんだ。そうすれば、三億円を用意してやる」


 言い終えた瞬間、俺は自分でも馬鹿げた条件だと思った。


 三億円という途方もない大金と引き換えに、人生を差し出せと言っているようなものだ。


 普通なら、こんな話を受け入れるはずがない。


 そもそも、俺だって本気でそんな契約を結ぶつもりだったのか、よくわからない。


 ただ、彼女がそこまでして教会を守ろうとしているのなら、俺にも相応の覚悟を見せる必要があると思ったのだ。


 ……いや、違うか。


 自分でも説明のつかない感情から、逃げているだけなのかもしれない。


 俺は乾いた笑みを浮かべた。


「……冗談だ。今の話は忘れてくれ」


 こんな無茶な条件を飲む人間など、いるはずがない。


 そう思っていた。


「差し出します」


「……は?」


 予想外の言葉に、俺は固まった。


 ソフィアは、俺の手を握ったまま、まっすぐにこちらを見つめていた。


「私のすべてを差し出します。ですから……どうか、助けてください」


 その瞳に、迷いはなかった。


 まるで、悪魔との契約にすらためらわない少女のようだった。


 ……冗談だろ。


 俺は思わず目をそらした。


 眩しい。


 彼女の覚悟が、あまりにも眩しすぎた。


 こんな条件を口にした俺のほうが、よほど卑怯者に思えてくる。


「……とにかく、お前はここで休んでいろ。俺が三億円を用意してくる」


「坂井君……?」


「朝になったら、鍵をフロントに返せばいい。部屋代はもう払ってある」


 俺は立ち上がり、玄関へ向かった。


 今は、これ以上彼女の顔を見ていられなかった。


「坂井君」


「……なんだ?」


 ドアノブに手をかけたところで、背後から声がした。


「どうして、このベッドにはこんなにボタンがあるのでしょうか?」


「……は?」


 振り返ると、ソフィアはベッドの脇にある操作パネルを不思議そうに眺めていた。


「これでしょうか?」


「おい、待て――」


 ポチッ。


 彼女がボタンを押した瞬間、ベッドがゆっくりと回転し始めた。


「きゃあっ! ベッドが回っています!」


「バカ! 何を押してるんだ!」


「えっ、面白いです! 坂井君、見てください!」


「見るな! 止めろ!」


「どのボタンですか?」


「知るか、ボケ!」


 ……そうだった。


 ここもラブホテルだった。


 中浜さんが経営しているホテルだから、何も考えずに部屋を借りてしまったのだ。


 そりゃあ、ベッドだって回転する。


 当たり前だ。


 俺は頭を抱えた。


 目の前では、世間知らずのシスターが、回転するベッドに目を輝かせている。


 ……本当に、こいつは。


 俺は深いため息をつき、扉の向こうへ逃げるように退散した。

知り合いからのアドバイスで、19時のも更新をかけるようにします。

よかったら、ブックマークを登録していただければ、最新話の通知が届きます。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。