7.かつての面影
舌打ちをしてしまいそうになるほどの苛立ちを深呼吸をして抑え込む。彼女と離れている時間はいつだって苦痛しかない。この場所に来るのはとりわけ気分が悪いけれど必要なことだと自分に言い聞かせ、豪奢な扉をノックした。
「失礼します。レイモンド・クレールが参りました」
少しの間の後に消え入りそうな入室を許可する声がして扉を開く。静かに室内に足を踏み入れると匂いを誤魔化すために強い香が焚かれているにもかかわらず鼻につくような死の匂いがした。ひゅー、ひゅーと空気の通り抜けるような規則的な音が部屋に響いている。
「レイモンド・・・どこだ・・」
しわがれた声が自分を呼んだ。教皇という立場でかつて信徒に羨望の眼差しを向けられ、教団を統治していた面影はそこにない。豪華に飾り立てられた広いベッドの上に干からびてやせ細った老体が横たわっている様は余計にみじめに見える。
「ここに」
短く返答すると白く霞がかったような目が自分に向いた。けれど果たしてその目が自分の姿を捕らえているのかどうかもわからない。
「私の自慢の息子よ・・よく帰って来た。お前が戻るのをどれほど心待ちにしていたか・・・」
「・・・・」
思わず笑いだしてしまいそうだった。
(・・・よくもそんな戯言が言えるな)
俺のことなどただの道具であったくせに。
俺の死を心から望んでいたくせに。
怒りを通り越して呆れて笑いがこみあげてくる。
冗談であった方がまだましだ。
「見ての通り、私ももう長くはない・・・。願わくば、お前に聖女様を託し共にこの教団を支えて欲しかった」
今度はこらえきれずに鼻で笑ってしまった。どうやらこの老いぼれはとうとう頭まで病に侵されてしまったらしい。
「父上、ご安心ください。聖女は自分の望む相手と結婚しました。彼女の幸せを奪ってはなりません」
あくまで聖女の幸せのために、と言い聞かせる。
(あんな女と結婚するなんて死んでもごめんだ)
そう思えば、聖女と結婚したシュヴェリエに感謝の気持ちすら湧いてくる。
いくら老いぼれようとも相手はこの教団の教皇、言葉が持つ力は今だに健在だ。だからこそ自分にとっては厄介な存在の内の1人だった。
(・・・早くくたばってしまえばいいものを)
疎ましさで舌打ちしてしまいたくなる。自分の命が惜しいこの男は金と権力を使ってあらゆる方法で延命を図っている。息子の命は何とも思っていないくせに、自分の命には生き汚く縋りつくその姿は滑稽で哀れだ。その内心が表に出ないように努めながら表情を取り繕う。
「今回の招集は神のご意志によるものと伺いました。どのような信託が下ったのですか?」
「あぁ・・神は・・・・聖女様を通して復活の時は近い、とお伝えくださった」
「・・・復活・・」
しわがれた声から紡がれた意味深な言葉を反芻した。
「・・・ああ。あの大罪から10年。神は我々をようやくお許しくださったのだ」
喜色を浮かべる老いぼれを無視して思考にふける。
(復活・・・それが意味するものは何だ?)
たしかに神の信託が再び下るようになったのはここ最近の話だ。けれど信託が下るようになってから神が直接干渉してくることはなかった。それに今は聖女の存在もある。
(嫌な予感がする・・・けれど言葉通りに神が顕現するというのなら好都合だ)
またとない機会に見えなかった希望を見出すことができるかもしれない。それなら自分の計画を動かすことが出来る。嬉しい予感に自然と口角が上がるのがわかった。
「神が復活されるというのなら、我々も迎える準備をしなくては・・・ごほっごほっ」
無理に起き上がろうとした老体が堪えきれずに盛大にせき込んだ。無理もない、もうこの老いぼれに残された時間はわずかなのだから。嫌悪感を覚えながらもその背を支えるように手を添えた。
「父上、お身体に障ります。お休みになっていてください」
この老いぼれには献身的に尽くす息子の姿に見えているのだろう。苦しそうにしながらも満足そうな顔をしていた。
「ごほっ・・・・はぁ・・すまない」
「全て私にお任せください。枢機卿として務めを果たしてみせます」
自分の感情がどうあれ、この場にふさわしい発言をすることは得意だ。そのように自分は教育されたから。
「ああ、お前が頼りだ・・任せたぞレイモンド」
哀れな老体を冷たい目で見下ろす。これ以上勝手はさせない。何のために枢機卿の役割を超えて教皇の代行までしてきたのか。
「はいもちろんです」
(くたばることがないなら、せめて俺の邪魔をするな)
従順な息子に見えるように笑顔を作る。
全てはこの男にとって全てであっただろう教団の権力を奪い取り、彼女を救うために。
読んでいただきありがとうございます。




