6.聖女
「何なのよあの女はっ!!」
教団の敷地内にある、地位の高い者にあてがわれる数少ない屋敷の内の1つ。美しい庭園とガラス細工が特徴の神の箱庭と呼ばれる聖女に与えられたその屋敷に戻って早々、棚に飾られた花瓶が音を立てて割れた。床に落ちたそれが大きな音を立てて砕け散っても、控えている使用人は慌てる様子がまったくない。
「落ち着いてください、聖女様」
冷静な声がそれを制止した。けれどそれで収まらない感情が声の主へと矛先を変えた。
「どういうことなの、アルフレド!!あの方に婚約者ができたなんて・・・あなた知っていたの!?」
「いいえ、そのような報告は受けておりませんでした」
聖女は感情のままに自らの夫に怒鳴りつける。アルフレドと呼ばれた男性は怒りの感情をぶつけられても妻である聖女の言葉に取り乱すことなく淡々と答えた。
「私があれだけ声をかけても全て冷たくあしらってきたじゃない。これまで女性の影なんて全くなかったのに・・それなのに、突然婚約だなんて・・・・許せない」
怒りが底からじわじわと這いあがってくるような声で怒りの言葉をこぼす。それはとても夫を持つ女性の姿ではない。夫であるはずの彼もまた咎めることなく妻の姿を黙って見つめている。
「ねぇ、アルフレド。お願いがあるの。」
お願い、という言葉にアルフレドがピクリと反応した。
「あの女のことを調べて頂戴。あの女が、どこの誰なのかを」
「・・・・それは、聖女としての願いですか?」
確認のための夫の言葉を妻は嘲るように笑った。
「もちろん、聖女としてに決まっているじゃない。得体のしれない女が格式ある教団の敷居をまたぐなんて許せるがないでしょう。ましてや、枢機卿の妻になるなんて・・・聖女として見過ごすわけにはいかないわ」
「・・・・仰せのままに」
アルフレドは無表情のまま聖女の前に跪いた。自分に服従する騎士の姿を見て、聖女の唇は満足そうに弧を描く。
「誰のものにもならないから、見ているだけでも我慢できたの。誰かのものになるくらいなら・・・私の手で壊してあげる」
呟かれた言葉に明らかな私怨が含まれていても、それを咎める者はここにはいない。
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「枢機卿・・・魔法剣士?」
「あぁ、そうだ」
耳慣れない単語に首を傾げる。枢機卿はカイルの説明の通り、この教団において2番目に偉い役職なのだろう。田舎でのんびりと暮らしていた彼がその地位についていることも驚きだけれど剣士という言葉にも驚いた。
「魔法剣士はその名の通り、魔法と剣技を組み合わせた武力を持つ者のことだ。魔法剣士は契約した精霊から力を借りた魔法と優れた剣技を持つ者に与えられる称号だ。俺だって一応魔法剣士の端くれだぞ」
カイルが見てみろというように大きな手を私の前に差し出した。手のひらが上に向けられると、ポンっという音と共に大きな掌いっぱいにずんぐりとした茶色のトカゲが姿を現した。
「俺の契約精霊カジミールだ!どうだ、かっこいいだろう?」
カイルの自慢げな声に応えるようにカジミールは短い舌を出してピロピロとさせた。その可愛らしさに思わず笑ってしまいそうになるのを何とか堪えた。
(かっこいいというより・・・かわいいわね)
体格が良く貫禄のあるカイルとずんぐりとしたトカゲのカジミールが戦う姿を想像するけれど、とても敵を打ち倒すイメージはつかない。自信満々の2人のために本音は隠しておくことにした。
「・・・・そういえば、魔法剣士っていうことはレイモンドも騎士だったの?」
ふと疑問に思った。国一番の実力者なら彼も騎士だったのかもしれないと。けれど、2人の反応は想像と違って、少しだけ不思議な間ができる。
「あー・・・レイモンド様は騎士じゃない。この方は―」
「カイル」
少し言いづらそうに何かを言おうとしたカイルを咎めるようにレイモンドがカイルの名前を呼んだ。
「そろそろ騎士団長の朝会の時間じゃないのか?」
レイモンドの言葉でハッとしたカイルがばつの悪そうな顔をした。
「あ・・いけねぇ、そうでした。すまんアリシア。また後で来るからな!」
レイモンドに促されたカイルはじゃあなっと私たちに手を振るとあっという間に行ってしまった。まるでついこの間会ったときのような身軽さだ。
「カイルさんが・・・騎士団長?」
足早に去ってしまった背中を見送りながら茫然と呟くとレイモンドが苦笑いをした。
「それも伝えてませんでしたね。カイルはこの教団を守護する騎士団の団長を務めています」
(・・・上司って、そういうことだったんだ)
てっきり下っ端騎士を指導する先輩騎士的な立ち位置かと思っていたけれど、想像していたよりも高い役職に就いているすごい人だったらしい。先ほどのカイルの精霊、カジミールも見た目にそぐわない力を持っているのだろう。笑ってしまいそうになったことが急に申し訳なくなってきた。
「色々伝えるのが遅くなってしまってすみません。急にいろんなことを伝えても驚かせてしまうと思って・・・」
「いいの。私の体調を気遣ってくれているんでしょう」
申し訳なさそうに言うレイモンドにゆるく首を振ってこたえる。レイモンドが私の体調を気遣って慎重になっていることは痛いほどよくわかる。記憶が戻ることを懸念して少し過保護になっているくらいだ。私が気にしていないことに安心したらしいレイモンドが安心したように微笑んだ。
「ここは限られた人間しか入れないようになっているので安心してください。こちらへどうぞ、家の中を案内します。あなたの部屋も用意してあります」
少し弾んだ声で手を取られてそのまま屋敷の奥へと進んでいく。レイモンドに導かれるままに新たな家になった屋敷を見てまわった。
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