3.先輩
「お前・・・目が覚めたんだな・・。
・・・よかった・・・本当によかった・・無茶ばっかりしゃがって・・」
「あ、あの・・」
男性に少し苦しいくらいに抱きしめられた。走ってきた勢いのまま抱きしめられたので押し倒されてしまうかと思ったけれど、持ち上げられる形で抱きしめられているため助かったらしい。今生の別れだったかのような真剣な声に止めることもためらわれる。どうしたらいいものかわからず戸惑っていると急に苦しさから解放された。
「おい、いい加減離れろ」
助けてくれたのは気づいてやってきたレイモンドだ。来客を迎える準備をしていたらしい彼はエプロン姿のままだ。男性の首根っこを摑まえると後ろに思いっきり引っ張ったらしく男性は少し苦しそうに首を押さえている。
「ぐっ・・・少しくらいいいでしょう。俺だって久しぶりの再会なんだ」
「もう十分だろ、アリシアが困ってる。手紙にも書いたはずだ。アリシアは記憶を失ってる。お前のことも覚えてない」
当然のことのように言うレイモンドの言葉に少し胸がざわついた。この男性も自分のことを大切に思っていてくれたことは今のやり取りの中でもわかる。
(悲しませてしまっているかな・・)
申し訳なさを感じつつちらりと横目で男性を見る。けれどその反応は予想していたものとは違っていた。
「そりゃまぁ、そうでしょうね。だが俺は目が覚めてこうして話しができるだけで満足ですよ」
まるでそれが当然だとでもいうような言葉だ。
男性は少し悲しそうにしながらも言葉通り満足そうに微笑んだ。その笑顔は記憶を取り戻したいと言ったときのレイモンドの表情とどこか似ていた。けれどそれも一瞬のことで、男性はからりとした笑顔で私に向き直った。
「改めて自己紹介だな!俺の名前はカイル・マルシャン。よろしくな、アリシア。俺はあんたの先輩だったんだ」
自己紹介と共に手を差し出された。先輩、そう言われて改めて男性の姿を見た。レイモンドよりも高い身長と鍛えていることが一目でわかる筋肉のついたたくましい体つき。普通であれば威圧感を感じてしまいそうだけれど、この人の場合はそれが全くない。愛嬌のある笑顔と親しみやすい言動がそうさせるのだろう。
「よろしくお願いします。先輩って・・・私は何の仕事をしていたんですか?」
お辞儀をしながら差し出された手を握り返した。男の人らしい、ごつごつとした手。所々、手のひらに固い感触がしてその手を見るとその大きな手のひらにはタコができていた。
「騎士だよ。それも若くして将来を期待されるほどの実力者だったよ」
「騎士・・私が・・?」
目覚める前のことはほとんど何も聞いていない。何かしらの仕事をしていただろうと思っていたけれどまさか騎士だったとは。剣を握っていたのだろう、自分の手のひらを見つめる。そこにはカイルと同じ剣を握ってできたのであろうタコができていた。こんなに小さなところに自分の生きて来た時間が刻まれている。今では想像もできないけれど、騎士となるために剣を振るい努力をしたのだろう。
(だから・・・騎士だったから、事故にあったのかな)
記憶を失うほどの事故。騎士という危険を伴う仕事なら今回のようなこともあるのかもしれない。少し納得しながら、見つめていた手のひらをぎゅっと握る。そんな私の様子を見てカイルは隣に並ぶレイモンドの胸を軽く小突いた。レイモンドをからかうような笑みを浮かべている。
「しかしあんたも人が悪い。アリシアが目覚めてから1ヶ月も経ってから連絡をよこすなんて」
「仕方ないだろ。まだ不安定だったんだ。余計な刺激の誘発で何が起こるかわからない」
「・・・それもそうだな。ここまで来たんだ。少し慎重に運ばねぇと」
やけにしんみりとした口調だった。それほどまでに、私は危険な状態だったのだろうか。2人のやり取りを見つめているとレイモンドが申し訳なさそうな表情をする。
「アリシア、驚かせてすみません。今朝お伝えしたように、彼があなたと私の友人です。だいぶ大雑把ですが悪い奴じゃありません」
「あんたに友人と言ってもらえるたぁ幸栄だ」
大雑把と言われている部分は否定しないらしい。カイルは快活に歯を見せて笑った後、なぜか不思議そうにレイモンドの顔を見た。
「・・・・・にしてもあんた・・・・その言葉遣い、もしかして・・・」
「何か言いたいことがあるのか」
どこか不機嫌そうなレイモンドがじろりとカイルを睨みつける。その瞬間にこらえられないようにカイルが笑いだした。
「くくくっ・・・あーっははははっひー腹がいてぇ」
「黙れ」
「くくくっ・・いやぁ、健気ですねぇ」
「今すぐ王都まで吹き飛ばしてやってもいいんだぞ」
「くくくっごほん。失礼いたしました」
普段アリシアに対して丁寧な口調のレイモンドも、友人相手では砕けたものになっている。言葉遣いもそうだけれど、2人の間には友人同士らしい慣れ親しんだ気安い雰囲気があった。
王都、という言葉でふと気がかりなことが頭をよぎった。
「あの、王都から来たんですか?」
「ん?あぁ、そうだ」
「弟は・・私の弟は元気でしょうか?」
「弟?」
カイルは驚いたように目を丸くした。
「はい。心配なんです。私が覚えているのは弟のことだけで・・・弟は元気にしているでしょうか。目が覚めてから連絡を取ることもできていませんし・・・」
「・・・・そうか、ほとんどの記憶をなくしてもそれだけは覚えてる。それほど、大事なんだな。・・お前はほんとに大した奴だよ」
「?」
噛みしめるように、少し悲しそうに言うカイルの言葉の意味を理解できなかった。見上げようとして上げた頭をガシガシと撫でられる。少し乱暴な仕草に整えた髪もぼさぼさになってしまう。
「わわっ」
「心配ない、お前の弟は元気にやってるよ。近頃は元気が有り余ってるみてぇだ。お前のことは俺から伝えておくよ」
不思議なことに、この人が言うなら大丈夫だろうとそう思えるような笑顔だ。この一ヶ月、手紙を出そうと思ったけれど確かな記憶がないなかで何と書いたらいいのかもわからずじまいになってしまっていた。そのことがひどく気がかりだったけれどカイルの言葉に安心してほっと息をつく。
「アリシア、すみませんがお茶の用意をしてくれませんか?立ち話も何ですからゆっくりお茶を飲みながら話しましょう」
レイモンドの一声でハッと我に返る。そういえばお客様を外に立たせたまま話をしてしまっていた。
「わかったわ」
レイモンドに頷き慌てて勝手口から家へと戻る。テーブルの上にはすでにレイモンドが準備していた焼き菓子が並んでいる。あとはお茶の準備をするだけというところだろう。水を入れた鍋を火にかけ、その間に茶葉とティーカップの準備をしていると今だに庭にいる2人の話し声がかすかに聞こえて来た。
「・・・・からの命です。・・・なんでも・・」
「・・・・・今はここを離れるわけには・・。どうにか・・・・」
「どうにかって・・・。俺にはどうすることも・・」
とぎれとぎれに聞こえてくる会話はあまり楽しい話ではないらしい。姿が見えなくてもそれがわかるくらいの声音だった。会話の内容が気になりつつも聞いてはいけないと茶の準備に意識を向けた。
*********
「もう帰ってしまうんですか?」
カイルが来てから数時間。
お茶を飲みながら会話を楽しんでいたらあっという間に帰宅する時間になってしまったらしい。
「あぁ、今日は楽しかったよ。珍しい人の手作りの菓子も食えたしな。ゆっくりしたいのも山々なんだが仕事があってな、すまん」
「仕事・・・そうですか」
王都の騎士ともなれば忙しいのだろう。少し申し訳なさそうにするカイルを笑顔で送り出したいのに楽しい時間だったからしょんぼりとしてしまう。
「心配すんな。嫌でもまた会える。それよりお前は病み上がりなんだ、あんま無茶すんじゃねぇぞ」
まるで子供にするようにカイルは私の頭をぐりぐりと撫でる。初めてされたときは戸惑ったものの、数回されてしまえば慣れてしまっている自分がいる。乱れた髪を直しているとカイルはレイモンドへと向き直った。
「では俺はこれで」
「あぁ。気を付けて帰れ」
少しかしこまった、けれど親しんだ者同士の短いやり取り。友人だけれどなんとなく距離もあるような気がしてなんとなく不思議に思いながら2人のやり取りを見ているとカイルが急に真剣な顔をしてレイモンドを呼んだ。
「レイモンド様」
敬称を付けた、かしこまった声。けれどレイモンドは驚いた様子はなく続く言葉を待っている。
「俺はアリシアをあんたに任せることに異存はありません。・・・けど、結婚するならきちんと記憶を取り戻してからにしてくださいね」
「もちろんだ」
(・・・け、結婚・・)
思いもしない言葉で動揺しているのは私だけらしい。2人は真剣な表情のままだ。婚約者なのだから結婚を視野に入れることはおかしなことではないだろう。けれど、今の私にはとても考えられない。レイモンドはいい人だ言葉が無くても愛されていることがわかるほどに記憶を失った私を親身に支えてくれる。でも、たとえ今レイモンドからプロポーズをされたとしても記憶がないという後ろめたさを持ったまま彼の手を取ることはできない。だからこそ、カイルは忠告をしたのだろう。レイモンドの言葉に満足したらしいカイルの表情は真剣なものから穏やかなものへと変わる。
「それを聞いて安心しました。・・・それじゃ、俺はこれで」
カイルは乗ってきた馬に跨ると颯爽と駆けて行ってしまった。まるですぐ会えるからとでも言うように振り返ることなく。
(結局、カイルさんのことも思い出せなかったな・・)
カイルの背を見送りながらぼんやりと考える。積極的に昔話をすることは無かったけれど、知人との会話で少しは記憶が戻るのではないかと期待をしていた。けれどひと欠片の記憶を取り戻すことも、懐かしいと感じることすらなかった。
「アリシア。家に入りましょう」
レイモンドの声掛けに我に返る。
気が付くともうカイルの後ろ姿は見えなくなっていた。
「えぇ」
後ろ髪を引かれながらもレイモンドに促されて背を向け、2人の家へと足を向けた。
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