28.騎士団長の懺悔
「ちゃんと別れは言えたか?」
「・・・団長」
声をかけられたのは教団の内部、庭園に佇んでいたときだ。早朝にアルフレドを見送った私はすっきりしたような大切なものを失ったような寂しさを抱えてただ庭園の花を眺めていた。アルフレドが国を出て行こうとしているのを教えてくれたのは団長だ。今思えば、アルフレドは私に知らせるつもりなどなかったのだろう。だから黙って行こうとしていた。けれど団長のおかげでわずかな後悔を残すことなく彼の新な旅だちの一歩を押すことが出来た。
「ありがとうございました。おかげで、最後に彼と話をすることができました」
寂しさはありつつも晴れやかな私とは打って変わって団長は私の言葉で顔をしかめた。
「・・・お前が礼を言うことなんてない。全部、俺のせいだからな」
「・・・・どういう意味ですか?」
言葉の意味が分からずに首を傾げた。けれど、団長はやけに真剣な目をして私を見た。
「俺にこんなこと言う資格がないのはわかってる。だが、言わせてほしい・・・・アリシア、本当にすまなかった!!」
団長はそう言うと大きな体を折り曲げて勢いよく頭を下げた。
「だ、団長?!どうしたんですか?頭を上げてください!」
「謝って済むことじゃないのはわかってる・・・だが謝罪させてほしい」
「待ってください。私は団長に感謝こそすれど謝っていただくことなどありません」
まるでとてつもない間違いを犯したかのように謝罪する団長の行動の意図がわからない。自棄になっていたレイモンドに寄り添い、共に長い時間私を探して見つけ出してくれた。自分勝手に行動し隊律を乱した一部下だった自分に対して考えられないほどの献身だ。彼には心から感謝をしている。けれどその私の言葉に団長は首を振る。
「お前やシュヴェリエの人生を狂わせたのは俺だからだ。お前たちにレイモンド様の護衛騎士の任をを負わせたから・・・俺が幸せだったお前たちの未来を奪ったも同然だ」
そこでようやく団長の意図を理解した。思い出すのはアルフレドと共に団長直々に護衛騎士の任を命じられた日のことだ。当時まだ新米騎士だった私たちは任された役割の大きさに驚いたものだ。
「団長・・1つ聞いていいですか?」
「もちろんだ」
「なぜ、私たちを護衛騎士に選んだのですか?」
「・・・それは・・・」
まるで言いづらい言葉を整理するみたいに言葉を飲み込んだ。それから、ゆっくりと重たい口を開いた。
「・・・お前たちにどうにもならない現実を見せるためだ」
「・・・・」
想像していたよりも最低な理由に思わず絶句した。この人は本当に自分の尊敬する騎士団長カイル・マルシャンその人だろうかと疑うほどだ。
「お前も知ってるだろ?当時の騎士団や教団がどれだけ汚い現実に目をそらして生きていたか。純粋なお前たちに現実を見せて、理想ほど甘くないとわからせるためにわざと辛い役割を与えた」
「・・・・団長。申し訳ありませんが歯を食いしばってください!」
「は・・・ぐはっ!!!」
返事を待たずに自分に身体強化の魔法をかけて団長の腹部、鳩尾に拳をめり込ませた。任された当時は騎士として期待をかけてくれたのだと思っていたけれど、尊敬していた団長の思惑は想像よりどうしようもないものだった。無断で殴ってもきっと許されるだろう。屈強な彼でも鳩尾に元騎士の身体強化をかけた拳を受けるのは効いたのだろう、屈強な身体が折れて地面に伏した。
「・・・なぜ、そのようなことを?嫌がらせですか?」
地面に伏せている団長を見下ろしながら問う。団長は苦しそうにしながらも
「・・・お前たちが俺の後を継げるような実力と未来のある騎士だったからだ。知ってるだろ?俺は団長なんて器じゃない。突出した力も頭脳もない、ただ、周りの顔色を窺って波風立てずに生きるのが得意だった、それだけだ。そんな俺が騎士団を率いる立場になれば必然的に騎士なんて飾りの名ばかりの存在になっちまう。誇り高い騎士道を俺が穢しちまう。だからずっと待ってたんだよ。俺よりも強く、信念をもって騎士団を導ける人間を」
「だからって思い通りにならない現実を見せてもその信念を砕いてしまうでしょう。それこそ本末転倒では?」
「お前たちだから、乗り越えられると思った。お互いを思い合うお前たちならきっとどうしようもない現実に見切りをつけても、その誇りを失うことなく補い合うことが出来るだろうとな」
団長は伏せた体勢から仰向けになった。その表情はどこか呆気にとられたように見える、
「・・・だが思い知らされたのは俺の方だ。結局情けないほどにお前の信念と生き様を見せつけられて、シュヴェリエを何年も続く闇に突き落とし自分の軽率な考えで2人の人生を犠牲にした。俺は本当にどうしようもない。詫びて後悔しながら生きていくことしかできない」
情けなくも天を仰ぐ団長にため息をついた。たしかに、この人はどうしようもない。現実をわからせるという洗礼を新米騎士に受けさせて、それが生んだ結果を全て自分の責任だと抱え込んでいるのだから。
「団長、訂正させてください。たしかに団長の決定が私たちの決別のきっかけだったのかもしれない・・・けれど勘違いしないでください。これは私たちの選択の末の結果です。」
小さくため息をついた後にきっぱりと否定した。しっかりと否定しておかなければきっとこの人は一生かけて引きずりながら償いをしていこうとするだろう。はっきり言ってそんなの迷惑以外の何でもない。
「私がこの身を賭してレイモンドを救おうとしたことも、アルフレドが私のために聖女の力に頼ったことも。私たちの選択の結果がどうであれ、その責任を他者に押し付ける気など毛頭ありません。私たちの人生や選択の責任も全て私たちのものです」
「・・・・・お前は、男が形無しになるくらいかっこいいよ。本当に、参ったな」
完敗だと言わんばかりに天を仰ぐ団長はどこか悲しそうな表情をしている。この人はきっと寄る辺がないのだろう。今まで私という存在をレイモンドと共に取り戻すことが償いとして心の寄る辺となっていた。そしてそれを解決し抱えていた罪悪感も全て奪われた今、再び騎士団の団長という自分の存在意義を失っている。
「団長。私があなたに望むことは1つだけです。その剣を握ることが出来る限り、これからもこの教団の騎士団長として皆を導く導となること」
「それは・・・」
私の言葉に団長は目を見開いて言葉を失った。この望みはきっと自分が騎士団を率いる者としてふさわしくないと思っている団長にとって一番苦しいものだろう。けれどここで退場させるつもりなど毛頭ない。
「団長としてふさわしいとかふさわしくないとか関係ないのです。私たちにはあなたが必要だ。言っておきますが、私はあなたの後任として団長の椅子に収まる気などさらさらありません・・・・だから共にレイモンドを支え、守り抜く騎士となりましょう」
団長の隣に座りこむとそっと手を差し伸べる。
「・・・・お前・・」
団長は差し出された手をじっと見つめた。これが私の出した騎士団復帰の答えだと気づいたのだろう。少しの沈黙の後、諦めたようにため息をついた。
「・・・・はぁ・・・部下にここまで言わせておいて引き下がるようじゃあ騎士として以前に男としても立つ瀬がねぇ。やるよ、やってやる。望み通り俺の騎士道ってやつでお前たちを導いてやるさ」
「それでこそ、私たちの団長です」
差し出した手を握った団長を引っ張っり起こす。起き上がった彼は諦めたような顔をしながらもその表情はどこか晴れやかだった。
「・・・俺が言うのもなんだがお前がいたからレイモンド様も救われたんだ。俺はな、思うんだ。お前という存在がいなかったらきっとレイモンド様も生贄となって命を散らし、俺たちの世界も闇に飲み込まれていただろうってな」
「それはお互い様でしょう。団長がいなければ、レイモンドは自暴自棄になったまま人間やこの世界を憎んでいたかもしれない。あなたが共にいてくれたから彼は闇に堕ちることなく歩み続けられた。その結果が私を救ってくれたんです」
私の存在のみを肯定する団長の言葉を首を振って否定した。私たちはきっとお互いのどちらが欠けてもレイモンドを救うことが出来なかった。
「・・・あぁ、そうだな」
団長は私の言葉に頷くと申し訳なさそうに頭をかいた。
「なぁ、レイモンド様に会いに行ってくれるか?あの方はお前に対してとんでもなく臆病だから、どうしたらいいかわかんねぇんだ。だから・・・」
「もちろん、そのつもりです」
団長の頼みに当然のごとく頷いた。私は内心怒っている。あの戦いの後から忙しさを理由に全く会いに来ることもなく私を避け続けるレイモンドに。
カイルに別れをつげると私を救うだけ救っておいて放置している自称婚約者のもとへと向かった。
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