27.別れ
あの戦いから一ヶ月という月日が経った。神を騙った魔の存在の討伐は国全体を大きく揺るがすものだった。操られていた人たちの洗脳は解けたが特に長期に渡って洗脳を受けていた人達の影響は今も残っている。中でも教皇は特に洗脳が強く、老衰もあったことからあえなく命を落とした。教皇という存在を失い教団の多くの神官や騎士が洗脳の影響から解放された今は人手不足のため大忙しだ。
そして聖女はというと――
「モニカ・シュヴェリエ改め、モニカ・ルロワは神を騙る存在に利用されていたことも考慮されたが国を混乱に巻き込んだとして処刑された」
「・・・はい」
騎士団長、カイル・マルシャンは神妙な口調で聖女であった少女の処罰を告げた。聖女に操られた民の刃によって傷つけられた彼の怪我も今はすっかり良くなっている。
聖女であったモニカは魔の力を使って積極的に国民を洗脳し、民を生贄にする手助けをした。そのために酌量の余地なしと判断されたのだ。決していい関係ではなかったが彼女の死は手放しで喜べるものではなかった。
「気負うんじゃねぇぞ。あいつの処刑はあいつの罪による正当な処罰だ。それにお前が情けをかける必要はない。それに、お前が今気にかけるべきは他にいるだろう」
モニカの処刑をわずかでも気にしていることはこの団長にはバレてしまっているらしい。迷いを断つようにきっぱりと否定された。国民を操った魔女とされたモニカに対して魔を討ち滅ぼした存在として讃えられているのが他でもないかつて生贄にされかけたレイモンド・クレールだ。彼の存在は今や本物の代行者として国王も認める存在となっている。それは報せのように咲き乱れた神の花と彼が持つことによって輝く聖剣によって証明されたからだ。正式な神の代行者となったレイモンドが初めに望んだのは私の汚名の返上だった。神に刃を向けた大罪人としての烙印を押されていた私の名前は今や神の代行者を救った英雄として讃えらえれている。
新な神の代行者、そして教皇の地位を継いだレイモンドは教団を立てなおすためにも今まで以上に山のような業務に追われている。
「騎士団はお前の復帰を心から歓迎する。後はお前の決断次第だ」
汚名を着せられて騎士団からも除名されていた自分を、カイルは再び騎士団にと声をかけてくれていた。人手不足、そして何よりも私がレイモンドの傍を守ることができれば彼の負担を和らげることができるだろう。
「・・・少し、考えさせてください」
「・・そうか。まぁゆっくりでいい」
渋った私の答えにもカイルは笑顔で頷いた。騎士団にいたときと同じようにレイモンドを守ることは自分の望みでもある。けれど、なんとなくそれを即決できる心境にはなかった。カイルは自分の業務に戻ろうと席を立ったが何かを思い出したように振り返った。
「・・・そうだ、俺は断られちまったが、お前は見送りに行くのか?」
「見送り・・?誰のですか?」
「決まってんだろ、そりゃ・・・」
続けて告げられた事実に言葉を失った。
*
早朝というには夜の気配が濃く残っている時間帯。まだ陽も登っておらず薄暗いなかで波の音が絶え間なく聞こえる港の気配は心地がいい。アルフレドはこれから自分が乗る船を感慨深く見上げた。
10年以上騎士として尽くしたこの場所は自分にとってかけがえの時間を過ごした場所だった。愛する人と出会い、失い、取り戻そうとして懸命にもがいた。その結果が自分の手によってではなく、別の人によって愛する人が救われたとしても本望だった。望みが叶い自分がここにいる意味もなくなった今、もうあの慣れ親しんだ地を踏むことはないだろう。
「まもなく出航でーす!ウラタナ行きの方はご乗船くださーい!」
船員の案内の声が響いた。王都を離れて辺境の地、ウラタナに向かってから国境を越えて国を出た後のことは考えていない。どこでどうやって生きていくかも白紙のまま。新天地に向かうにも関わらずこの心にあるのは決別への決意とわずかな心残りだけだ。そのわずかな心残りが足取りを重くしながらも王都に背を向けて一歩踏み出したとき――
「アルフレド」
もう聞くこともできないと思っていた愛しい声が自分の名前を呼んだ。振り返るとまるで自分の願望が具現化したみたいに彼女がそこにいた。
「・・・アリシア・・・なぜここに・・」
夢でも幻でもない、現実の彼女がまっすぐに私を見据えている。その姿を見るだけで今だに愛しさと切なさで胸が痛む。
「団長から聞いたんだ。君が騎士団を退職して、シュヴェリエの姓も捨ててこの国を出て行こうとしていると・・」
「団長が・・・」
一応口止めをしたけれど無駄だったらしい。こうやって気をまわすところは相変わらずだ。いや、きっと団長なりの罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。彼は私とアリシアの関係がこじれてしまったことを気にしていたから。
「なぜ私に何も言わないで行こうとする。もう会えないかもしれないんだぞ」
「・・・・もう、会わない方がいいと思いました。私とあなたのために」
本心からの言葉だ。恋人としての最低な裏切りという代償を払っても何もできなかった自分と新たな婚約者ができて汚名をそそぐことのできた彼女。自分の心がアリシアを求めてやまないとしても、それは今の彼女にとって迷惑でしかない。その後ろ髪を引いてしまうくらいならせめて潔く身を引くことが最後の彼女へのはなむけだろう。
「・・・アリシア、笑って見送ってください」
痛む自分の心を悟られないように笑ったけれど、彼女は余計に悲しそうな顔をする。
「・・・君は、いつもそうだ。自分の苦しみとか痛みを見て見ぬふりをしようとする。私は君がそうやって自分を傷つけて全部抱え込んでいるのが苦しいんだ」
苦しみに耐えるような表情に心が揺さぶられる。アリシアだってそうだろう。君は自分の痛みをもろともせず人を救おうとする人だ。
「私は・・・まだ君に大切なことを何も伝えられていない。もし君が過去の全てを消して自由に生きることを望むのなら、私のこともこれから言うことも全て忘れてくれ」
忘れられるわけがない。自分の人生においてこんなにも愛した人のことを。まるで自分の魂に焼き付けられたみたいに君の存在は私の命が消えるまで刻まれていることだろう。
息を整えたアリシアが私を見つめながら美しく快活な笑みを浮かべた。
「私を・・愛してくれてありがとう。私は君を・・アルフレド・シュヴェリエを心から愛していたよ」
いつの間にか水平線から顔をだした太陽が私たちの姿を眩しく照らした。その瞬間に過去の景色を思い出した。眩しい日差しの下、穏やかな庭を歩きながら快活な笑顔を向けてくれる彼女の姿。未来に不安を抱くことなく、その笑顔を守り続けることができることを疑うことなく過ごしていた彼女から愛されて、彼女を愛していた平和な日々のことを。
「アリシア・・・・私もです。私もアリシア・ヴァレットという存在を、あなたの志を愛していました・・・アリシア、私の願いは1つだけです」
不甲斐ない自分を責める言葉を口にするのは止めた。自分を責める言葉は彼女を傷つけてしまうだろうから。代わりに心からの願いを口にした。
「・・・・どうか、幸せになってください。」
アリシアの目が大きく見開かれて涙が滲んだ。涙が太陽の光を反射して輝いている。その涙を拭おうと思わず手を伸ばしたとき。
「まもなく出航します!乗船する方はお急ぎください!」
出航の時間を告げる船員の声で伸ばしかけた手を握りこんで下ろした。
(もう、これは私の役割じゃない)
少しの寂しさが胸に滲んだけれど、同時に嬉しさもあった。彼女にはもう疑う余地もないくらいに幸せにしてくれる相手がいるということに。彼は間違いなくアリシアを幸せにする。これまでの行動のすべてでそれを示してきた。
「・・・永遠の別れだとは思わない。また、どこかで会おう」
涙を流しながら絞り出された声に笑みがこぼれた。
「えぇ、またいつか」
短い別れを告げて背を向ける。これは願いだ。約束もない、確約でもなくていつか自分たちの軌道線が再びどこかで交わることを願った祈り。涙を浮かべたままの彼女に背を向け、船に向かおうとしたとき――
「・・・・アルフレド。自分のために生きて、幸せになれ」
その声とともに背中を軽く押されて一歩を踏み出した。軽くなった足取りのまま船へと乗り込んだ。私が最後の乗客だったのだろう、私の乗船を合図にするかのようにすぐに船は出航した。徐々に港から船が離れていくけれどもう心残りはなかった。振り返ることなく、これから向かう先にある太陽に照らされてオレンジ色に染まった水平線を見つめていた。
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