23.邂逅
騎士が剣を振り上げて襲い掛かってくる。
「ちっ」
剣を受け流し、がら空きになった胴に蹴りを入れて昏倒させる。けれどすぐに別の騎士が切りかかってきたため身をよじってその剣をよける。いつのまにか空を黒く分厚い雲が覆っていた。降り出した雨で服が鎧のように重く、まとわりついて余計に体力が削られていく。
(きりがない)
多勢に無勢。ましてや今の自分は行使できる魔法が限られている。日常生活程度の魔法を行使することは問題ないけれど、この場の全員を制圧できるほどの力はない。神官や民間人、騎士はまるで痛みなど感じていないように何度も起き上がってくる。意識を奪う他に生かして無力化することはできなかった。すでに昏倒させたものは数えきれないけれど、襲い掛かってくる数は変わっていないように思える。
(目障りだ。いっそ全員殺してしまいたい)
思わず剣を握る手に力がこもった。相手は明らかに操られている。ぎりぎりの所で理性を保っているが、今にも怒りと焦りで焼き切れてしまいそうだ。
(早く、早くアリシアを救いに――)
こんな奴らどうなったっていいのに、ここにいる人間全員を殺せばアリシアはどう思うか。それを考えるとうかつに命を奪うこともできない。けれど防戦一方でじりじりと体力ばかりが奪われていく。
「・・どうされたんですか?これくらいの数、国一番の魔法剣士と言われたあなたならその手にかけるのは容易いでしよう?」
祭壇で高見の見物を決め込んでいた聖女が楽しそうに笑った。
「もう抵抗する必要はありません。このままではあなたの身が持ちませんわ。彼女は生贄にささげられたのですから、亡き者を気に掛ける必要などないでしょう?」
「悪いが俺は2度と諦めないと決めている。自分の命も、アリシアの命も」
「なぜですか?もう彼女は死んだ。尊い神の贄になったというのに・・・安心してください。あなたの罪悪感も悲しみも全て私が癒して差し上げます」
ざらりと不愉快に耳にまとわりつくような声。理不尽をもたらしておきながら、救ってあげると言わんばかりの言葉に反吐がでる。こいつが聖女だということも納得できる。なにせ人間を犠牲にすることもいとわず人を救っているように見せかけるあの神が選んだのだから。
「ふっそんな戯言が通じると本気で思っているのか?俺はアリシア以外の女に興味はない。目障りだ、消えろ」
「・・・・どうして私を選んでくれないの?邪魔者はもういない、あなたにふさわしい私がここにいるのに」
戸惑ったように聖女が首を傾げた。この女にとっては周囲の男など自分を飾り立てるための装飾品でしかない。自分を価値のある人間で飾り立てて、それが自分の価値であるかのように振舞っている。自分はあんなにもちっぽけで中身などないくせに。その行動は現実から目を背けようとする反動なのだろうか。だからこそ――
「俺がお前を選ぶことなどあり得ない」
挑発するように笑った。
聖女が怒りと屈辱に顔を歪めたそのとき、視界の端で何かがきらりと光った。
「なっ何?」
聖女の背後、神と呼ばれた禍々しい黒い靄が波をうつように苦しそうに悶えている。
「なんだ?」
その異様な様子に目を見張る。神の身体、黒い靄の中心に現れた光がどんどん大きくなって一瞬辺りを眩しく照らした。眩しさに思わず手をかざす。
「レイモンドっ!!」
視界を覆う光の中で自分を呼ぶ声がした。
逆光でその姿は良く見えないけれど愛する人の声を聞き間違えることはない。
「っ!アリシアっ!」
光を背にした愛しい姿が空を舞い、自分の元へと舞い降りた。
**********
光を抜けた先は祭壇だった。走る勢いのまま飛び出した私はそのまま階段を飛び越える。
ゆっくりと流れる景色の中、人だかりの中心に傷だらけになったレイモンドの姿が見えた。
「レイモンドっ!!」
「っ!アリシアっ!」
予測していたような衝撃はなく、ふわりと身体が風に包まれる。レイモンドは重力のまま落下する私の身体を風の力で受け止めてくれた。
「無事ですか!怪我は?!」
私を抱きとめるとまるで堰を切ったように心配するレイモンドに苦笑する。私を抱き留めている彼の方がよっぽど傷だらけだ。
「平気だ。君の方が傷だらけじゃないか」
「アリシア・・・?」
私の変化に気が付いたらしいレイモンドが戸惑ったように名前を呼ぶ。その表情にはかつて幼いころの彼の面影が重なった。
「全部、思い出した」
綺麗なエメラルドの瞳が大きく見開かれた。
「ありがとう、レイモンド。私を諦めないでくれて」
彼の瞳いっぱいに私の姿が映っている。
見開かれた瞳から透明な雫が流れ落ちて頬を伝っていった。
「成長しても、やっぱり君は泣き虫だな」
その頬に手を伸ばして涙を拭うと触れた手が掴まれた。
「アリシア・・・無事で、良かった・・・」
掴まれた手は震えていた。レイモンドは私を諦めなかった。けれど、その裏でずっと怖かったのだろう。諦めないことは希望を追い続けられるということだ。けれど一方で希望が叶わないかもしれないという恐怖と戦い続けることになる。それでも、レイモンドはずっと私を諦めずに戦い続けてくれた。私はレイモンドの額に自分の額を合わせた。
「この力を君に返すよ。私を守ってくれてありがとう」
ここまでの道案内をしてくれた金色の光がレイモンドへと返っていく。レイモンドの身体がふわりと光に包まれて辺りを一際眩しく照らした。
「なんなのっ!?皆どうしたの!!」
聖女が叫び声を上げ、慌てたように周囲を見渡した。レイモンドの周囲を取り囲んでいた人々が糸の切れた操り人形のように倒れていく。ただ1人、アルフレドを除いて。アルフレドは苦しみながらも手にしていた剣を支えにして立っていた。
「許さない・・・あなたばかり、どうしてあなたばかり欲しいものを手に入れるの」
祭壇に立つモニカがこちらを睨みつける。モニカの背後で神と呼ばれた靄が再び大きくなり、モニカの放った靄がアルフレドを覆った。
「生贄なんて生ぬるい。ここで確実に消してあげる」
モニカの声に応えるようにアルフレドが再び剣を構えた。
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