21.はじめましてのあの日へ
「聞いたか?護衛騎士が神に刃を向けたそうだ」
「なんだって!?なんでそんな愚かなことを」
うるさい。
「なんでも生贄の子供を守るためだとか・・」
「なんてことを・・・。生贄のために生かしておいているというのに。いくら教皇様の血を引いているとはいえ生贄にならなければ生かす価値もない」
うるさい。うるさい。うるさい。
「しかも神に刃を向けるなど神罰が降ったらどうしてくれる!」
「これから起こる厄災はすべて護衛騎士のせいだ!
悪魔に魅入られた大罪人だ!」
うるさいっ!!!
何も知らないくせに。
何もしなかったくせに。
自分たちに害が及ぶときにだけ声高に叫ぶうるさい奴ら。
僕はこんなもののために命をかけようとしてたのか。
アリシアはこんなもののために命を賭けたのか。
消えろ、皆消えてしまえ。
お前たちなんかのために、僕なんかのためにアリシアは
「皆消えろっ!!!」
「失礼しますよ・・・っておっと」
振り抜いた刃が部屋に入ってきた男の首をとらえた。
「剣を納めちゃくれませんか?」
「・・・・おまえ、は」
「お久しぶりです。騎士団長カイル・マルシャンです。覚えておいでですか?」
「・・・さぁ、どうだったかな・・」
行き場をなくした刃を鞘に納める。
「何の用だ」
「アリシアのことです」
「なに?」
「あなたにお伝えしなくてはならないことがある。
本当は口止めされていましたがアリシアは・・」
言いづらそうに一度口をつぐんでから意を決したように再度口を開いた。
「アリシアは教皇様に目をつけられていました。あなたに心を砕いていたから」
「・・・なんだって」
教皇に目をつけられる。それがどんな意味を持つか息子である自分が1番理解している。
血の滲む終わらない鞭打ちに悶えるほどの喉の渇きと飢え。涙を流しながら夜を明かしネズミの這い回る地下牢にとじこめられる拷問と呼ぶにふさわしい教育を彼女も受けていた?
「俺は騎士団長として彼女に忠告しました。これ以上あなたに近づきすぎないようにと。護衛騎士から外すことも考えた。けれど彼女が拒否をしたんです。最後の瞬間は必ず自分がやりとげるから、と。まぁ、実際には違う形でやり遂げられちまいましたがね」
ぼろぼろと枯れたはずの涙が頬を伝った。
どうして、と言葉にならない音が喉で燻る。
泣くなと言って涙拭ってくれた優しい手の持ち主はもういない。優しく見つめる瞳も、燃え上がるような美しい赤い髪もこんなにも鮮明に思い出せるのに。
「俺は騎士団長としてあなたのことも、アリシアのことも見て見ぬふりをした。後悔しているんです。
だからこそアリシアが命を賭けて守り抜いたあなたが壊れていくのを見ちゃいられない」
「僕はっ・・・僕はどうして生きているんだ。
どうして死ななかったんだっ!!
彼女が生きてくれるなら死ぬことなんか怖くなかったのにっ・・!!」
「それを、アリシアが望んだからです」
「っ!!」
「この国の民を守り、あなたを犠牲にしないことを彼女が望んだ。だからあなたはここに生きている」
「僕はっ・・・僕は」
「彼女の言葉を思い出してください。
彼女の願いをあなた自身が踏みにじらないでください」
自分を諦めるな
私は君を諦めないから。
最後の言葉と後ろ姿が心に焼きついている。
「そうだ、僕は・・・最後まで諦めない」
そっとテーブルに置いていた鳥籠を手元に引き寄せた。
「それは?」
「アリシアの契約精霊だ」
「雛に退行している?・・それに消えかかっている」
「あぁ、だがまだここに存在している」
「それは・・・まさか!」
「アリシアは・・まだ生きている」
そうだ、彼女が教えてくれた。
最後まで君は僕を諦めなかった。
自分のことなんてとっくに諦めてしまっていたのに。
君はいつだって後ろ向きになる僕の手を引いてくれていたんだ。
「だから、今度は僕が君を諦めない」
*
「15歳の誕生日おめでとうございます。
まさか、5属性の精霊と契約するたぁ恐れ入ります。
神童と言われたアリシアでさえ2属性だってのに」
「当然だ」
アリシアを救うためには力がいるから。
より大きな、よりたくさんの。
「にしても契約で髪の色まで変わっちまうのは初めて見ましたよ。それに歴代初の5属性の精霊を従えたあんたの姿を見た教皇ときたら・・・くくっ間抜け面に笑いを堪えるのが大変でした」
「・・・」
生贄になり損ねた出来損ないの子供。嫌悪と侮蔑を含んだ視線は一瞬で好意と崇拝へと変わった。無いものとして扱われていた自分のことを教皇は自慢の息子だと言ってまるで装飾品のように自分の隣に立たせた。
聖女は教皇よりもタチが悪い。
俺のことなど路傍の石を見るような態度だったくせにとたんに猫撫で声で腕を絡めて擦り寄ってきた。アルフレドというアリシアから奪ったお気に入りがいるにも関わらず。
「・・・・吐き気がする」
「何て?」
「何も。それより彼女の居場所についてだ。
彼女は風の精霊の契約者だ。おそらく場所を変えて挑んだはずだ。神と戦えば多くの犠牲者をだすからな」
「それが、精霊界でも人間界でもない時空の狭間ですか」
「あぁ」
「けれど、ここは不安定な上に途方もない広さだ。
いくらあなたとはいえ無事に帰って来れる保証もない。無謀な賭けに挑むのはよしてくださいよ」
「俺を心配しているのか?」
「当然でしょう!俺はアリシアの代わりに無茶をするあんたを止めるって決めてるんだ。アリシアを救いだしてもあんたに何かあれば会わせる顔がねぇ」
「・・・そうだな」
「あぁ、違えないでくださいよ」
「わかった」
*
「アリシアっ!とうとう、見つけたんですね。
本当に生きてたんだな・・・よかった・・。
でも、どうして姿が変わってねぇんだ?
あれから8年も経ったっていうのに・・・」
「・・・」
「どうしたんです?せっかく見つけ出したっていうのに・・・」
「・・・・彼女が・・・アリシアが目覚めないんだ。ただ意識を失っているだけじゃない・・なんとか、しないと・・」
「まさか、休まず時空の狭間を探し歩いたんですか!このままじゃあんたが先に参っちまう。アリシアのことは俺が見てますからあんたは休んでください」
「・・・だが・・」
「だがもしかしもねぇ!とっとと休め青二歳が!
あんたがそんなんじゃアリシアだってろくに休めねぇ!彼女は高位神官に観させるからとっとと飯食って寝ろ!」
「・・・そう、か。すまない、任せた・・」
「っておい!ここで寝るやつがあるか!」
*
「肉体の時間が止まっている、だと?」
「えぇ。神官によると風の精霊の力によるものだろうと」
「なぜ、そんなことを・・」
「落ち着いて聞いてください。
アリシアは魂が半分くらい無くなっちまっているらしい。だから目覚めない。ただかろうじて生きているだけの状態になってる」
「・・・」
「風の精霊が肉体の時間を止めているのはおそらくこれ以上魂が摩耗するのを防ぐためだ。そうやって待ち続けていたんだな、あんたのことを」
「!」
「だってそうでしょう?肉体の時間を止めれば時間を稼ぐことはできる。けどそれじゃあずっと時空の狭間に閉じ込められたままだ。それでも、アリシアは生きてそこにいた。それが答えでしょう」
「・・・俺は・・」
「諦めない。そうでしょう?
一緒アリシアを目覚めさせる方法を探しましょう」
「・・・あぁ、そうだな」
*
「本当にやるんですか」
「あぁ。俺の力で彼女の魂を補填する」
「そんなことをしたらあんたは・・」
「俺の力は全てアリシアのための力だ。これで彼女を目覚めさせることができるなら本望だ」
「・・・それをあんたが決めたなら、もう何も言いません。何より、俺もアリシアが目覚めることを願ってる」
「始めるぞ。俺の力はアリシアにとって異物だから。時間をかけて身体に馴染ませる必要がある。上手くいってもどれほど時間がかかるかわからない」
「今さら何を言ってるんですか、そんなこたぁ端から覚悟の上だ。俺は最後まで付き合いますよ」
「・・そうか。ありがとう」
「礼はアリシアが目覚めたときまでとっておいてください」
*
<補填率 5%>
「やっと力が馴染んできた」
「ここまで長かったですね。だが、ようやく光が見えてきた」
*
<補填率 25%>
「ここまで半分か。けどここからは慎重にいかないと」
*
「・・・魂の補填が終わった。じきに目が覚めるはずだ・・けど、恐らく彼女は俺たちのことを覚えていない」
「・・・そりゃそうでしょうね。魂の半分も無くなっちまったんだ・・・無くなっちまった記憶は俺たちが補いましょう。少しでも取り戻せるように」
「いや、彼女の核となる記憶は取り戻させるわけにはいかない」
「そりゃなぜですか?」
「魂が補填された状態だからだ。今の状態は割れたガラスに異なる素材を無理に組み合わせたような状態だ。器として完成はしたが不完全な状態でひどく脆い。この状態で本来の記憶を取り戻してしまえば、その重さに耐え切れずに魂は砕けてしまう」
「そんな・・どうすりゃ・・」
「彼女の魂を取り戻すしかない」
「そんなの無茶だ!なんせ相手はこの世界の神ですよ」
「それでも、俺は彼女を諦めない・・・ようやく、ようやく君に会える。はやく目を覚ましてくれ、アリシア」
<補填率 50% 魂の補填完了>
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