20.弟?
暗い。真っ暗な闇の中に揺蕩っている。上下左右の感覚もなくただ暗闇に身を委ねるように目を閉じていた。
「・・・・さま」
ふと、誰かに呼ばれているような気がして目を開けた。
「・・・ここは・・そうだ、私は神に捧げられたんだ」
ぼんやりとしていた意識は少しだけはっきりしたけれど再びじわじわと思考が闇に蝕まれていく。まるで誘い込まれるように意識が堕ちていきそうだ。このまま考えることを諦めてしまえば楽になれる、そう思った。
「・・・さま!」
目を閉じかけた私を再び呼ぶ声が聞こえた。今度はさっきよりもはっきりと。落ちかけた意識が引き上げられて辺りを見渡すと真っ暗な闇のなか、まるで星のように光るものが見えた。
「・・・あれは・・」
導かれるように近寄ってみると、それはふわふわと浮きながらぼんやりと周囲の闇を照らしていた。
何故だかわからない。けれど呼ばれるみたいに本能的にその光を抱きしめた。その瞬間にパッと眩しいほどの光が弾けて意識が光と混ざった。
始まりは1つの神託だった。
生まれたばかりの幼い赤子を生贄に差し出すこと。
それを拒否すればこの国に生きる全ての人間の命をもらう。脅迫とも思えるその神託に人々は当たり前に小さな命を差し出すことを決めた。
目の前にはまるで幻とは思えないような鮮やかな景色が浮かんでいた。整えられた庭、そこには腰に剣を下げた赤髪の女性騎士と黒髪の小さな男の子が佇んでいる。
(あれは・・・あの子は)
そこにいたのは紛れもなく私の弟だった。
*
「初めまして。私はアリシア・ヴァレット。今日から君の護衛騎士だ。よろしく」
「・・・・」
「ふむ。聞こえなかったかな?ではもう一度・・」
「うるさい」
「聞こえているじゃないか」
「・・・」
「君の名前を教えてくれないか?」
「・・・意味がない」
「何?」
「名前なんて教えても意味がない」
「意味がないだなんて・・・っておい!どこに行くんだ!」
「ついてくるな!」
「それは無理だ。私は護衛騎士だからな。君の傍にいることが私の仕事だ」
「必要ない!」
「追いかけっこがしたいのか?それなら私も得意だ」
「話を聞け!」
*
ひとつの場面だけじゃない様々な景色に切り替わっていく。
「治療なんて必要ない」
「必要だよ。腕に傷が残ったらどうするんだ」
「お前だって傷だらけのくせに」
「私はいいんだ。騎士にとっては勲章だからな」
「女のくせに・・。それにこれは僕が悪いんだ。上手くできなかったから」
「できないからと言って君のような幼い子供が鞭で打たれていい理由なんてないよ。よし、できた。邪魔でも包帯は外すなよ」
不思議そうに腕に巻かれた包帯を見ている。
「・・・どうしてお前は僕に構うんだ。皆見て見ぬふりをするのに。前に任についていた護衛騎士だってそうしていた。余計なことをすれば父上に目を付けられるぞ」
「私は優秀な騎士だからな。滅多なことでは罰を受けない」
「・・・そうかよ」
「君が大事だからだよ」
「え?」
「君が傷つくのも、傷つけられるのも見過ごせない。君が大事だから、守りたいんだ」
「・・・お前は、変な奴だ」
「あははっお褒めにあずかり幸栄だ」
「褒めてない」
*
「なぁ、お前はもう1人の護衛騎士と仲がいいのか?」
「もう1人・・・アルフレドのことか?」
「そうだ。よく話しているだろ」
「他の騎士とも同じくらい話すが・・」
「誤魔化すな。あいつと話しているお前は・・・なんというか嬉しそうだ」
「っふふ、もしかして嫉妬しているのか?」
「茶化すな!」
「すまない。そうだね、彼は私の恋人だ」
「恋人・・・?」
「そうだ。お互いに好意を抱いている」
「恋人というのはどうなるんだ?」
「どうなるって・・・そりゃあいずれは婚約して結婚する」
「婚約、結婚。それならわかる。でも、そうか・ ・」
「急に元気がなくなってどうした?・・・ってどこへ行くんだ。今は座学の時間だろ」
「うるさい!集中したいから1人にしてくれ!」
「・・・反抗期か?」
*
「聖女が見つかったらしい」
「聖女?」
「あぁ。僕と同じで特別な存在。だけど出来損ないの僕と違って犠牲にならない存在だ」
「・・・」
「なあ、どうしたらいい。
僕の居場所はここしかないのにここにいたくない」
「泣くな」
「僕は民のためにここにいなきゃいけないのはわかってるんだ。でも、どうしてもここにいるのが辛くて、苦しい・・・嫌なんだ」
「・・・私の手を取るんだ」
「・・?」
「私の手をしっかりと握って離すなよ」
「何を・・・ってうわっ!!飛んでる!!」
「さぁ、行こう」
「行こうってどこに?」
「君の居場所を見つけに。君は知らないだろうが居場所っていうのはいくつあってもいいんだ。いくぞ!」
「うわっ」
「怖がらなくていい、私がいるから。さぁ、目を開けてみろ」
「え・・・うわあ・・月が、空がこんなに近い。
手が届きそうだ・・」
「さて、どこがいいかな?」
「どこがって・・何が?」
「君の居場所だ。
輝く月の傍でも、見晴らしのいい丘の上でも、絶えず波の音が聞こえる海の傍でもいい。君が居心地がいいと思えるならどこだって。なんなら私の部屋だっていい。君なら大歓迎だ。」
「誰がお前の部屋なんかに行くか」
「ははっ残念。振られてしまったか」
「・・・本当はわかってるんだ。こんなことを言っても仕方ない。わがままを言ってる僕が悪いんだ」
「何を馬鹿なことを。こんな小さな肩に数多の命と責任を背負わせてるこの国が悪いんだ」
「でもお前だってわかってるだろ。僕がいないとこの国に住む皆の命が犠牲になるんだ。だから僕1人の命で済むなら安いもんだ」
「そんなことを言われるのか?・・・君の父上に」
「そうだ。それが事実だから」
「・・・1つ、覚えておいてくれ」
「何?」
「私にとって君はこの国の誰よりも大切な命だ。たとえ何万の命のためだと言っても犠牲にしていいわけがない」
「そんな・・・そんなこと言ってもどうしようもないだろ。それに、王家に仕える騎士がそんなこと許されるわけがない。いつかのときが来たら、お前が僕の首を切るんだから」
「そうだな。私は王家に仕えるものとしては失格かもしれない。けれど騎士としての誇りは失っていない。
私は欲張りだから、そのときが来たらこの国に生きる民だけじゃない、君のことも守る」
「できるわけない・・・でも、お前ならいいよ」
「何?」
「僕はお前が生きられるっていうなら、本当の意味で自分の命に価値を感じられる。それに、どうせ首を切られるならお前がいい。お前に切られるなら受け入れられるよ」
「馬鹿なことを・・」
「でも、本心なんだ・・・頼むよ」
「・・・」
*
「あいつは?護衛騎士なのに最近姿を見かけないけど・・」
「・・・最近は頻回に聖女様に呼び出しを受けているようなんだ」
「あぁ・・そういえば、この間も聖女と一緒に東屋に歩いていくところも見たな。ったく、僕の護衛騎士のくせに僕の許可なく傍を離れるなんて・・」
「仕方がない。聖女様の願いだから」
「アリシアは?それでいいのか?」
「え?」
「元気がない。どうせあいつのことだろ?
最近ではあいつは聖女のお気に入りだとか、いい関係だとか言われているらしいじゃないか。これ以上は僕が聖女に言ってやってもいい」
「・・・いや、必要ないよ」
「なぜだ?」
「聖女様の護衛も騎士としての仕事のうちだ。あの方の機嫌を損ねるわけにはいかない。それに、離れていたとしても私は彼を信じているからな」
「・・・・気に食わない」
「何が?」
「全部がだっ!」
*
「決行の日取りが決まった」
「・・・・」
「僕の覚悟は決まってる。あの満月の夜空を散歩した日を覚えているか?僕の頼みを聞いてほしい」
「嫌だ。私は了承してない」
「屁理屈を言うな。僕の最後の願いだ・・・頼むよ。
自分の命は譲れても、最後の選択肢だけは譲れない」
「・・・・」
「なぁ、ありがとう」
「なぜ礼を言う?」
「僕はあんたに出会えてよかった・・・心からそう思えるから」
*
「苦しむのは嫌だからな。一瞬で頼む」
「・・・・嫌だ」
「おい、この期に及んで僕を苦しませるつもりなのか?」
「すまないが君の願いは聞けない」
「・・・・・・まさか」
振り下ろされるはずの刃は我々が崇める神に向いた。
「悪いがこの子の命はやれない。」
「ほう・・神に抗うか。この国に生きる民の命を犠牲にするつもりか?」
「そのつもりもない。私は欲張りなんだ。この子の命も民の命も犠牲にするつもりはない」
「そうか。ならば手始めにお前から喰ろうてやろう」
「望むところだ」
「おいっやめろ!!」
「レア。彼を連れてここから離れるんだ。どこか、安全な場所へ」
「はい、主さま」
「やめろ!やめてくれ!!僕が、僕が犠牲になればいいだけだ!僕が死ぬから、だから———」
「言ったはずだ」
「自分を諦めるな」
「私は君を諦めないから」
「アリシアっ!!!!」
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