19.生贄の儀式
「うっ・・・」
どこか硬い場所に横たわっているのだろう。居心地が悪く身じろぎをすると頭の痛みがはしり、目を覚ました。
「・・・あぁ、やっと起きたのね。待ちくたびれたわ」
開眼して1番に聞こえてきたのは女性の声、ぼやけた目で周囲を見渡した。
「せっかくの生贄の儀式なのに、気を失ったままなんてつまらないものね」
妖艶な笑みを浮かべているその人を目にした時、気を失う前のことが頭の中に駆け巡った。
(そうだ・・・私は逃げようとして、捕まった)
私を逃そうとしてくれたカイルの痛々しい姿を思い出す。彼は無事だろうか。
「・・・ここは・・?」
痛む頭を押さえようとするけれど、両手両足はロープで結ばれていて身動きがとれない。周囲を見渡すとそこは見覚えのある場所だったけれど、ここからの景色を見るのは初めてだった。
「ここは贄の祭壇。あなたにとっては思い出深い場所ね」
少し高い位置にある祭壇から下を見下ろすと大勢の神官や騎士が大勢いる。中には私服姿の街の人も混ざっているのが見える。
彼らは皆虚ろな目をしたままぼんやりとこちらを見上げていた。意思のないその姿はまるで人の大きさの人形が並べられているような異様な状況だ。
贄の祭壇、前回この場所を訪れたときは何も思わなかったけれど今ならわかる。この場所は生贄を捧げるための場所なのだろう。これから自分の身に起きるであろう現実に身体が小さく震えた。
「何も知らないまま生贄になるなんて可哀想だもの。
最後の慈悲にあなたに教えてあげるわ。あなたが犯した罪を」
怯えた私の様子に機嫌をよくしたモニカは楽しそうにしながら私を見下ろした。
「私の・・罪」
それは知りたいと願っていたことだ。まさかそれがこんな状況で叶うとは思わなかったけれど。
「神は信託を授けて人間を救ってきたの。その見返りとして望まれるままに人間はその都度命の対価を捧げてきたの。当然よね。信託によって多数が救われるのだもの、少数の犠牲は仕方のないこと。そしてあるとき、1人の子供が生贄として選ばれた。けれど神は成長を待ってから生贄にすることを望まれたの。あなたはその子供の護衛騎士を命じられた。いつか来るときのために子供を守り、最後にその贄を捧げる騎士としてね」
(子供を生贄を捧げるための騎士?)
そんなひどい役割、護衛騎士なんて呼べるのだろうか。私はどうしてそんなことをしていたのだろう。
「けれどあろうことかあなたは神に剣を向けて抗った。そのせいで我々は長らく神託を失ってしまった。神を怒らせ、ただ1人のために大勢の国民を危機にさらしたこと。それがあなたの罪よ、大罪人アリシア・ヴァレット」
「・・・」
言葉が出てこなかった。1人と大勢の命を天秤にかけたとき、多くの人は当然大勢の命を選択するだろう。けど、それに抗っても私はその1人を守りたかったのだろうか。それにしたって無謀だ。1人を選んでも大勢を犠牲にしてしまえば意味なんてない。だから、余計に過去の自分がわからない。
「もう1つ良いことを教えてあげましょうか。
アルフレドはね、あなたのためにあなたを裏切ったの」
「・・・・・・え?」
その言葉で頭がフリーズした。私のために私を裏切った、その言葉の意味がわからない。
「一介の騎士にすぎなかったアルは生贄に情がわいてしまったあなたを助けるために私に取引を持ち掛けたのよ。自らを犠牲にしてね。裏切られたと思ったあなたは彼を拒絶した。彼はずっとあなたを守ろうとしていたのに」
「そん、な・・・」
祭壇からアルフレドを見下ろした。綺麗な銀髪の彼はどこにいるのかすぐにわかる。彼もまた他の人たちと同じ虚ろな目でこちらを見上げている。
そこには何の感情も見えない。それが余計に苦しい。
「うふふふ・・・あはははははっ。良い顔ね。なんて素敵なの」
顎を掴まれて無理やり持ち上げられる。モニカの愉悦に歪んだ顔が目の前に迫った。彼女は私の絶望を見逃さないとでもいうようにじっと私を見つめる。
「けれど安心して頂戴。彼のことは解放してあげる」
「え?」
うっとりするような笑顔で微笑んだ。
「もういらないの。その代わりにあの人を・・レイモンド様をいただくわね」
まるで遊び飽きた人形を捨てて新しい人形を買うかのような気安さでモニカは笑う。
「あなたがいなくなれば彼は私のもの。安心して頂戴。私が彼を愛してあげるから」
「アリシアっ!!」
ぞっとするような声を遮るように彼の声が聞こえた。
レイモンドは贄の間へ駆けてくると壇上の私たちの姿を見てぶわっと周囲に竜巻のような風が巻き起こした。
「モニカ・シュヴェリエ・・・彼女を離せ」
怒りの沸点を超えた声を向けられてもモニカは楽しそうに笑う。私の顎を掴んでいた手を離すとレイモンドに向き直った。
「主役のご登場ね。お待ちしていました、レイモンド様」
「彼女に手を出すとは、よほど死にたいらしいな」
「うふふっそんなに怖い顔をなさらないで。贈り物は気に入っていただけたかしら?」
贈り物、それは聖女が差し向けたという教皇だろう。
「感動的な親子の対面はいかがでした?」
「ふざけるなっ!!」
跳躍したレイモンドが風に乗って一気にモニカへと距離を詰め切りかかる。けれどその刃を受けたのはモニカではなく、剣を抜いたアルフレドだった。
「どけ。今はお前に配慮してやる余裕がない」
「・・・」
アルフレドは黙ったまま剣を構え直した。
「飼い犬がっ!」
噛み付くように叫ぶと、レイモンドは容赦なくアルフレドに切り掛かった。
「ふふっアルフレドでは長く持たないわ。早く済ませてしまいましょう」
モニカはそう言って私に向き直った。急に周囲が暗くなってまるで膨らんでいくみたいにモニカの背後に見えていた靄がどんどんと大きくなりその姿をあらわした。
(・・・これが、神?)
アリシアを覆いつくすほどの大きさになったそれは真っ暗で顔がないのに大きな口だけがついている。うねうねと身体が波をうって、まるで煙を吐き出すように周囲に靄を吐き散らす。神と呼ばれるものの異形の姿に驚いて声も出せずにいると目の前で大きく口を開いた。
「さぁ、尊き神の贄となれることに感謝して・・死になさい」
「アリシアっ!!」
レイモンドの声が贄の祭壇に悲痛に響きわたる。
身動きの取れない私はなすすべもなく大きな口へと飲み込まれていった。
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