17.罪には罪を
「何なんですかあの神託・・・まさか、アリシアのことが聖女にバレてたんですか?」
「・・・」
2人になったその部屋で、カイルとレイモンドは険しい表情で顔を突き合わせている。内容はもちろんアリシア・ヴァレット、彼女のことだ。
「神託の内容はあらかじめ通達が来るはずなのに、俺のところにだってなかった。聖女の戯言じゃないんですか?」
「あの女が観衆に宣言したとき、タイミングを計っていたように教皇を筆頭に神託の声を聞いた者たちがいる」
「あんたは神託を聞かなかったんですか?」
「知っているだろう。俺は神託を受けることができない」
「・・・・すみません」
カイルの謝罪の言葉に、気にしていないという様子でレイモンドは首を振る。
「今は俺が保護していると言って時間を稼いでいるが、それも時間の問題だ」
「そんな・・・・避けられないっていうんですか。なんであいつがこんな目に合わなきゃならねぇんだ」
カイルはぐっと拳を握りしめる。目の前に立ちはだかるのはまるで悪意のような現実だ。
「カイル。彼女を安全な場所に連れて行ってくれ。」
レイモンドは極めて冷静な声で唯一信頼している部下に命じた。
「何をっ・・・そんな大事なことを俺に任せてあんたはどうするって言うんですか」
「俺はアリシアに追っ手が向かないようにここで食い止める」
「そんなの無茶だ!あんただってわかってるでしょう。根本的な解決にはならない」
「・・・・カイル。俺たちの目的を覚えているだろ?」
ただ一言、それだけでカイルはレイモンドの意志を悟った。自分の主が何をしようとしているのかを。
「・・・・あんた、まさか・・」
「彼女が大罪人だと言うなら、それが霞むほどの罪を俺が重ねればいい・・・・神殺しという大罪を」
言葉にするのも恐ろしい想像を口にしたレイモンドにカイルは机を叩いて抗議する。
「何言ってんだ!!そんな馬鹿な真似、俺が許すはずないだろ!!」
「だが、これしか方法はない」
「・・・っ」
カイルは口をつぐんだ。レイモンドの言葉を真っ向から跳ね除けることができないのはそれ以外の代替案を出すことができないからだ。それほどに、追い詰められている。たった一つの神託によって。
「・・・なあ、この状況あの時と似ていると思わないか?」
緊迫した空気の中でレイモンドが懐かしむような言葉を口にした。
「こんな風に、悪意が俺を押しつぶそうとしたときも彼女は意志を貫きとおして俺を救ってくれたんだな」
絶望的な状況、それにも関わらずレイモンドはどこか嬉しそうに微笑んだ。その姿が、余計にカイルを苦しめる。
「・・・俺に言わせりゃ、あんたもあいつも大馬鹿者ですよ。集団になった人間の無意識の悪意ほど恐ろしいものはない。それを1番わかってるのはあんたでしょう?」
正義を装った悪意にいつだって苦しめられてきた。人々は気づかない。自分たちの掲げる正義を振りかざし少数の犠牲を正当化して生きてきた。神の言葉こそ正しい。彼らにはその大義名分があるから。
「逃げてください。アリシアを連れて、悪意なんて届かないどこか遠くに」
「できない」
わずかな希望を託した願いはきっぱりと否定された。カイルにとってはすがすがしいほどに予想通りの反応だった。
「守りたいものがある。取り戻したいものがある。譲れないものがあるから、戦うんだ」
カイルは主の意志を目の当たりにして苦笑いを禁じえなかった。大衆の意志に流されずに意志を貫きとおすその姿に見覚えがある。
「あんた・・・その頑固さは一体誰に似ちまったんだか」
「この世で愛するただ1人の人から教えてもらった」
呆れを惚気で返されて、カイルは深くため息をついた。
「あんたらは残される奴らのことなんかちっとも考えてない。・・・けど、その気持ちが尊いと思える俺も大馬鹿者かもしれませんね」
説得するのを諦めたカイルは悲しげに笑う。けれどすぐにその目には真っ直ぐな意志の光が宿った。
「俺にはこれが最善の選択だとは思えない。けど、今できる最良の選択だって信じます。・・・だから死なないでくださいよ、絶対に。じゃないと、あいつに合わせる顔がねぇ。ここで止めなかったことを一生文句言われちまう」
カイルはレイモンドに向かって拳を突き出した。その意図を察してレイモンドが薄く笑う。
「必ず生きて戻る。そして、アリシアのすべてを取り戻す」
レイモンドは突き出された拳に自らの拳を突き合わせた。
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