16.祭事の神託
教団の敷地内で行われるという儀式を一目見ようと朝から大勢の人が訪れているらしい。朝から賑やかな声が遠くで聞こえていた。儀式の要を担うレイモンドは準備のために朝早くに出かけていった。
「おーい、来たぜ。準備できてるか?」
フランクな声掛けと共に扉がノックされた。枢機卿の部屋にこんな風に声をかけられる人物は1人しかいない。
「はい、今出ますね」
扉を開けると予想通り鎧に身を包んだカイルがそこにいた。祭事の期間中だからだろうか、普段は気安い雰囲気のある彼も鎧を纏った姿は騎士の風格がある。
「おっ準備はばっちりだな・・・・どうした?なんか元気がないな。大丈夫か?」
カイルは私を見てすぐに違和感に気づいたらしい。確かめるように腰をかがめて顔をのぞき込んできた。鋭い言葉に内心ドキッとした。気をぬくと昨日の聖女の言葉が頭に浮かんで嫌な想像ばかりしてしまう。そのたびに考えないようにしようとしたけれど一度聞いてしまった言葉は消えてくれない。そのせいで昨日は眠れなかった。
「大丈夫です。少し寝つきが悪かっただけですから」
問題ないことを示すように笑うけれど逆にカイルは眉をひそめた。そんなにひどい顔をしているだろうか。
「具合が悪いなら無理しないほうが・・」
「平気です。それに今日の儀式を見るのを楽しみにしていたんです。さぁ、行きましょう」
フードをかぶってこれ以上問い詰められないように歩き出した。カイルは渋った様子だったけれど、それ以上問い詰めることなくついてきてくれた。正直言って体調が良いとは言えないけれど、1人でいると考えたくないことばかり頭に浮かんできてしまう。今は無理をしてでも出かけて気を紛らわせている方が良かった。
今日の目的は儀式の見物だ。祭事の期間でもメインイベントとなるそれは大勢の人が一目見ようと訪れる。枢機卿であるレイモンドと聖女であるモニカの姿を見ることができる絶好の機会であるため国民にとってはそれも目的の1つでもでもあるらしい。
「今日の儀式はこの1年の感謝と向こう1年の安寧を神に祈るためのものだ。
神への崇拝の気持ちとして神話の一部分を再現し俺たちは神への感謝と畏敬を忘れていないっていうことを現してる」
会場までの道すがら、カイルの説明に耳を傾ける。儀式は贄の間と呼ばれる場所で行われるらしい。ここに来てから初めて行く場所だ。
「さぁ、着いたぜ。ここが儀式を行う贄の間だ」
そこは屋根のない開けた場所だった。中央の少し高い位置に石造りの祭壇があり円形の観客席が取り囲んでいる。神聖なはずのそのはずはコロシアムのようだ。
(・・・・なんだろう、嫌な感じがする)
睡眠不足で気分が悪くなってしまったのかと思ったけれどそうじゃない。何か嫌な気配のようなものを感じる。ちらりと隣にいるカイルを見上げるけれど何も感じないらしくけろりとしている。騎士団長である彼が気づかないのであれば、気のせいかもしれない。嫌な気配を振り払うように頭を振った。
「こっちだ。関係者だからな、特等席が用意されてる」
カイルが案内してくれたその席は確かに特等席だった。高い位置にある席からは座っていても壇上に立つレイモンドの姿がよく見える。陽の光を浴びた金髪と真っ白な祭服が少し眩しい。レイモンドは真剣な表情で階下を見下ろしていた。どこか冷たさを含んだ表情も相まって彼の存在そのものが神聖なもののように見える。周囲を見渡すとすでに観客席には溢れんばかりの人でごった返していて、皆待ちきれないのだろう。そわそわとしているようだ。ぼんやりとその様子を見ているとわあっと歓声が上がった。人々の視線を追うとと祭壇への道をゆっくりと歩いているモニカの姿が見えた。真っ白な祭服、けれどレイモンドと違うのはそれがとても華やかなところだ。神の代行者、聖女だからだろうか。モニカの後ろには数人の神官が付き従うように歩いており、中には剣を両手で捧げるように持っている人もいる。
人々から羨望の眼差しを向けられるモニカは誇らしげに微笑んでいた。嫌な言葉が再び頭をよぎったけれど、気を取り直して儀式に集中する。
モニカが壇上へゆっくりと階段の登ると儀式が始まった。
遠い昔、神が邪悪なものを打ち払うことができるようにと人間に聖剣を授けたというその一場面。
「・・・・あれが、聖剣なんですか?」
モニカがレイモンドへと手渡しているのは神官が持っていた煌びやかな装飾の剣だ。レイモンドは恭しく跪いて剣を受け取った。普通の剣のようにも見えるあれが特別なものなのだろうか。私の問いにカイルは首を振った。
「いや、あれは別物だ。本物は昔に紛失してな・・」
カイルは決まりが悪そうに言葉を濁した。言葉通り紛失したとなれば神殿としても大きな失態だろう。あまり公には言えないことなのかもしれないと思い、それ以上聞かなかった。
「・・最後に聖女が神の代わりとして安寧を誓えば終わりだ」
いよいよ神にささげる儀式も終わりらしい。
レイモンドと向かい合っていたモニカが観客席に向き直った。振り返ったその彼女はぞっとするような美しい笑みを浮かべている。
「神の代行者として皆様にお伝えしたいことがあります」
「・・なんだ?」
隣に座っていたカイルが怪訝な顔をした。祭壇に立つレイモンドもまた険しい顔をして、モニカに声をかけているように見える。けれどその声までは聞き取れない。
「神からのお言葉を授かりました」
モニカは制止しているのであろうレイモンドを気にすることなく言葉をつづけた。その高い声は聖女の言葉を待っている観客席に響き渡る。
「神の望みはただ1つ。罪の元凶である大罪人、アリシア・ヴァレットを生贄にささげよと」
静まり返っていた観衆に一気にどよめきが走った。戸惑った人々の声が私たちのいる席まで聞こえてくる。
「アリシア・ヴァレットって・・昔、神に逆らった大罪人だろ?死んだはずじゃ・・」
「でも生贄を求められるってことはどこかで生きてるってことじゃないのか?」
「神の意志に逆らった反逆者が生きているなら野放しにするわけにいかないだろ!」
「どこだっ!どこにいるんだ!反逆者を探せっ!!」
「大罪人を神の生贄にしろ!!」
バラバラだった人々の意志が1つの形となり矛となった。その矛先は向けられるべき大罪人の姿を探している。
「・・・あ」
目の前の事態に言葉を無くして恐怖に1歩後ずさったとき、ぐっと身体を引かれた。
「何も聞くな、何も見るな」
固い表情のカイルが動けない私の身体を抱えたまま有無を言わせずに走り出した。
「親愛なる神の信徒へ永遠の祝福と安寧を」
ざわつく観衆の声に混じって聖女の声がはっきりと聞こえた。
**********
観衆を避けるようにして屋敷に帰ってきた。カイルは周囲を確認するように窓から外を見るとカーテンを閉めてソファに座りこんだまま動かない私の傍に来た。
「アリシア・・」
「大罪人って・・・・私は大罪人なんですか・・?」
聖女だけじゃない、観衆のほとんどが大罪人の名前を呼んでいた。アリシア・ヴァレットと私の名前を。
(もう、知らないふりも見て見ぬふりもできない。あの場にいる人たち皆が私を知っていた)
目の前に突きつけられているのは私の罪だ。それなら、私は今度こそ自分の罪に向き合わなくてはならない。過去に犯したという自分の大罪に。
「違う!お前は大罪人なんかじゃない」
カイルは私の言葉をきっぱりと否定した。
「それならどうして皆が私を大罪人と呼ぶんですか?」
「それは・・・」
カイルはまるで知っている事実を飲みこむように口をつぐんだ。
「俺は・・・お前が罪を犯したなんて思っちゃいない。罪があるとするなら、俺たちの方だ」
自分を責めるように苦しそうな表情でカイルは言う。
「どういう意味なんですか・・?」
問いに答えが返ってくることはなかった。カイルはただ申し訳なさそうな悲しそうな表情で私を見つめている。
(どうして何も教えてくれないの?)
飲み込んだ事実を口にしてくれれば、その言葉を信じることができるのに。何も言われなければ疑うことしかできない。
沈黙の中でバンっと勢いよく扉が開かれた。
「アリシアっ!!」
走ってきたらしいレイモンドが息を切らして帰ってきた。その目が私の姿をとらえると安心したようにほっと息をつく。
「無事だよ。ここまで来たのは誰にも見られていないはずだ」
「そうか、ご苦労だった」
カイルの言葉に短く答えるとレイモンドは私の傍に歩み寄った。
「・・・アリシア」
気遣うように名前を呼ばれて手を取られた。顔を上げると悲しそうに揺れている視線と目が合う。
「レイモンド・・・本当のことを教えて。私は・・・・大罪人なの?」
「アリシア・・」
いっそのこと肯定してほしいと願った。
そうでなければ、そうでなければ―—
(あなたの言葉も・・・疑ってしまう・・・)
心に薄く滲んだ不安と疑惑の色がどんどんと濃く、広がっていく。その一方で彼を信じたいと思う気持ちも強くある。
「私が過去にどんな罪を犯していても、どんなにひどいことをしていたとしても聞きたいの。私が何者で、何をしてしまったのかを。だから・・・本当のことを言って」
「アリシア」
溢れる言葉ごとレイモンドは私を抱きしめた。
「あなたは罪を犯してなんかいません。あなたは何も悪くない」
耳元でささやかれた言葉は希望とは真逆のものだった。
「あなたの過去は罪じゃない。誰がなんと言おうとあなたの過去を俺が否定なんてさせません」
「それなら・・・教えて・・・私は何をしたの・・・?」
「それは・・・」
カイルと同じ反応。知っている事実を飲み込むその反応に耐え切れずレイモンドの腕を力任せに振り払った。
「アリシアッ!」
呼びかけを無視して部屋へと閉じこもる。驚いたレアがピィっと小さくなくと、扉に寄りかかるようにして座り込んだ私の肩に乗った。レアが何かあったのかと気遣うように私の髪を啄む。
「アリシア」
扉越しに縋るような婚約者の声が聞こえた。
「・・・俺が・・・必ずあなたを・・あなたを救いますから」
絶望と疑惑に飲み込まれた私はその声に応えることなく、膝を抱えていた。
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