14.大罪人
まるで荷物のように担がれ、視界が揺れる。
口には布をはさまれていて悲鳴をあげることすらできず、顔には袋をかぶせられているせいでどこに向かっているのかもわからない。急に現れた手は私の身体を闇に引きずると問答無用で布袋に入れて連れ去った。
「んーーーっ!」
振り絞った自分の声は雑踏に紛れてかき消されてしまう。
(誰?何が目的なの?)
周囲に人がいるうちに助けを求めようと身体をよじって逃れようとするけれどがっちりとした手が私を抑え込んで離さない。犯人は明らかに男性だ。賑やかな声が徐々に遠ざかっていき、恐怖がせりあがってくる。しばらく走るとやがて目的の場所に着いたらしい。用は済んだと言わんばかりにその男は私を地面に放り投げた。
「わっ」
転んだ拍子に口に挟まれていた布が外れる。放り出された衝撃で手足が痛んだけれどそれどころではない。どこか人通りのない路地に連れて来られたらしく、周囲に人の気配がない。
「祭事に城下町で枢機卿とデートだなんていいご身分ね」
聞き覚えのある声に顔を上げることができなかった。ぞっとするほどに冷え切っていて、これから起きる悲劇を予感させる。
(聖女・・・モニカ・シュヴェリエ。どうして・・この人が・・)
恐怖で声を出すことも出来ずに手を握りしめた。
「あなたのせいで私はこんなにも迷惑しているっていうのに、図々しい女ね。私を差し置いてあなたごときがあの方の婚約者だなんておこがましいのよ」
敵意のこもった言葉が容赦なく投げかけられる。俯いたまま背後に視線を向けると私を連れ去った男はすでにいなかった。今この場にいるのは私と彼女だけのようだ。
「何か言ったらどうなの?」
俯いて黙ったままの私の様子が気に障ったのだろう。苛立ちだった声が私を咎めた。おそるおそる顔を上げてモニカを見る。忌々しいものを見るように細められていたその目は私の顔を見ると驚いたように見開かれた。
「・・・・あなた・・まさか・・」
私の顔を見てモニカは言葉を失った、その反応には見覚えがある。元恋人であったアルフレドも同じ反応をしていたから。
「どうして・・・生きているの。それに、その姿・・・」
美しい彼女の顔が歪み、憎しみを含んだ目がまっすぐに私に向けられる。
「まさか髪色を変えたくらいで、あなたのしたことがなかったことになるとでも思っているのかしら・・・大罪人、アリシア・ヴァレット」
「え・・」
今度言葉を失ったのは私の方だった。言われたその言葉の意味が理解できず、思考がフリーズする。
「私が・・・大罪人?」
「当たり前でしょう?神に逆らうなんて大罪を犯しておいてよく平気な顔をして生きていられるわね」
(・・・嘘だ・・・そんなはずない)
頭で否定しても、目の前のこの人から向けられる侮蔑の視線がまるで真実を突きつけられているような気分になる。混乱と恐怖から身体が勝手に震えだした。
「私は・・・一体何をして・・・」
「?」
戸惑った私の様子がおかしいと気づいたらしい。訝し気に私を見ていたモニカすぐに何か思い当たったような顔をした。
「あなた・・・まさか、記憶が・・」
混乱している私は肯定も否定もできずに黙り込む。けれどその沈黙を答えと受け取ったモニカは一変して嬉しそうな笑みを浮かべた。その瞬間、信じられないものを見た。初めてモニカに会ったときにも見たあの黒い靄。気のせいかとも思ったそれが今ははっきりとした形になって彼女の背後に見える。
(怖いっ!)
本能的に恐怖を感じてとっさに逃げ出した。
(大罪人・・・私が、罪人・・?)
走る。
道なんてわからない。
それでもがむしゃらに走る。
あの黒い靄とモニカに掴まってしまうことがないように。
(罪を犯した・・・何の?)
自分に問いかけても答えなんてわからない。
「どうして・・・」
どうして何もわからないのだろう。
息が苦しくなって立ち止まる。幸いにもモニカが追いかけてくることはなかった。
「私は・・・私は一体、何者なの?」
自分の存在が足元から揺らいでいくような気がして立っていることもままならずにしゃがみこんだ。
「レイモンド・・・」
心が彼の存在を求める。
今すぐ会いたい。会って、抱きしめて、私は大罪人なんかじゃないって否定してほしい。
(でも・・・もし否定されてしまったら・・)
私はレイモンドの言葉をこれまで通りに信じられるのだろうか?
とっさに大罪人なんて、罪のない相手に言うものなのだろうか?
(・・・怖い)
彼から与えられる自分の存在を疑うことも。大罪人と呼ばれた自分の過去に向き合うことも。
(私は・・・どこに行けばいいの?)
自分の存在も今いる場所もわからない。自分の存在があやふやになりそうな気がしたとき、ドンっと大きな音がして真っ暗な路地が照らされた。
「アリシアっ!」
救いの手が差し伸べられたみたいに会いたいと願った人が現れた。
「・・・レイモンド」
「ここにいたんですね、見つかってよかった・・・。心細い思いをさせてすみません」
空から探してくれていたらしいレイモンドはふわりと着地すると私の無事を確かめてそっと抱きしめた。心配してくれたのだろう、その声と抱きしめる腕は少し震えていた。冷え切っていた体にレイモンドの温もりが伝わってくる。みっともなく縋ってしまいそうになるのをぐっと堪えた。ここで取り乱せばきっと彼は気づいてしまうだろう。私の身に何があったのか、私が何を知ってしまったのかを。
「アリシア・・どうしました?はぐれている間に何かありましたか?」
私の様子を怪訝に思ったらしいレイモンドが心配そうにこちらを見た。その言葉と視線に首を振って答える。
「・・・何も。少し、心細かっただけ」
否定も肯定の言葉も聞きたくない私は自分の感情に蓋をして微笑んだ。
温もりを与えてくれるこの居場所が壊れてしまわないよう願いながら。
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