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13.人嫌いの婚約者


「祭りに行きませんか?」


そう誘われたのは祭りが行われるという2日前のことだった。


「祭りって今度行われるって噂の城下町の?」


「はい」


城下町で行われる祭りのことはカイルから聞いていた。2日間にかけて行われるその祭りは地方から多くの人や物が集まり、一年で最も活気のある時期になるらしい。神を讃えるための祭りだけあって、この神殿にも多くの人が訪れて賑わうからただでさえ人手不足なのに余計に手がまわらないのだとカイルがぼやいていたのを思い出した。


「でも、それならあなたは忙しいんじゃないの?」


私を誘ってくれる彼はこの教団の枢機卿だ。祭事自体が神の信仰を司る教団が執り行うものだから、その2日間は遊びに行くなんてもってのほかというほど忙しくなるのだと勝手に思っていた。けれどそうではないらしい。レイモンドは疲れているけれどどこか晴れやかな表情をしている。


「枢機卿が忙しいのは祭事までの準備です。最終日に執り行われる儀式には顔を出さないといけないんですけれど、それまでの準備はすでに終わっています」


その言葉ですべてを察した。おそらく祭りに行く時間を作るために仕事を詰め込んだのだろう。どうりで最近は特に帰ってくるのが遅くなっていたわけだ。


「・・気が進みませんか?」


私の反応を伺うようなレイモンドの様子に思わず苦笑いをした。初めから私の答えは決まっている。


「もちろん行くに決まってるわ」


そう答えると眩しいほどの笑顔がかえって来た。





「わぁ、すごい人ね」


「はい、国中から人が集まりますから」


通り沿いには多くのでごった返しており、所狭しと出店が並んでいる。食べ物の出店も多くあるのだろう。何かを焼いているような香ばしい匂いもしている。


レイモンドは有名人なだけあってその顔を知っている人は多くいるらしい。ローブで姿を隠すこともできたけれど窮屈だからと今回に限って私は茶髪に、レイモンドは赤髪に魔法で変えていた。私の赤い髪を気に入っているらしいレイモンドは目立たないように髪色を変えたにも関わらず目立つその色を選んだ。婚約者が自分と同じ髪色をしているのは内心少し気恥ずかしい。


「カイルが言うには中央広場で行われる劇も人気だそうですよ。大通りには各地の名産品やアクセサリーを取り扱う店も出ているようです」


レイモンドは人込みに飲まれないように私をかばいながら歩く。まるで自分が経験したことがないように人から聞いた話をする彼の言葉に首を傾げた。


「・・・もしかして、レイモンドは祭りに参加するのは初めてなの?」


「はい。あなたが事故にあってからは1人で行く気にはなりませんでしたし、あなたに出会う前も許可なく教団から出ることは許されていませんでしたから実際に行ったことはありません」


予想は的中したらしい。レイモンドは頷いてさらっと答えた。けれどその内容はとても聞き流せるようなものじゃない。教団から出ることを許されず、けれど祭りの賑やかさが伝わってくるその日をどんな思いで過ごしていたのだろう。それを思うと少し胸が痛んだ。


「・・・それなら私も記憶がないから今日は2人とも初めて同士ね」


レイモンドの手を取った。自分から触れることのなかった私の行動が予想外だったのだろう、レイモンドは驚いた顔をした。


「行こう。今まで行けなかった分、思いっきり楽しまないと」


驚いて照れたように頬を染めているレイモンド手を引いて走り出した。





初めに行ったのは人気の劇が行われているという中央広場だった。建国の物語を題材にしたその劇は人気なのも納得のものだった。劇を見終わったあと目的なく大通りの店を見て歩く。


「これは国境でしか取れない石を使った滅多にお目にかかれない品だよ」


「祭事の日の贈り物にいかがー?」


活気のある客引きの声が飛び交っている。煌びやかな装飾品や何に使うのかわからない骨とう品が並べられていてただ見ているでけでも心が躍る。


「レイモンド、あれは何かしら」


多くの店が並んでいるなかで同じようなモチーフのアクセサリーが売られているのが気になった。それを取り扱っている店に歩み寄る。どうやら花をモチーフにしているらしい。銀細工で表現されている花は繊細で美しく、それぞれ違った色の石がはめ込まれている。


「いらっしゃい、祭事の贈り物はいかが?」


「すみません、この花は何か意味があるんですか?」


「おや、お嬢さん王都の祭りは初めてかい?」


祭りに参加している人は周知の事実なのだろうか。店主の女性は私の質問に驚くと店先に並んだアクセサリーの中から一つを手に取って見せてくれた。


「これは神様の花だよ」


「神様の花?」


「あぁ、建国の物語を知ってるだろう?神様がこの世界に人間と精霊を作り出したとき、この花が一面に咲き乱れた。そりゃ綺麗な光景だったそうさ。それ以来、この花は神様の加護を象徴し信仰の証として大切に扱われたんだ・・・まぁ、今じゃその花が咲いているところを実際に見た人はないがね」


最後は少し残念そうに言った店主の言葉が気になった。けれど、先ほどまでの様子はどこへいってしまったのか、店主はすぐに目を輝かせると私に詰め寄った。


「それだけじゃない。この花をシンボルにしたアクセサリーは大切な人への贈り物の定番なんだ。自分の愛を捧げるって意味でね。あんたたちみたいな若い夫婦にもおすすめだよ」


アクセサリーを手にして迫る様子に絶対売ってやると意志を感じ、思わず後ずさって苦笑いをする。


「夫婦・・・・」


意外にもその声に反応したのはレイモンドだった。言われた言葉を味わうように反芻すると少しの期待と照れのこもった眼差しでこちらを見る。


「俺たちは夫に見えるでしょうか」


「え・・見えるんじゃないかな・・」


「そうですか」


肯定した私の言葉に少し恥ずかしそうにしながら嬉しそうにレイモンドがはにかんだ。その美しさの破壊力に傍にいた店員だけでなく周囲の人たちの視線がくぎ付けになり頬を染めた。


「アリシアは何が欲しいですか?あなたが望むなら店ごと買い取ります」


「え」


レイモンドは周囲のことなど気にならないらしく、少し高揚したような声で私に問いかける。けれど、問いかけられた私は彼の言葉で一瞬にして冷静さを取り戻した。


「これはどうでしょうか、あなたの瞳の色によく合います」


店先に並んでいたアクセサリーの中から一つを手に取ると私にかざして微笑んだ。傍から見れば恋人同士の微笑ましい光景だろう。


「旦那お目が高いねぇ!それはこの店で一番いいものだよ」


(・・・これは、まずい)


少し高揚したレイモンドの様子と店主の気迫。その相乗効果はきっと言葉通り店ごと買い取ってしまいかねない。なにせ彼は枢機卿だ。彼が持つ莫大な経済力は火を見るよりも明らかだ。強制的な購入の流れを断ち切るようにパンっと手を叩くと笑顔を作った。


「私お腹が空いたみたい!先に食事にしましょう」


「では、先に買って――」


「いいの!すごくお腹が空いたから行きましょう!あっちにおいしそうな屋台があるわ!」


後ろ髪を引かれているレイモンドの手を無理やり引っ張ってその場を後にした。






「本当にレストランの食事でなくていいんですか?」


「うん、今日は特別だもの」


食べ物の出店が多く立ち並んでいるエリアにやって来た。出店で食事をすることに少し気後れしているらしいレイモンド



「わかりました。少し待っていてください。俺が買ってきます」


レイモンドはそう言って私をベンチに座らせると出店へと向かっていった。

私たちの目的は出店の中でも特に人気のあるというパンの出店だった。好きな食材を選び手軽に食べられるところが人気の理由らしい。出店に向かったレイモンドの姿をぼんやりと眺めていると通行人の女性を声をかけられたようだ。女性は何かを話しているようだけれどレイモンドは反応している様子がない。怪訝に思いながら見つめているとと女性は諦めたらしく去っていった。けれどほどなくして再び別の女性たちに声をかけられている。


(・・・・もしかして、ナンパ?)


気づけばレイモンドを取り囲むようにして女性たちが並んでいる。てっきり枢機卿であることが気づかれてしまったのかと思ったけれど、どうもそうではないらしい。少し心配しながら見守っていると無表情のまま人の波を抜け出した彼が私に笑顔を向けた。


「アリシア、お待たせしました」


まるでただ人とすれ違っただけとでもいうように、何事もなかった様子だ。彼が振り切ってきた女性たちの視線が突き刺さる。


「・・・レイモンドはモテるよね」


「急にどうしたんですか?」


複雑な心境のまま呟くとレイモンドは手に持っていたパンを手渡しながら戸惑ったような顔をした。


「声をかけられていたでしょう?それも1人、2人なんてものじゃなかった」


少し拗ねたような言い方になってしまった。それが少し恥ずかしくてレイモンドを横目で見る。


「あぁ・・・俺としては関わらないで欲しいんですけどね」


レイモンドは苦笑いを浮かべていた。それは照れているようなものではなく、嫌悪感を全面に出すのを誤魔化したようなものだった。


「・・・どうして?」


「俺はアリシア以外の人間が嫌いですから」


思わず疑問を口にすると返ってきた言葉に温度はなかった。まるで当たり前のことに感情を込める価値がないとでもいうように。その様子にさっきまでの拗ねたような気持ちはどこかへいってしまった。


「カイルさんだってあなたの友人でしょう?」


「そうですね。けれどそれ以外の人間は正直どうなってもいいんです。さあ、冷めないうちに召し上がってください」


レイモンドは冷ややかに言ったあと、私に穏やかな笑顔を見せた。彼は優しい。けれどその優しさがごく限られた人のみに向けられているものだとわかったのは王都に来てからだ。


『極度の人嫌いだからな』


そう言っていたカイルの言葉を思い出した。


「何か理由があるの?」


手渡されたパンを一口かじりながら問いかける。どうしてだろう、美味しいはずのそれは想像していたよりも味気ない。


「・・・人は身勝手な生き物ですから。自分以外がどうなろうが構わないのに、自分に害が降りかかるとうるさいくらいに喚きだす。表面に映るものでしか価値を見出せない哀れな生き物です。・・これ、美味しいですね」


レイモンドはつまらなそうに言いながらパンをかじると私に微笑みかける。けれど上手く笑い返せない。私の様子に気が付いたレイモンドは手を伸ばすとそっと私の頬に触れた。


「あなただけは違います。あなたが俺を救ってくれた」


きっとこの言葉には自分が忘れた過去が関係しているのだろう。だからレイモンドも深く語ることはない。


(早く思い出せればいいのに・・・そうすればあなたの苦痛を分かち合えるのかな)


歯がゆい思いを言葉にすることはできなかった。そうすればレイモンドを困らせてしまうだけだとわかっていたから。言葉にできない思いを無理やり飲み込むように、一気にパンを頬張った。


「・・・アリシア?」


私の様子に戸惑った表情をした。


「レイモンドの思いを否定したりしないよ。あなたのことだからきっとそう思うようなことがあったんだよね」


「・・・そう、ですね」


レイモンドは少しぼんやりとしたように視線を下げた。その目には過去の出来事が映っているのだろうか。


「私、思うの。人はそれぞれたくさんの顔を持ってる。醜い顔も綺麗な顔も。悪意を持って誰かを傷つけようとする人だっているし大切なものを守るために犠牲に目を瞑る人だっている。もちろん、それが許されるわけじゃないけど・・・」


そっと息を吸い込んだ。言葉に祈るような思いをのせて再び口を開いた。


「嫌いでもいい。許さなくてもいい。でも憎しみで過去に囚われてしまわないでね」


「・・・・アリシア」


俯いていた彼は顔を上げると少し悲しそうに私を見た。励ますように微笑みかける。


「あなたの心は自由だよ。過去に囚われてしまうなんてもったいない。今生きている幸せの一つ一つをこの心で感じていこう・・・見て、花吹雪だよ!・・・綺麗だね」


いつの間にか目の前の広場には多くの人が集まってダンスを踊っていた。皆が笑顔で手と手を取り合っている。大人も子供もそこにいる人たちは今を謳歌し、まるで今日という日を祝福するように花びらをまいている。ふわりと風が吹いて花弁が空を泳いだ。


「あなたは・・・・いつだって俺に世界の美しさを教えてくれる」


レイモンドは眩しそうに私を見た。光が目に染みたのだろうか、彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。



夢のような時間はあっという間だ。

空高く昇っていた太陽も気が付けば地平に沈もうとしている。一番星が輝き始めた空は徐々に夜の闇に覆われようとしている。普段であれば活気のある城下町も静けさに包まれる時間だけれど今日は違う。祭事のあるこの2日間は花火が上がることもあって、むしろ賑やかさが増していく。楽しそうな笑い声と酒の入ったグラスのぶつかる音。普段なら嫌悪して近づくこともないその場所も、彼女がいるだけで気にならない。むしろ楽しいとさえ思える。柄にもなく舞い上がっていた。


だからこそ、普段なら未然に防ぐこともできたその状況にすぐに気づくことができなかった。


「こちらです、この時計塔の上なら花火を一望することができます」


振り返って後ろを歩いている彼女に笑顔で声をかけた。けれど冷水を浴びせられたように一瞬で心が冷えていく。


「・・・・・アリシア?」


振り返ったその場所に愛しい人の姿はなく、自分の声だけが空しく響いた。

読んでいただきありがとうございます。

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