【閑話】帰り道
「シド」
「どうしたの、リニ」
「ちょっと、これ」
リニから俺に差し出されたのはテトラホーンの手綱だった。
俺は思わず、目をぱちぱちと瞬きしてしまう。一応、カノンからもらった魔法薬の最後の一口は飲んでいる。ただ、いつ乗り物酔いになってもおかしくないという自覚はあった。
ただ、そうしていても、リニは手綱を差し出したままじっと待っている。
なので、俺は恐る恐る手綱を受けとると、ぎゅっと握る。
自分でもガチガチになっているのがわかる。
「怖がらなくて、大丈夫」
自信満々に告げるリニ。俺はそうは言われても、そもそもが騎獣の手綱を握るのは、初めてだ。
全く自信はなかったのだが、リニに言われたからには全力を尽くそうと気合いをいれる。
「お、おう!」
「シドには私の匂いが十分染み付いている。だから、怖がるのはこの子の方」
そういって、テトラホーンを指差すリニ。
テトラホーンはまるでその通りですと言わんばかりにブホブホと鳴く。それどころか、俺を気遣うかのように、テトラホーンが気持ち、移動速度を落としてくれる。
俺はテトラホーンってこう鳴くのかと驚く。
その間に、ひらりとテトラホーンから飛び降りるリニ。
俺とシスターだけがテトラホーンの背に取り残される。
「──野暮用」
無言で立ち去りかけて、これまでにないことだが、リニは一瞬振り返ると、それだけ告げる。
俺は、そんなリニにこうも変わるのかと、驚愕していた。
◆◇
本当に野暮用だったようで、リニはすぐに帰ってきた。その間、テトラホーンは、全く問題なく歩いてくれていた。
それでも、俺はほっとしてテトラホーンの手綱を返そうとする。
その伸ばした俺の腕の中に、向かい合う形でリニがすぽっと、軽快に体を滑り込ませてくる。
俺は太ももに感じるリニの体重。そして、手綱を受け取ってもらえなかった衝撃に、目を白黒させる。
そんな俺の顔を至近距離で眺めるリニ。
「シド。これ。あげる」
俺の顔を見上げながら、そう呟くリニ。
手の中に、何か握り込んでいるようだ。
「あーん」
それは、俺にとって既に経験済みだった。
とても、危険な事例として。
早く口を開けなければ、喉奥を貫くような早さで、襲来してくるのだ。一瞬の遅延も許されない、危険な状況だった。
そんな学びを活かして、俺はすぐさま口を開ける。
「あーん」
さっとリニが手を翻す。
速い。
まるでフリッカージャブのような軌跡で、リニの手が俺の唇を掠める。
まき上がる風が、俺の前髪を揺らす。
そして俺の喉奥に、何かが高速で直撃する。
喉奥へと侵入してくる、何かの丸い物体。
俺が衝撃に悶えていると、リニが俺の口をそっと、しかし力強く押さえてくる。
咳すら満足に出来ない。
俺がフガフガ言っていると、後ろからシスターが声をかけてくる。
「リニアスタさん、何をとってきたんですか?」
「うるさい」
バッサリと言うリニ。
しかしいつものようにシスターは気にした風もなく、端然としている。
その間に、俺は何とか喉へと放り込まれたものを飲み下すことに成功する。そこで、ようやく外れる俺の口を押さえていたリニの手。
──辛い、戦いだった。
「──リニ、今のは?」
「……歪みの種」
小声で俺の耳元で囁くリニ。姿勢的に、端から見ると完全に抱き合っているようにしか見えないのだろう。
「え!」
「しっ」
俺の驚きに、再びリニの手がのびると人差し指で俺の唇が塞がれてしまう。
俺は至近距離でリニの顔を見合わせながら、思い出していた。
──そういえば、食べると元気になるっていってたけど、結局どう言うことなんだろう?
結局、前に食べた時も検証しないままだった。なので、俺は試しに自身のパラメータを確認してみる。
しかし、パラメータの数値に、目だった変化は見られない。
俺の不思議そうな顔を見て、疑問に思ってあるのが伝わったのか、リニが再び俺の耳元で囁く。
「理から少し外れるの。ね、元気になるでしょ。それと、シドの目は理の内側の力だから、見えない」
確かに理へ複雑な感情を持ってそうな裏ボスさんからすると、その効果は元気になるのだろう。
──元気になるってそういうことか……てっきり……
俺は頭に浮かんだ感想をふるふると振って忘れることにする。
一方、リニは、そこまでしゃべり終えると、大きくあくびをしていた。
そのまま、俺に寄っ掛かるようにして、リニは安心した顔になると、寝始めてしまうのだった。




