【閑話】side カノン 3
「カノン様」
「影か。ここにはくるなと言ったはずだが?」
「申し訳ございません」
学園の制服を着た女子生徒が、カノンとシドの寮の部屋をノックもなく訪れていた。
カノンに影と呼ばれた少女は、それに全く悪びれた様子もなく、話を続ける。
「カノン様。ご自身の性別だけでなく、出自までも同室のシド=アニキスに話されたとか」
「ちぃっ」
舌打ちをするカノン。
その明らかに不機嫌な様子に、やはり影は気にした風もなく続ける。
「いったい、何が狙いなのですか」
「狙いなどない。シドは信用できる。ただそれだけだ」
「カノン様も年頃の女性です。男への欲に目が眩むこともあるでしょう。しかし、御身の双肩には……」
「わかっているっ。私を逃すために犠牲になった故国の民の命の重みを、一時たりとも俺は忘れた事などない!」
声を荒げるカノン。その様子をシドが見たらきっと驚くだろう。決してカノンがシドには見せたことのない姿だった。
それはまさに苛烈にして、覇気に満ちた物腰。
「なら、よろしいのです」
「それで、何用だ」
「かのシド=アニキスが、リニアスタ=サーベンタスと契りを交わしたようです」
自身の告げる言葉の結果に興味がないかのように淡々と告げる影。
それに対して、ギリッと激しい歯軋りの音が室内に響く。そして、つーと、一筋の血がカノンの唇の端から垂れる。
「──以上か」
「ご自制、お見事。あとは聖女シスター・セシリアも、そのシド=アニキスを狙っているようです。ただ、興味があるのはシド=アニキスの肉体だけのようですが」
どうでもいいとばかりに付け加える影。
「もういい。俺はおのが使命を全うするのみ。魔素暴走により滅んでしまったわが祖国の復興。そして、いまなお、わが祖霊を辱しめ続けている奴への復讐を、果たすだけだ」
カノンのその瞳に、祖国を滅ぼした存在の幻影が浮かんでいるかのように、激烈な眼差し。それを淡々と受けとる影。
「ご立派なお覚悟です。それでこそ我らが最後の王の、御言葉」
「ちぃ! さっさと消えろ」
「かしこまりました。わが同胞、変わらぬ忠誠を御身に」
それだけ告げふらっと部屋から立ち去る影。
誰も見るものはなかったが、もし存在していたら不思議に思っただろう。廊下を歩く影の姿がいつの間にか溶けるように消えたのだ。
影が退出し、部屋に一人きりになるカノン。
その目からは一粒だけ、雫が落ちる。
しかしグーに握った拳でカノンは乱暴にそれを拭う。
すると、そこにいたのは、すっかりいつもの男装の麗人たる姿を取り繕った少女だった。




