パン粥の攻防
「あーん」
ミルクでフヤフヤになったパンをスプーンに乗せた裏ボスさんが、自分の口を大きく開けながらそんなことを言い出す。
窓から降り注ぐ夕日で、室内は真っ赤だ。
俺は、酷く混乱していた。
もしかしたら、まだ夢を見ているのではと、勘違いするくらいには、いま起きていることがよく理解できていなかったのだ。
「あーん」
再び、口を大きく開けて告げる裏ボスさん。
その手にあるスプーンが、まるで鋭い剣先のように、ベッドで上体を起こした俺の鼻先へと向けられている。
「あーん」
三度目の、裏ボスさんの声。
どんどん、裏ボスさんの開ける口が大きくなっていく。まるでそうすれば、俺がつられて口を開けると信じているかのように。
そして、その裏ボスさんの口の中が、俺の位置からは丸見えだった。
綺麗に生え揃った永久歯。
鋭く尖った八重歯。
真っ赤な口内に、艶かしく鎮座するその舌。
まるでこのまま、その口にがぶりと噛みつかれるのではという、あり得ない妄想に俺は襲われる。
それぐらい、裏ボスさんの口の中は猛々しくて、そして美しかった。
そんなことを考えていたからか、気がつけば俺は口を半開きにしていた。
呆けていたと言ってもいい。
しかし、高いステータスを誇る裏ボスさんは、そんな俺の一瞬の隙も見逃さなかった。
鋭い刺突と化したスプーンが奇跡のバランスでふやけたパンを落とすことなく、俺の半開きの口へと滑り込んでくる。
その勢いで、口のなかでスプーンから分離したフヤフヤにふやけたパンが勢いよく飛び出し、俺の喉奥を直撃する。
「ふぐっ! ぐ……は。はぁっ……はぁっ」
死ぬかと思ったが、なんとか気合いで咀嚼して、無事に飲み込む。
「あーん」
何事も無かったかのように、次のパンをスプーンにのせる裏ボスさん。
「あーん」
十二分に学習させていただいた俺は、間髪おかず、素直に口を開く。そしてちゃんと裏ボスさんの真似をして、あーんと告げるのだった。




