急所
「私も、いく」
「え、それは……あとその、髪が……」
その白銀の髪を俺の顔に垂らしながら告げる、裏ボスさん。洗礼巡礼になぜか行きたいらしい。とはいえ、俺に決定権のあることではないのだ。まずはシスター・セシリアに相談、と俺は言いかける。
「私も、いく」
俺を遮るように、裏ボスさんが、同じフレーズを繰り返す。
裏ボスそんの首を微かに傾げたのだろう。
白銀の髪が揺れる。
返事をしかけた俺の唇の上をくすぐるように髪先が移動してくる。
俺は開きかけた口を、慌てて閉じる。
危うく、口のなかに裏ボスさんの髪が入りかけたのだ。
完全に、裏ボスさんによってしゃべるのを封じられてしまった。
髪から漂う裏ボスさんの匂い。
唇に、さわさわと触れつづける、裏ボスさんの髪先。
俺は何もできずに、喉を晒すように上を向いたまま、ひどく硬直してしまう。
「私も、いく」
三度目の、裏ボスさんの宣言。
いつの間にか、裏ボスの左手が俺の顔の左側を回り込んでいた。
俺のさらされた喉元に触れる、裏ボスさんの指先。
俺の首を撫で上げるようにその指先が、触れるか触れないかのギリギリの接触を保って、首にそって上がってくる。
俺は思わず、全身にゾワゾワとした衝撃が走る。
首は言うまでもなく人体の急所の中でも最大のポイントの一つだ。
圧倒的格上のステータスを保持する裏ボスさんの指先が、俺の急所を優しく撫で上げていくのだ。
──やられる
俺がそう、思ってしまったのも無理のないことだろう。
ただ、そこにあるのは純然たる恐怖とはいえない、なにかだった。
そんな俺を見下ろす裏ボスさんの瞳が、爛々と輝いている。
そしてついに裏ボスさんの指先が俺の喉元を通りすぎる。俺の顎先へと至る裏ボスさんの指先。
スッとその指先に力がこもるのが、皮膚を通して伝わってくる。
俺はその指に促されるままに顎を下げ、そして顔全体を縦に動かす。
すぐそこにある裏ボスの額と、俺の額があと紙一重で触れるというところで、裏ボスの左手の指先が、とまる。
あまりに近くて、裏ボスの体温が額に感じられそうだった。
すると、指先が、白銀の髪が、さっと俺の顔から離れていく。
突然の接触の終了に唖然としかけるが、俺は姿勢を戻すと慌てて立ち上がり、振り返る。
「シド、頷いた。私も、いくから」
無表情に戻った裏ボスさんがそれだけ告げると、そのまま何事もなかったように、立ち去っていく。
あれで、俺は頷いたことになるらしい。
思わず片手で自分の首と顎をさすって、無事なのを確認しながら、俺は裏ボスさんの後ろ姿をただ見送るのだった。




