いたずらに
──あ……
俺は裏ボスさんのそのどこか肉食獣めいた表情に魅入られたようになってしまう。
裏ボスさんの熱っぽく、湿り気を帯びた瞳。
一度見てから、頭にこびりついて離れなくなってしまった、例の瞳だ。
その瞳に、俺は質問しようと考えていた言葉が全て頭のなかから、吹っ飛んでしまう。
何も、考えられない。
ただ、ただ、目の前の裏ボスさんの瞳に吸い込まれ、周りの世界が全て消えてしまったかのように感じられる。
その時だった。
とんっと、俺と裏ボスさんの肩同士が触れる。その裏ボスさんの体が触れた部分から、電気が走ったかのような衝撃が、俺の全身を駆け巡る。
「あっ。ごめっ! リニ──」
俺は、なぜかとっさにリニに謝ってしまった。
──え、俺は、動いていない、よな?
そして謝ってから気がつく。どう考えても、魅入られ金縛りのようになっていた俺は動いていないはずだ。
──今のは、リニが?
そんな俺をまっすぐにみながら、リニが笑みを浮かべている。それは初めて見るリニの表情だった。
イタズラが成功して喜んでいるような。
はたまた、獲物に食らいつく直前の絶対的捕食者のような。
そんな、笑顔。
──ああ、可愛いな……
その時だった。学園の始業の鐘が響く。
朝食の時間の終わりを告げる鐘の音。
周囲の騒がしさが一気に戻ってくる。
いや、裏ボスさんに集中していて、俺が周りを見えなくなっていただけだろう。
「シドっ! 教導室にいくぞ。食べ終わったのか?」
「──あ、カノン。今いく!」
カノンが食堂の入り口近くから呼び掛けてくる。周囲にはすっかり他の生徒の姿は無かった。
そして気がつけば、裏ボスさんの表情がいつもの感情の抜け落ちた儚げなものへと戻っている。
そのまま何も言わずに立ち上がり、食堂の出口の方へと歩き去っていく裏ボスさん。
俺も立ち上がると慌てて食器のトレイを片付ける。
俺が片付け終えて食堂の出口を振り向いた時だった。
ちょうど、裏ボスさんがカノンとすれ違う。その時に一瞬だけ、ちらりと裏ボスさんが無表情のままカノンの方を見たような気がした。
カノンはカノンで、自分の横を通りすぎる裏ボスさんに対して、なぜか満面の笑みを向けている。
しかしそれもあっという間だった。
俺がカノンの所へと来たときはすでに裏ボスさんの姿はなくて、カノンもいつもの様子だ。
「遅いぞ、シド」
「すまん、待たせた」
俺たちは小走りで教導室へと向かうのだった。




