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誘われて

「カノン?」

「いや、シド……ほら、時間なのに、全然、起きないから──そう、そんな刃物をもって寝るなんて危ないよっ。怪我してない?」

「え、ああ。もうそんな時間か……怪我はない……ふぁ」


 気がつけば布団がはだけて、半分くらいベッドから落ちていた。そのせいでベッドに持ち込んだイオタをばっちりカノンに目撃されてしまった。


「ふぅ、起こしてくれてありがとう。急いで準備するよ」

「あ、うん。そうしてっ」


 背を向けて、ばっと部屋を仕切るカーテンの向こう側へと戻っていくカノン。

 俺はその背を見送ると、急いで着替え始める。


 ──そういえば、あの世界のイオタの顔が一瞬、裏ボスさんからカノンになったよな……。え、俺ってカノンの事をそういう目で見てる?


 ついさっきの、すぐ近くにあったカノンの顔を思い出してしまう。

 あの時、万が一寝ぼけていて、俺が起き上がろうとしていたら、接触事故が起きかねない距離だった。


 急に、顔が熱くなる。


「──もう、時間だから、私、先に行ってるから……」

「おう、わかった!」


 そこに仕切りのカーテン越しにカノンが声をかけてくる。俺も了承を伝える。


 自室で二人きりの時だけ、いつもの男口調じゃなくなるカノン。

 普段は特に気にならないそれが、今だけはやけに気になってしまう。


 ──次の休み、カノンと二人で出掛けるのか……


 思わず準備の手を止めて考え込んでしまう。

 おかげで、俺は危うく朝食を逃しかけるのだった。


 ◆◇


「はぁ、ギリギリ間に合ったー。さて、空いてる席は……」


 朝食の終了時間ギリギリの食堂は結構な混雑っぷりだった。夕食の時は終了時刻ギリギリになると空くのだが、朝は違うらしい。


 朝食の載ったトレイを抱えて、俺はウロウロする。時間がだいぶ押していた。


 ──あまり迷っている暇はないな。うーん。


 自然と俺の足がそちらへと向いていたのだろう。


「シド」

「あ、リニ──その、席、いい?」

「うん。隣」


 食堂の一番隅のテーブル。裏ボスさんの暗黙の指定席のそこは、今日も空いていたのだ。


 そこに座りこちらを向いている裏ボスさんは、昨日とはうって変わって、いつも通りだった。

 あまりにいつも通り過ぎて、まるで昨日の裏ボスさんの姿が夢だったかのようにすら思えてくる。


 そんないつも通りの裏ボスさんに、今日はなぜか隣の席を指定される。

 当然、断るという選択肢はない。


 ──前は正面に座ったよな。ここだと、だいぶ狭いというか、近い……下手に動くと体が触れちゃいそう……いいのか。いやでも断ってたりする時間はないよな。うん。


 なので俺は言われるがままに裏ボスさんの隣に腰かける。それも、裏ボスさんによって指定されたのは壁側だった。

 つまり壁と裏ボスさんに挟まれるような位置どりになる。


 俺はそこに座ると、体の動きに気をつけながら、でも急いで食事を始める。


 食べながら、なぜ座る場所が隣なのか、疑問はわく。しかし、考えようによっては、裏ボスさんに聞きにくい質問をするには今の位置は最適ともいえた。


 俺は朝食を呑み込むようにして食べ終える。ちらりと裏ボスさんの手元を見るが、当然、もう食事は済んだ様子だ。


 ──今が、チャンスだよな。


 俺は、イオタの件でどうしても確認しておきたい、裏ボスさんが歪みと呼んでいるものと裏ボスさんの関係について今なら質問できるかなと、真横を向く。


 食事に集中していたので、座ってから、始めてまともに裏ボスさんの方を向いたのだ。


 至近距離にある裏ボスさんの顔は、昨日のダンジョンの中で見た時と、良く似た表情へと変わっていた。






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