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前世

 切っ掛けは、その俺の前世の肩凝りだった。


 当然、若く健康で運動も定期的にしているシド=アニキスの体は、肩凝りなんてものとは無縁だ。


 それなのに、俺は転生後もどこかで、その時の体の記憶を引きずってしまっているようなのだ。


 ──まあ、俺の肩凝りは筋金入りだったからな……社会人になってからもデスクワーク中心の仕事に、プライベートでもスマホかPCを弄るばかり。運動だってろくにしてなかったし。


 俺はシドの体を信じて、ナイフを握り直すとその軌道を意識しながら腕を伸ばして突き出す。


 ──出来た。


それは自分でも誉めたくなるほど、とても伸びやかで鋭い突きになっていた。


 そして俺の偽物も、やはりナイフを突き出してくる。


 しかし、その偽物のナイフの軌道は前の俺の突きのままだったのだ。前世の記憶に束縛されて、シドの体の持つポテンシャルを活かしきれていない、突き。


 そのせいだろう、俺と偽物のナイフの刃がぶつかり合い、偽物のナイフだけが、弾かれる形になるて。


 ──差が、出た! だとすると、これもか?


 偽物に、俺はここぞとばかりに追撃の突きを放つ。

 それも右足の踏み込みを、シドの体の限界ギリギリの速度でもって。


 ──前世では、だいぶ膝もやってたからな。うん、この体なら、ここまでやっても全然、痛くない。


 前世の痛みの記憶から、俺が無意識に行っていた動きのセーブ。それらを完全に外した、俺の渾身の突き。


 そのナイフの突きが、偽物のナイフと衝突し、その偽物の手から完全にナイフを弾き飛ばすことに成功する。


 くるくると宙を舞うナイフ。

 ガードががら空きになった偽物の体に、俺は自身の持つナイフを突き立てたのだった。


 ◆◇


 気がつけば、俺の横には、顔を背けたままの裏ボスさんが立っていた。

 どうやら、俺は元の現実に舞い戻って来たらしい。


「──あのっ」


 俺が隣にいる裏ボスさんに話しかけようと軽く身動きしたときだった。

 握ったままのナイフが台座からぽろっと抜ける。本当に刺さっていたのかと疑うぐらい、軽い手ごたえだった。

そしてその柄は、まるで長年握ってきたかのように、しっくりと俺の手に馴染んでいた。


「おめでとう、シド。神器に選ばれたみたいね」


 全然こちらを向いてくれなかった裏ボスさんが、こちらを向くと俺の手の中のナイフを見ながら告げる。

 いつの間にかナイフの柄についた宝石の光が薄れて、暗闇が戻り始める。


 ただ、その薄れゆく光のなか、裏ボスさんの顔は真っ赤に染まり、瞳が怪しいほどに艶やかに湿っているように見えたのだった。









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