【最終話】僕と魔法使い⑤
三年後、オルシアは倒れた。咳に血が混じるようになり、白い肌が一層白く、窓の外にちらつく雪の様に冷たくなった。
とても美しいはずの雪が、僕はひどく恨めしかった。
早く春になればいいのに。
暖かくなって綺麗な花がたくさん咲いたら、オルシアもきっとまた元気になる。
きっと……。
「寒い?」
「少しね」
「僕の毛布も持ってきてあげる」
「いいよ。お前まで風邪をひいたりしたら、俺はどうすればいいんだ」
「ここで一緒に寝たら駄目?」
「何を言っている。もう子供じゃないんだぞ。いつまでも甘えるんじゃない」
「だって……一人じゃ寂しいよ、オルシア」
知らず知らずのうちに、涙があふれていた。堪えきれなくなって、僕はオルシアのベッドに突っ伏して、声を上げて泣いてしまった。そうすることによって、胸にこみあげる不安を消してしまいたかった。忘れてしまいたかった。哀しい現実が、迫ってきているということを……。
「やれやれ、確かにお前はまだお子さまだよ」
オルシアの、笑い声。
「バカだな。なにも泣くことはないだろうに」
「……うん。ごめん」
「いいよ。誰でも不安になることはあるものさ。……毛布持ってくるんだろ?」
「うん!待っててね」
「はいはい。お気をつけて」
僕が気を取り直して笑うと、オルシアも安心したように微笑した。
初めて会った時のオルシアは綺麗だった。今はもっともっと綺麗になった気がする。何だか、とても哀しくなるくらいに。
本当はいろいろ話をしてほしかったけれどそうも行かない。だから僕が変わりに話をした。オルシアは一つ一つの話を熱心に聞いてくれた。僕は小さな頃から彼女と一緒にいたのだから、彼女が知らないような面白い話なんてできなかっと思う。でも、僕たちは楽しかった。一緒にいられれば、それで良かった。
ときどき、彼女が血を吐くので、僕は背中をさすってあげた。そんなときも、オルシアは皮肉げに微笑んで、情けないなぁ……と呟いていた。
「マール」
オルシアは僕のことを、そう愛称で呼んだ。
「俺はできるかぎりの手段を使って、精一杯生きてきた。たとえそれが罪だったとしても、神の摂理に反した命だったのだとしても、俺は何一つ悔いはない。でも、一つだけ気がかりなことがある。あの日……俺がお前を拾ったのは正しい選択だったのだろうかと」
「オルシア……何故そんなことを?」
「俺はお前を不幸にしないだろうか。愛する人に先立たれた後の俺のように、お前は哀しんだり、苦しんだりはしないだろうか。そして俺はお前に、俺の愛したあの人のように、生涯誇れる思い出を与えてやれたのだろうか……それがたまらなく不安だ」
「オルシア……そんな話はしないで」
「たとえ俺が死んでも……お前は強く生きてくれ」
「────イヤだ!」
僕は叫んだ。
「イヤだ、イヤだ、イヤだ!」
「マール……だったら俺は、お前を傍に置いたことを、後悔しなくてはならないな」
「オルシア……」
僕はそう呟いたきり、言葉を失った。
あなたのいない未来なんて……世界なんて、いらない。
そう言ってしまいたかった。
あなたが大好きだと……愛していると伝えたかった。
でも、それは僕には許されないことだった。
僕にできたことは、ただオルシアの手を強く握って、微笑むこと……。
「心配しないで、オルシア」
僕は言った。
「僕はあなたに出会えたことを……永遠に、誇りに思って生きるよ」
その日からオルシアは、ほとんど起きてこられなくなった。僕は一日中、暇な時間はオルシアの傍にいて、本を読んだり、くだらない話をしたりしていた。
少しでも長く傍にいたかった。
オルシアの傍にいられるのが、嬉しかった。




