表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WITH THE WIND  作者: レエ
本編
62/66

【最終話】僕と魔法使い⑥

 オルシアが死んでしまったのは、ほぼ1年後の秋の終わりのことだった。

 いつものように傍で一緒に眠っていた夜、オルシアは突然、僕の手を強く握った。あの感触は、今も忘れられない。

「マール、起きろ」

「……オルシア?どうしたの?」

「そろそろ、お別れのようだ。俺は多分、明日の朝まで持たない」

 突然、そんなことを言われて驚いた。その頃のオルシアは、もうベッドから起き上がってくることはなかったが、ここ最近は吐血することもなく、比較的体調が落ち着いているように見えてたから。

「何を言ってるんだ。ゆっくり休めばきっと良くなるよ」

「フッ……駄目なものは駄目なのさ。こういう時は、現実から目をそらさずに、残った時間を楽しむべきだと、俺は思うんだけどね」

「オルシア……」

「少し話したいことがある。馬鹿、メソメソするんじゃない。言っただろう、初めてお前に逢った日……俺は、旅に出ようと思っていたのだと。あれはつまり、こういうことだ」

「え……」

「俺はあの日、自分にかけられた魔法が解け始めているのを感じた。ようやくその時が来たと……正直、嬉しかった。でも……まだ時間があるのなら、少しだけ、お前と一緒に生きてみたい……そう思った。まさかまだ10年も生きられるとは、あの時は思ってもみなかったけどな」

「何故……僕と?」

 不思議に思って訪ねると、オルシアは綺麗な笑みを浮かべながら、僕の目を見てこう言った。

「……昔、俺の命を救ってくれた悪魔は、勝手に人間の寿命に手を加えたことで神の怒りを買い、時空の狭間に追放されたと聞いた」

「……」

「マルファスという名を聞いて、すぐにピンと来た。あの日、俺を救ってくれたのは……お前だ、マール」

 僕は言葉を失って、呆然とオルシアを見た。

 僕が彼女の運命を変えた張本人。

 僕が……。

 何も言えずにいると、オルシアは一つ溜息をついて、静かな声で続けた。

「……もしかしたら、俺がこうしてお前を育てたうえでお前を置いて逝くことこそが、神がお前に与えた罰なのかもしれない。でも、そうは思わないでくれ。俺はお前に逢えて幸せだった。彼を失った時、もう二度と俺は幸せだと感じることはないだろうと思っていたが、人生の最後の時を、こんなに楽しく幸せに過ごせたのは、全てお前がいてくれたおかげだ。……俺は、ずっとお前に何か礼がしたいと思っていた。できる限り、いい思い出を残せるように過ごしてきたつもりだけど……お前がどう受けとめてくれるか、それはわからない。でも忘れないでくれ。俺は……私は、お前に感謝している」

 僕は涙からとまらなかった。

 綺麗で、何もできないことがないくらい知識が豊富で、厳しいかと思えば優しく手……僕にとっては全てが羨望の対象だったから、オルシアがそんな思いを抱いて僕を見ていてくれたなんて、わかってあげることもできなかった。

 こんな時になるまで。

「マール、お前、私と暮らして楽しかったか?」

 その言葉に、僕は大きく頷いた。

「そうか、良かった」

 その晩、僕らはずっと思い出話をしていた。ああ、そんなこともあったな。と、お互い今までで一番和やかに、楽しそうに……明日まで続きはしないと……もう二度と無いことだと……そんな風には、とても思えないのが苦しかった。

「もう、お別れだな……」

 彼がそう言ったのは、ようやく空が白み始めた頃だった。

「お前の人生は長い。私よりも、ずっと……。でもお前ならきっと、うまくやっていけるはずだ」

 オルシアの少し皮肉っぽい微笑を見たのも、これが最後だった。

 突然、彼女は僕に縋りついた。

 震えている体を、僕は強く抱き締めた。

「オルシア……」

 その儚さ、弱さを、もっと受け止めてあげたかった。

 護ってあげたかった。

 もっと、ずっと……永遠に。



 オルシアは死んでしまった。

 柔らかな黎明の光が射し込む窓辺のベッドには、僕のよく知る、しかし初めて見る美しい女性が、静かに目を閉じていた。僕は彼女を、あの初めて出会った花園へ連れていった。

 周りの木々が葉を落としても、そこは何故かいつも花で溢れていた。

 そうまるで、時が止まった彼女を優しく見守るように。

 突如、強い風が吹き抜けた。

 思わず閉じた目を再び開くと、彼女の姿は幻のように僕の腕の中から消えてしまっていた。

 変わらない情景の中、彼女だけがいなかった。

 まるで最初から存在しなかったかのように……ただ風だけが吹いていた。

 不思議ともう、涙は流れてこなかった。

 冷たいはずの秋の風が、ふと、暖かなものに感じられて、僕は空を見上げた。



 雲一つない青い空には、輝く太陽があった。

 私は自分の背に翼があることを思い出し、地面を蹴って飛び立った。

 きっと、もう何処へでも行けるだろう。

 この自由な風と共に──……。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ