【最終話】僕と魔法使い③
魔力を身につけた幼いオルシアは、力の制御がうまくできず、その力を恐れた者たちによって塔の中に閉じ込められた。初めは幼い姫を憐れむものもいたが、いつしかそんないきさつを知る者もいなくなり、いつしか彼女は魔女と恐れられるようになった。
そうして300年と少し過ぎた頃。とある冒険者が、魔女を退治するために塔へやってきた。
彼の名前はカスミーロス。背の高い銀髪の美青年で、彼女は自分でも気づかないうちに彼に恋したのだという。
長い間塔に閉じこめられてたお姫様としては、自分を助けに来てくれた勇者が、いつか絵本で見た王子様みたいな男だったら、一目惚れしてしまったとしてもしょうがないよな。と、オルシアは少し恥ずかしそうに笑った。
しかし、助けに来たと思ったその男は、なんと魔女を退治しに来たのだという。
狼狽するオルシアの話を聞いて、勇者は笑った。
必ずここから連れ出してあげるというその言葉が、本当に嬉しかった。
彼と一緒に旅をすることになり、魔女のままでは都合が悪かったからその時は深く考えずに安易に男の姿をするようになった。
もし、この時に違う選択をしていたら未来は今とは違ったものだったかもしれないと思ったこともあったけれど──やっぱりそれでよかったんだと、オルシアは言った。
そうして旅をしてる途中の酒場で、オルシアは二人目の仲間に出会った。
男の格好をした彼女に一目ぼれしたなどというその男。いつもならそんなおかしな奴は相手にしないところだったけれど、何故か何となく仲間に加えたいと思ったという。
「……楽しかったな、あの頃は」
そう言って、オルシアは懐かしそうに目を細めた。
少し寂しそうな、とても幸せそうな微笑みを浮かべて。
しかし、その旅は長くは続かなかった。
三人が出会って僅か三年後、カスミーロスは旅をやめると言った。
自分たちと別れて、旅先で知合った娘と家庭を持ちたいという彼の言葉に、オルシアは初めて自分の恋心に気づかされ、それと同時に、その初恋が叶うことはないのだということを知った。
「どうしようもなく落ち込んで絶望していた時、俺の横には変わらずにあいつがいたんだ。彼は……ミルドレーンはいつもいつも、冗談かと思うぐらい俺を好きだ好きだと言って……ずっとふざけているのかと思ってたけど……その時はただ何も言わずに傍にいてくれた。それで、やっとわかったんだ。彼がどんなに真剣に俺のことを思っててくれたのか、どんなに俺のことを大事に見ていてくれたのか……。俺は本当に嬉しかった。彼が死んでしまうまで毎年くれた白爪草の指輪は、今はもう全て朽ちてしまったけれど……花の咲く季節になると、今も彼との思い出が鮮明に蘇ってくる。彼と結婚して……子供はできなかったけど、それでもとても幸せだった。彼と共に過ごす日々は何もかも素晴らしくて……いつか彼が先に死んでしまっても、その思い出があればきっと寂しくない。そう思っていたけれどダメだった。一人になってから、彼の面影を追って世界中を旅してみた。もしかしたら何処かに生まれ変わって、再び俺の前に現れてくれるかもしれない。そんな夢を見たけれど──何百年たっても、彼に会うことはできなかった」
そう言って、遥か遠くを見上げるオルシアの目が、なんだかとても哀しく、綺麗だった。
柔らかな風が吹いて、美しい黒髪が揺れる。
オルシアはそっと目を閉じ、一呼吸おいて、こう言った。
「ある日、俺は旅先の森でカスミーロスに出会ったんだ」
それは、数百年も前に死んだはずの親友だった。
初恋の相手であり、決して忘れることなどできない相手だった。
「……オルシア様?」
懐かしい思い出と同じ顔をした美しい青年が、しかし自分の名に何故か敬称をつけて呼んだことで、それはやはり別人なのだと気づかされた。
青年は名をカスミーロスと名乗り、その国の王子なのだと言った。狩りの最中に迷ってしまったところ、伝説の魔法使いとそっくりな容姿のオルシアに出会い、思わずその名を呼んだのだという。
ずっと探していたのだと、王子は言った。
王家に伝わる遠い昔の勇者の伝説。いつか美しい不死の魔法使いに出会ったら、きっとその人を守ってほしい。世が移り変わっても、永遠にその人を敬い大切にしてほしいという、そんなおとぎ話のような祖先の願いを、いつか叶えたいと代々探し続けてきたという。
自分の元を離れていった友の優しさに気づいて、オルシアは泣き崩れた。カスミーロスもまた、一人残される運命にある自分のことを思っていてくれたのだ。ミルドレーンとは違った形で、いつかこんな出会いがあるかもしれないという、僅かな可能性を残してくれていたのだ──。
一緒に城に行こうと、王子は誘った。
しかし、オルシアは差し出されたその手を取らなかった。
大切な思い出の中にいる人と瓜二つであっても……やっぱり、彼は彼ではないのだ。
彼の血筋が今も絶えることなく続いていた。それだけで、オルシアは満たされた気持ちになった。
輝かしい日々を共に過ごした、初恋の友──。
そしてもう一人、忘れることなどできない最愛の人──。
「俺は思い出したんだ。たとえ肉体は失われても、魂はいつも傍にいるというあいつの言葉を。俺たちは、ずっと一緒にいたんだ。いままでも、そしてこれからも……」
だから、旅は終えることにしたと、オルシアは言った。
懐かしい家に戻り、それからそこでずっと一人で暮らした。
小さな森が大きくなり、誰も立ち入ることができないほど深くなるまで──……。




