【最終話】僕と魔法使い②
彼に手を引かれて辿り着いた場所は、一軒の小さな家だった。二階建てのその家には、何処から持ってきたのか分からないくらいたくさんの本があって……夜になると、天窓からたくさんの星が見えた。
僕はその長身と柔らかな低い美声からオルシアをすっかり男の人だと思い込んでいたけれど、彼は魔法で性別を変えているだけで、本当は女の人なのだと知った。
「じゃあどうして男の姿でいるの?」
僕が興味津々に訊ねると、オルシアは苦笑して、哀しげに目をそらした。
そして吐息のように一言、
「愛していた人が、死んだからだよ」
と呟いた。
オルシアはいつも明るくて、そしてとても優しかった。彼女は何でも知っていたし、何でも一人でやることができた。僕が感心していると、オルシアはいつものように少し皮肉げな微笑を浮かべ、
「だてに1000年も生きてるわけじゃないんだよ」
と言った。
見た目はどう見ても20代前半の青年なのに。僕は始め冗談かと思っていたけど、そうではないことがすぐにわかってしまうほど、オルシアのまわりには時の流れが感じられなかった。
こんな森の奥で暮らしているオルシアだから、食事はもちろん自給自足だった。家のそばには小さな農園があり、少し先には綺麗な小川が流れていた。
狩りも釣りも、僕は彼女にかなわなかったけれど……僕がなんとか獲物をたくさん取ろうと躍起になっていると、オルシアはいつも決まってこういうのだった。
「どんなに魔力があろうとも、人間や魔族には〝無〟からものを創造することはできない。植物を育てるための土も、水も、太陽も、その種でさえ作り出すことはできないし、動物を狩るための弓矢を作る材料だって同じだ。この世にある全てのものは神の創造物であり、我々はそれを借りることによって生きている。この世には、一つだって自分のものはない。全てが神のものなんだよ。そして全ての存在は唯一であり、たった一度だけの存在なんだ。だから、どんなものでもこの世に生きるものは神聖であり、必要以上に侵してはならない。お前が躍起になって必要以上に命を奪えば、それは罪にしかならないんだ」
魔族の子であると知っているはずの僕に、何故オルシアがそんなことを言うのか理解できなかった。魔族には、本能的に神への反抗心がある。僕が不満げな顔をしていると、オルシアは柔らかに微笑して、僕の頭をそっと撫でた。
「お前も、俺もみんな同じなんだよ。今は分からないかもしれないけど、どんなものに生まれようと、神の愛は同じなんだ。最初から憎まれるために作られた存在なんて無い。だから、大事なのはどう生まれたかではなく、どう生きたのかにあるんだ。とはいっても、そう言う俺もあまり誇れる生き方はしてこなかったかもしれないけどな」
オルシアはそう言って自分の言葉を笑い飛ばしたが、僕はあまり笑う気にはなれなかった。普通の人とは異なった運命を背負ってしまったオルシア。こんな寂しい森の奥で、いつから一人で暮らしていたのだろうか。
「ねぇオルシア」
僕は思い切って訊ねてみた。
何度も飲み込んだ、その言葉を。
「オルシア、君の好きだった人って……どんな人だったの?」
一瞬、オルシアは全ての表情を消し、その紫の瞳でじっと僕を見つめた。僕は背筋が寒くなったが、刹那の後には、彼女はいつものように優しく皮肉げな笑みを浮かべていた。
「そうだなぁ……」
照れているようにも、煩わしく思っているようにも取れる、その声。
「顔も頭もそれほど良くはなかったし、優しさと筋肉だけが取り柄の男だったかな」
「え?」
僕が意外そうな顔をすると、オルシアは声を発てて笑った。そして川辺の石に腰掛けると、僕を膝に乗せて、話を続けた。




