【最終話】僕と魔法使い①
気がつけば、僕はただ一人、深い森の中を彷徨っていた。
いつからそうしているのか、何故こんなところにいるのか、何も分からない。
最初からそうだったのかもしれないし、今突然起こったことなのかもしれない。
不思議と、孤独感はなかった。
人の気配のない昏い森が、僕には何故かひどく懐かしく感じられた。
ふと、甘い薫りが漂ってきた。何ともなしに、その薫りに惹かれるようにして僕は森の奥へと進んでいった。
不意に、森が開けた。
そこには一面の花園が広がっていた。
その喩えようもなく、幻想的な空間。
青い宝石の様な蝶が優美に飛び交い、風は穏やかなのに何故か多くの花びらが宙に舞っていた。
その花園の中央にある白い石柱の前に、一つの影が立っていた。
何処か寂しげな、美しい後ろ姿。
風に揺れる漆黒のマントの上に、膝まではあるだろう長い黒髪が、淡い木漏れ日を弾いて流れている。
あまりに幻想的な光景に呆気に取られていた僕の存在に気付いたのだろう。影はゆっくりとこちらを振り返った。
僕と同じ、紫色の瞳。
怖いくらいに美しいのに不思議なほどに穏やかなその表情が、僕を釘づけにした。
「魔族の子か……?」
いつのまにか僕の目の前に立って、彼はそう訊ねた。
「どうしてこんな所にいる?」
「……わからない、気がついたらここにいたんだ」
「そうか。名は何という?」
「……マルファス」
僕が憶えていたのは、その名前だけだった。
いったいどこからきて、何処に行こうとしていたのか。
自分は果たして何者なのか。彼は僕を魔族の子と言ったが──正直、自分では何もわからない。
困惑していると、目の前の人は軽く頷いて、自分の名はオルシアだと名乗った。
「とりあえず、俺の家へくるといい。しばらくの間なら面倒を見てやるが……どうする?」
差し伸べられた手を、僕はためらわずに取った。
彼は少し笑って、僕の手を引いて歩きだした。
「ねぇオルシア、さっき何をしていたの?」
途中、僕は不意にそう訊ねた。先程の、あの何処か寂しげな様子が気になっていたからだ。
「そろそろ旅に出る時だと思ってね」
「旅?」
「ああ。でもその前に一つくらい、土産話を作るのもいいだろうな」
そういって微笑んだあの人の顔を、今でも僕は忘れられない。




