黒衣の天使③
「つきましたね」
霊園の門の前に辿り着いて、ルーシェが言った。
木々に囲まれた広大な霊園は、昼間は美しい森林公園らしいが、夜は酷く不気味で恐ろしくもある。警備の兵は事情を知っていたので、オレたちの訪問に帰って恐縮しているようすだった。オレたちはすぐに案内役の若い警備兵と共にカスミーロスの墓へと向かった。こんな時間だというのに、カラスの鳴き声が聞こえる。
「待て」
と、オレは小声で警告した。
大き目の植木に体を隠し、オレたちは様子をうかがった。
何やら小声で話す声がしている。
ずらせ、とか、掘り起こすとかいっているようだ。
まじかよ……と、内心カスミーロスの兄とやらに呆れつつ、オレは出ていくタイミングを計ろうとした。が、
「ッ……貴様ら、何をしている!!」
真っ先に、ルーシェが飛び出した。
慌ててオレと警備兵が続く。
幸い、まだ墓は無事で、6人の屈強な男と、1人の初老の男が立っていた。こいつがカスミーロスの兄だろう。
「あなたたちは……人間として恥ずかしいと思わないのですか?!こんな……なんて情けないッ」
激昂するルーシェに、初老の男はにやりと笑っていった。
「見られてしまっては仕方がない。カスミーロスの代わりに、ここには君たちを埋葬してあげるよ、坊や」
立ちこめる危険な空気に、真っ先に剣を抜いたのはルーシェではなく若い警備兵だった。
緊急事態を知らせる笛の音が、墓地いっぱいに響き渡った。
「ちっ」
その音に初老の男は一瞬怯んだが、
「殺れ、確実に息の根を止めるのだ!」
そう警護の男たちに命じて、自分は身を翻した。
「待て!」
オレたちは口をそろえて叫んだが、6人の男が行く手を阻む。
場所を知らせる信号と思われるリズムで、番兵はもう一度笛を吹き鳴らした。
「ここは私に任せて、奴を追ってください!」
警備兵が叫んだ。彼も見習騎士の一人なのだろうが、武器を携えた6人のプロを相手に、持ちこたえられるはずがない。
「ったく、このクソッたれどもが!!」
3対6。カスミーロスならばものともしなかった状況だろうが、そろそろいい年になったオレと、才能があるとはいえまだ未熟なルーシェ、そして見習い騎士と思われる警備兵では、少々苦戦を強いられる。
死んじまったやつのことくらい、ゆっくり眠らせてやってくれてもいいじゃないか。
せっかくの純白の墓標を、血に染めろって言うのかよ!
激しい怒りとやるせなさをおぼえたとき、誰も予測しなかった奇怪な現象が起こった。
「?!」
けたたましい声と共に、一斉に敵に襲い掛かったもの……それは、20羽になろうかというカラスの群れだった。巧みに攻撃をかわしながら、男どもの顔をめがけてしきりに攻撃を仕掛けている。
オレたちは一瞬わけがわからず呆然としていたが、オレははっとあることに思い当たった。
「ここはカラス様に任せよう。番兵さん、あんたは応援を呼んで、こいつらを捕獲してくれ。オレとルーシェは首謀者を追う」
「は!お気をつけて!」
敬礼する警備兵の笛の音を背に、オレたちは走り出した。
墓地の暗闇に男はすっかりまぎれて見えなくなっていたが、そう遠くへは行けていないはずだ。
「あのカラスは……父の呪いでしょうか?」
若干顔を強張らせ、ルーシェが言った。
「いや……まあ、呪いといえば呪いかも知れないが、オレの予想が正しければ……超強力な味方が登場したってところだな」
頭上で、一羽のカラスが鳴いた。
直感的に、俺はそいつが案内役であることを悟った。
「こっちだ!」
カラスの後を追い、オレたちは走った。月は雲に隠れ、星明りだけではたよりにならない。だが、真夜中の空にカラスの姿は、闇に紛れてしまうことなくはっきりとオレたちの目に映った。
「ぎゃッ!」
前方で、悲鳴が上がった。
茂みに隠れていた初老の男に、カラスが先制攻撃したのだ。
「ひ、ひぃ!」
情けない悲鳴を上げる男にオレは飛び掛り、一発思い切りぶん殴った。数メートル吹っ飛んで倒れた男は、切れた口元をぬぐいながら上体を起こした。案外タフな奴だ。
「うう……ばかな」
「観念しな。ひっとらえて監獄にぶち込んでやる」
「……ふん、そんなことをすればたちまち外交問題だぞ。それに、私はカスミーロスの兄だ。その私を罪人にすれば、カスミーロスの名に傷がつくのではないのかね?ククククク……」
あーあ、マジでそれをいうか。オレは今更ながら、家出決意した当時のカスミーロスに心底同情した。
「……だったら、ここで息の根を止めてやってもいいんだぜ、このクソジジイが。人1人を永久に行方不明にすることなんざ、簡単なことなんだよ」
溜息とともに剣を抜きかけたオレの手に、冷たいものがそっと触れた。
まるで氷のようなその感触。
相手が誰か、オレは見当がついていたはずなのにぞっとした。
まるで幽霊にでも触られたような気分だ。
「やめたまえ」
遥か高みから脳に直接響くような美しい声に、オレは振り返ることもできずに硬直した。




