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WITH THE WIND  作者: レエ
本編
52/66

黒衣の天使①

 その日の気分は、おそらく人生の中で最も最悪だった。

 強く握り締めたあまり、くしゃくしゃになってしまった手紙。

 いつかこんな日もくるかもしれないと、思わなかったわけではなかったはずだ。そう、もしこの日が来たら、そのときこそオレは誰よりも強く冷静でいようと心に決めていたはずだった。どんなに悲しくても、オレがオルシアを支えてやるのだと、オレにはそれができると信じて疑わなかった。

 けれども情けないことに、さっきから涙が溢れて止まらない。

 人目を気にする余裕もなく泣きながら家に帰ってきたオレに、オルシアは血相を変えて走りよってきた。できれば、この手紙はオルシアには見せたくなかった。オレでさえこんな状態なのに、彼女にその内容が耐えられるとは思えないからだ。

 しかし、隠すわけにも行かず、無言で差し出された手紙を引っ手繰るようにオルシアはとり、そしてすぐに蒼白になった。

 カスミーロスが死んだ。

 あまりにも唐突で残酷な告知。

 悲しみと、悔しさと……それとは裏腹に、心の中に溢れるように蘇ってくる、楽しかった懐かしい日々。だが、それらはあっという間に通り過ぎ、どうしようもない慟哭がオレの心を埋め尽くした。やり場のない思いに、オレはテーブルに拳を叩きつけて号泣した。

 生涯最高の友だった男が逝ってしまった。

 人はいつか皆死ぬもの……そう思うには、若すぎる。

 まだ、早すぎるのに。

 まだまだあいつには、見なけりゃならないものがたくさんあったはずなのに。

「ちくしょう……!なんでだよ、なんで……」

 叩き壊してしまいそうな勢いでテーブルに打ち付けた拳に、オルシアの手がそっと触れた。

 その優しい感触に、オレはふと我に帰って彼女を見た。

 きっと、我を忘れて取り乱すに違いないと思っていたオルシアは、目にいっぱいの涙をためながら、それでも必死に何かを堪えようとしていた。

 急に体の力が抜け、膝をついてしまったオレを、オルシアは子供をあやすかのようにそっと抱きしめた。

 それからしばらく、オレたちはそのまま声も上げずに泣いた。

 高かった陽も沈み、涙も枯れ果てるころには、二人とも心にぽっかり穴があいたかのように放心状態になっていた。

 こんな内容の手紙でなければ、手紙の差出人の名はそれだけでオレたちの心を暖かくできる……そんな相手のものだった。

 ルーシェ。馴染み深いその名は、カスミーロスの大切な一人息子のものである。最後に会ったのはもう5年も前になるだろうか。柔らかい金色の髪とアイスブルーの瞳を持つ美しい少年で、父親譲りの剣の才能をもちながらも、自分は楽師になるのだと音楽学校に通っていた。ユリューサと共に暮らすようになった国で、カスミーロスは稀代の勇者として丁重に迎え入れられ、その国で新たに爵位を賜り、国王に仕え孤児たちを正規の国王軍に育て上げる任を受けていた。我々のような一介の冒険者がたどり着いた先としては、最高の道だったろう。堅苦しい貴族の世界を嫌ったカスミーロスだったが、気さくで自由主義な若き国王と意気投合したらしく、少なくともオレが見た限りでは幸せそうに暮らしていた。

 手紙の出された日付をみると葬式はもうすんでいるようだが、是非墓参りに来て欲しい旨と、少々厄介な問題が起きているので助けて欲しいという内容が書かれていた。

「ユリューサが心配だな。明日早速出発しよう」

「そうだな」

 オルシアの言葉に、オレは頷いて立ち上がった。 

「今日はもう、寝ることにしよう」

 カスミーロスの住む国まで、ここからだと馬を飛ばしても最低1週間はかかる。手紙の中に厄介事の詳細まではかかれていなかったが、急ぐにこしたことはないだろう。カスミーロスを失ったユリューサの悲しみは計り知れないし、いくら優秀な少年とはいえルーシェはまだ15歳。偉大すぎる父を失い、悲しみにくれる母を支えながら難題を抱えていては、彼まで参ってしまうかもしれない。

「なあ、ミド……」

 意外なほど冷静に見えたオルシアが、寝室に向かおうとしたオレの服の端をつかんだ。

「オルシア……」

 不安げな眼差しのまま俯いている彼女を、オレはそっと抱きしめた。 

 オルシアの中では、まだあまりカスミーロスが死んだ実感が現実的では無いのかもしれない。

 だが、彼女の悲しみが、単純にオレのそれと同じでは無いことは、容易に察しがついた。

「……大丈夫、オレはまだまだ、傍にいるよ」

 オレの胸に顔を埋めて、必死にしがみついてくるオルシアの震える肩が切なかった。

 いつかはオレも、彼女にこんな思いを……自惚れでなければ多分もっと深い悲しみを与えてしまうときが来る。

 絶対に幸せにしてみせると誓ったが、今までオレは彼女のためにどれほどのことができただろう?月日は、こんなにもあっという間に流れていってしまうというのに……。

 その夜は、あまりよく眠れなかった。

 泣き疲れたように眠るオルシアの髪を撫でながら、オレはずっと、遠い日に追った夢を思い返していた。

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