Happy Birthday Orthia⑥
ただでさえ旅帰りだったところに午後からの作業で、オレはすっかり汗と土にまみれ最悪の状態だった。まあ、オルシアとはずっと冒険を共にしてきた仲だし、オレも彼女もそんなことは気にしちゃいなかったが。
早々に風呂の用意が整ったので、オレは早速浸かりに行った。ホッとする、この一時。ああ、帰って来たんだなあと、なんだかしみじみと実感してしまう。
花の香りのする石鹸はオルシアが選んだものだ。男装生活が長かったせいか、未だに言葉遣いや仕草に妙な男らしさみたいなものが残っているけど、こういうふとしたところにやっぱり女なんだなあと感じさせる可愛らしさがあって、なんだか余計に照れくさい。
からっきしだった料理も、飲みこみの早いオルシアはこの半年やそこらのうちにすっかりマスターしてしまった。といってもまだ時々、大失敗もあるけど。
ああ……そういえば髪が伸びたな。今度少し切らないと。
無造作に肩に掛かる赤茶けた髪を横目に、オレはそんなことを考えた。無精鬚も伸びている。このままじゃ完璧に野人だ。上がる前に剃ろう。
やっぱオルシアとオレじゃ、全く釣り合いがとれないっていうか、半分ギャグだよなぁ……。あー、せめてもう少し、いい男に生まれたかったもんだぜ。金髪で青い目で、明るい日差しと爽やかな風が似合うようなさ……いや、やっぱ気持ち悪いか、そりゃ。
ゆっくり温まってから、オレは風呂を上がった。用意されていたタオルは柔らかく、乾したばかりのような香りがする。
ゆったりした室内着を着て居間に戻ったオレは、予想もしなかった光景に、一瞬、何が起こったのかわからなかった。
隅々まで綺麗に飾りつけたれた部屋。子供の誕生会にするように、壁には「お誕生日おめでとう」の文字があった。木のテーブルには白いレースのテーブルクロスが掛かり、中央に置かれたケーキに、蝋燭が揺れている。いつのまに作り方を憶えたのだろう、初めて見る豪勢な食事と、綺麗に磨かれた食器。
オレが風呂に入っていたのはせいぜい30分くらいだ。その間に、オルシアはこんな準備を……?
「ま、幻じゃ、ないよな?」
オレは思わずそんなことを訊ねてしまった。
「さっき帰って来た時はなにも、こんな……」
「準備はしてあったんだよ。さっきまで見ていたのが幻影、こっちが本物だ。お前が風呂に入ってる間にやったことは、食器を並べたことと、料理を温めたことだけだよ」
おかしそうに笑う、オルシア。
「ごたごたしてる中で見たら、せっかくの感動が薄れるだろ?だから……最初にお前が帰って来た時、すぐにドアを開けないで、部屋に魔法をかけたんだよ」
「……」
「感動した?」
無邪気な、オルシアの声。
どうしてお前はいつも……そうやっていとも簡単に、オレの心を限りない感動で満たすことができるのか。どうしてなんの計算もなしに……オレの心を捉えて離さないのか。
「な…なんだよ、泣くなよ」
そう言われて、オレは初めて自分が涙をこぼしていることに気づいた。
「感動してくれるのは嬉しいけど……そこまでされるとちょっと引くかな」
「オルシア……」
「ん?」
「オレはてっきり、お前は忙しくて、オレの誕生日が今日だなんて憶えていないんだと……それでもしかたない、祝ってもらおうなんて、思っていなかったのに、こんな……」
「誕生日に帰宅が間に合ってよかったな。忘れるはずないだろう?お前がこの世に生まれてくれたその日を」
「オルシア」
オレは、力強く彼女を抱きしめた。それから慌てて力を抜き、柔らかな唇に、そっと感謝のくちづけをした。
「嬉しいよ。なんか……子供の頃を思い出すな。こうやって暖かく誕生日を祝ってもらうことって、もうずっとなかったから」
「誕生日の祝いかたなんて、よくわからなかったからこれでいいのか知らないけど……去年マノットさんちの子供の誕生会に行ったとき、確かこんなふうにしてたと思って。とにかく、おめでとう。さ、早く食事にしよう。座れよ」
「……ああ」
席につくと、オルシアは楽しそうにシャンパンを開け、二人のグラスに注いだ。
「乾杯!」
チン……とグラスを合わせ、口に運ぶ。いい味だ。
「で、いくつになったんだっけ?」
「36。もういいオジサンだな」
そう答えて、オレは苦笑する。まったく……オレばっかりさっさと歳をとって……
そうだ……オレばっかり、先に歳をとって……。
「36か。まだまだ若造だな」
オルシアの言葉に、オレはとっさにかえす言葉が見つからなかった。
オレが歳をとっていっても、オルシアの時はずっと止まったままなのだ。若く美しい時のまま……彼女はあとどのくらい、長い時を生きていくのだろう。
「変なこと、聞いてもいいか?」
「ん……なに?」
「お前……オレの誕生日祝って、本当に楽しかったのか?」
「ああ……」
オルシアは、オレの言葉に曖昧に苦笑し、それから軽く目を伏せて、グラスを置いた。
「お前が歳をとっていくことは、私にはやっぱり……それなりの恐れや不安もあるよ。でも、お前はそう簡単にくたばりはしないだろ?90まででも、100まででも、生きてくれるだろう?私に……覚悟するだけの時間はくれるだろう?」
「オルシア……」
「楽しいことは、楽しんだ方がいいんだ」
楽しめるうちに。
そう、オルシアは言いたかったのだろう。
「殺したって死ななそうなくせに、明日にでも死んじまうみたいなことを言うんじゃない」
「ああ……そうだよな、ごめん」
「私は……自分の誕生日など、もうとっくに忘れてしまったもの。ま、どうせ祝ったってあんまり意味ないしな。だからせめてお前の誕生日くらい、祝わせてくれてもいいだろう?」
明るく笑う、オルシアの声。そうだ、こいつには、オレみたいに懐かしく思えるような過去のぬくもりも、何もなかったのに。
こいつが笑っているのに、どうしてオレがへこんでるんだ。
情けないじゃないか……オレ。
「これ……美味いな。いつのまに作り方憶えたんだ?」
オレは話題を変えることにした。
「ああ、それ?嵐でみんなの家が吹っ飛んだおかげで、ウチにいい教師が泊まり込んでてくれたからな。その間に教わったんだ。最初はもう……食べられたもんじゃなかったけど、お前の帰還が遅れたおかげで、なんとか形にできたんだ」
心底嬉しそうに、自慢げにオルシアが語る。強いやつだと思った。彼女は何もかも眩しくて……オレはずっと、尊敬のし通しだった。




