Happy Birthday Orthia③
マノットさんの家は、ウチからは西に二軒目。優しい老夫婦と、亡くなった娘さんの残した子供が二人。どちらも男の子で、八歳と六歳だ。
行ってみると、倒れた木の直撃を受けて半壊した建物の周りで、子供たちははしゃぎながら庭掃き用のホウキを振りまわしていた。この年頃の子供たちには、物珍しい出来事はなんでも面白く思えるのだろう。
近所の人たちも総出で修理にとり掛かっているらしく、みんなそれぞれにオレに向かって声をかけたり手を振ったりしたが、作業を休む気配はない。
「あらミルドレーン、今お帰り?」
家の中から、壊れた食器のようなものを持って、マノット夫人が出てきた。人当たりのよい優しい老婆に、何故このような悲劇が訪れなくてはならないのか。
「ああ。大変だったみたいだな」
オレは家の惨状を眺めながらそう応えた。この分じゃ復旧にあと一週間は掛かりそうだ。
だがマノット夫人は相変わらず品のよい笑みを崩すことなく、壊れた食器を庭の隅にまとめて置くと、オレのほうに向って歩いてきた。
「あんたが仕事に行った翌々日だったかしらね。こっちはひどい嵐で……それだけならこんなことにはならなかったんでしょうけど、運悪くこの辺を竜巻が通ってね……。まあ、規模は小さなモンだったんだけど、あたしの家は直撃を受けてしまって、こんなありさまなのよ」
「……」
「どの家も、窓ガラスは割れて中はメチャメチャ。半壊とまで行かなくても、みんな壁が剥がれたりしたわ。本当に……オルシアがいてくれなかったら、あたしらは運がよくても大怪我を、そうでなければ死んでいたところよ」
「オルシアが……?」
「嵐の晩ね、この近所全員の家に、あの子がやってきたのよ。やってきたといっても、正確には彼女の幻影だったのだけれど。もうすぐ竜巻がここを通りそうだから、大事なものだけ持って、急いで全員家に来るようにってね。
嵐の中飛び出していくのも大変だったけれど、幸い避難しろといっても御近所さんだし、あたしたちはみんな、彼女の言葉にしたがったわ。彼女は不思議な力をもっているし、確信のない事を言って、みんなを困らせたりするような人じゃないもの。
それで全員があんたの家に避難したわ。オルシア、自分は防御とか回復とかの魔法は専門外だから、自然の力の前では、家一軒護り通すのが精一杯だって……それなら、やっぱり自分にとって一番大切なこの家を守るって……みんなの家を平等に守れなくてすまないといったわ。でもね、あたしらはみんな彼女に、自分と……一番大切な人の命を護ってもらうんだもの、感謝してもしきれないじゃない。でもバカ正直にそういう断りを入れるのが、彼女らしいところだわねえ」
「それでウチだけ、無事だったのか……」
確かに彼女の力は魔物から受け継いだ闇の力だ。彼女が得意とする魔法は、攻撃と幻惑。回復や防御は相反する力であるため、苦手らしい。
だから家だけが無事で、庭はメチャメチャだったんだ。
どれだけ大変な思いをして、あの家を守ったのだろう。
「……嵐は無事やり過ごしたけど、よっぽど無理していたのね、オルシア、そのまま意識を失って倒れてしまって……あたしたち、とても心配したわ。翌日、あたしはオルシアの看病を、皆は自分の家の様子を見に行って、そして憔悴して帰って来た。なんだかんだ言っても家が壊れればショックよねェ。みんな、途方にくれた様子で……。オルシアが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだったわ。あたしたちが皆彼女の周りに集まって途方にくれてるのを見ると、彼女さっさと起き上がってね。一番被害の軽い家から順番に、全員で直すと言ったわ。あたしたちが止めるのも聞かずにさっさと外に出ていって、もう勝手に、この家から……って決めて、作業に取り掛かり始めたの。あっけにとられてるあたしたちを見てね、彼女はこう言ったわ。
〝ミドが帰ってくるまでに、できるだけ全員に帰宅してもらいたい。新婚家庭にいつまでも居座られては迷惑だからな。家が直ったものから帰ってくれ〟
「もうまったく……あの子らしい、ストレートな言葉にね、あたしたちは一瞬あっけに取られ、そのあと腹を抱えて笑ったわ。それでみんな気が楽になって、俄然はりきって家の修理にとりかかったのよ」
……あいつ、そんなことを。
オレは悪いなと思いながらも、口元が緩むのを押さえることができなかった。
ホント、面白いというか……カワイイ奴。
「それで、最後に残ったのがあたしの家なの」
マノット夫人は、そう言って自分の家を振りかえった。思い出深い自分の家が、こんなふうになってしまったときの気持ちと言うのは……きっと他人には、計り知れないものがあるだろう。
「まあ、元気出してくれ。オレが帰って来たからには、百人力だ。元通りに復元してやるよ」
「ふふふ、ありがとうミルドレーン。あんたといいオルシアといい……いい隣人に恵まれたことに感謝するわ」
「それはオレたちにしてみても同じさ。大好きな人たちだったから、オルシアは助けたんだ」
「まあ。でも本当にあんたは幸せ者よ。よくあんなにいい子の心を射とめたわね。顔も性格もいいこなんて、他にはそういないわよ」
「運がよかったんだよ」
オレは苦笑しながら、そう応えた。自分でも、まだ時々夢なんじゃないかと思うことがある。こんな、顔も頭も人並み以下の、ただ力任せに戦うことしか脳のないガサツな男が、あんな奇跡みたいな人を、手に入れることができたなんて。
「さ、そろそろ仕事をはじめるかな。あいつが来た時まだ何もしないでお喋りなんてしてたら、それこそ本当に雷を落とされかねねェし」
なんとなく照れくさくなって、オレはそういって大げさに肩を回して、マノット夫人の傍を離れた。
「ここはオレがやるよ。あんたはマノット夫人を手伝ってやってくれ」
崩れた壁の残骸を、重そうに運んでいる向かいの奥さんに声をかけ、オレは両手に一つずつレンガの塊を担ぎ上げた。
「はあ、あんたは本当に力持ちねえ。これで作業が、ずっと捗りそうだわ」
彼女はそう笑って、マノット夫人のもとへ駆けて行った。




