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WITH THE WIND  作者: レエ
本編
42/66

Happy Birthday Orthia①

 半月ぶりの都は、相変わらず平和で……いつもなら多少煩わしく思える賑やかな人ごみも、なんだか全てが愛しく感じられた。

 今回の仕事は、辺境の村を襲ったモンスターの群れを討伐するというものだった。敵はいわゆるザコの部類で、オレは駆け出しの冒険者の援護について行っただけ。簡単な仕事のはずだったのに、悪天候と些細なトラブルが重なり予定よりも一週間も帰還が遅れてしまった。

 ただでさえ短気なあいつのことだから、きっと今ごろブチ切れているのに違いない。

 そう思うと、ふと笑いがこみ上げてきた。

 出発の時だって、一緒に行くって駄々をこねていたモンなあ……。

 こいつは、傷の一つや二つ覚悟せにゃならんかも。

 今回の仕事仲間たちに別れを告げ、オレは雑踏に紛れていった。活気あふれる市場の一角に小さな花屋を見つけて、オレはフラリとその店に立ち寄った。

 そうだこの花……なんていったっけ。

 あいつの故郷には、春になるとこれがたくさん咲いて……窓からの眺めが綺麗だったと言ってたな。

「いらっしゃいませ」

 花売りの娘が、満面の笑みでオレを迎える。営業用でもあるんだろうが、もしかしたらオレみたいな奴が花屋の前に突っ立っているのがおかしかったのかもしれない。メガネの似合う、なかなかカワイイ……純情そうな娘だった。

「ああ、その紫の小さい花……全部」

 あいつの瞳と、同じ色の花をオレは指す。

「全部?……ははぁん、恋人へのプレゼントですか?」

 少女が、からかうように尋ねた。

 オレは照れくささに頭を掻いて、

「妻に」

 と答えた。

「仕事で遠くまで行ってて……会うのは半月ぶりなんだ」

「まあ」

「予定より帰宅が遅れちまったから……土産の一つも買って行かないと怖いだろ?」

「ふふふ。じゃあ、とびっきり綺麗に束ねてあげますね」

 そうして出来あがった小さな花束は、いかにも可愛らしい少女趣味なもので、オレみたいな無骨な戦士が携えるには、なんだか不似合い過ぎる気もしたが……

「ありがとう」

 オレは少女に金を渡し──それにしても花ってのは結構高いもんだな──その場を後にした。

「またどうぞ!」

 少女の明るい声が背中にあたり、オレは恥かしさに苦笑しながら振りかえり、ぺこりと頭を下げた。

 いい匂いのする花だな。

 そういえばあいつの髪もこんな風にいい香りが……っと、何考えてるんだ、オレ。

 これで機嫌、直してくれるといいんだけど。



 オレの家は、大通りを抜け裏道をさらに奥に行った街外れにあった。この辺は静かで人通りも少なく、大分のんびりとしている。

 二階建ての、小さくも大きくもない家。

 近所に家はウチを含めてやっと5軒。おかげでみんな、家族ぐるみの付き合いだ。

 真向いは小さな公園で、他は森と林ばかり。木立ちの中をしばらく歩くと、そこには美しい小川の流れがあった。

 傭兵時代から釣りが趣味だったオレは、暇ができるといつでもあいつを連れて川に行く。

 はじめの頃、あいつは絶望的に釣りのセンスがなくて……たかが魚一匹捕まえるのに、なんでそんなに苦労しなくてはいけないのかといつも怒っていたっけ。川に雷の一つでも落とせばいくらでも浮かび上がってくるなんて、とんでもない発言もあったな。ハハハ。

 オレばかりが釣ってて面白くなかったのか、ミミズを飲み込んだばかりの魚なんて食べたくないといって、駄々をこねていたあいつも可愛かったけど……初めて自力で魚を吊り上げた時の、あの無邪気にはしゃぐ様子は、今でも目を閉じれば鮮明に蘇ってくる大切な思い出だ。あんなに文句ばかり言っていたくせに、たった一匹吊り上げた魚をオレに見せびらかして、それが一番大きいと言い張っていたな。

 それからは、釣りは二人の共通の趣味になって……

 そんなことを思い出しながら歩いていると、オレはふとその帰り道の様相が、以前とはどこか異なっていることに気づいた。

 何日か前に雨が降ったのだろう。土の道は乾いていたが、泥濘にはまったような足跡がいくつか残っていた。

 よく見ると地面には折れた木々の枝を片付けたような形跡もあり、小枝や葉が散乱している。

 嵐が通った跡……?

 それはオレが仕事先で出会ったものよりも、ずっと激しかったのだろう。

 なんてこった……!

 その瞬間、オレは走り出していた。

 あいつのことだから、無事だろうとは思うけど……きっと一人で大変な思いをしたのに違いない。

 進めば進むほど、嵐の跡は凄まじいものとなっていた。落雷のためか真っ二つに割れた黒こげの木。どこから飛んできたのかもわからない看板の残骸。

 この分じゃあいつは無事でも、家は相当ひどいことになっているだろう。

 小道を抜けて、最初の家がオレたちの家だった。

 息を切らしてかけつけたオレは、まず庭の惨状に驚き、次いでその惨状の中で、しかしほとんどダメージも見せずに静かに佇んでいる我が家を見て心底ホッとした。

 だが、肝心なのは家がどうのなんてことじゃない。

 壊れた花壇のレンガや柵を一跨ぎし、オレは急いで玄関へ向った。扉を開けようとしたが、カギが掛かっている。

 舌打ちして、オレはドンドンと扉をノックした。

「オルシア!」

 呼びかけても、返事がない。

 オレは力任せに、これでもかというくらい扉を叩いた。

「オルシア、オレだ!いないのか?!」

 出かけているのかもしれない……と、冷静なことを考えている余裕はなかった。彼女の身に何かあったら……オレはあの日、彼女を置いて出発したことを、永遠に後悔しなければならないだろう。

「オルシア!!」

 気ばかりが焦り、いっそドアをブチ破ろうかと思ったその時だった。

 中から誰かが、玄関への方へと近づいてくる音がする。

 が……。

「うるさいッ、後にしろ!一眠りしてから行くといったろう!」

 思いきり不機嫌な声が、オレの耳に届いた。

 久しぶりに聞く愛しい人の声に、オレは思わず顔が緩むのを感じた。

 しかし……

「バカ、何言ってるんだオルシア、オレだよ!」

 どうやら寝ぼけているらしい妻に向って、オレは叫ぶ。

「遅れて悪かった。開けてくれよ」

 まだよくわかっていないのか、しばらくの沈黙の後、ようやく、

「ミド……?」

 と訊ねる、オルシアの声。

「そうだよ」

 答えると、ようやくカギの外れる音が響き、中から彼女が現れた。オレはなんだか緊張して、思わず買ってきた花束を背中に隠す。

「ミド……あー、すまない。ちょっとウトウトしてたものだから」

「そんなこと、いいんだ。ただいま、オルシア……無事でよかった」

 心のそこからそう言うと、しかしオルシアは相変わらず不機嫌なままで、

「それは私のセリフだ。ずいぶん遅かったな」

 と言った。

「ごめん、嵐が……」

「わかってるよ。帰りが遅いから、一昨日ギルドに怒鳴り込みに行って来たんだ」

「怒鳴り込みに?」

「お前がなかなか帰ってこないから、援軍か捜索隊でも送ってくれって」

 アクティブというかなんというか……その突拍子もないところが大好きだよ。一昨日って言ったら……まだ帰還予定日の翌日じゃないか。

「心配してくれたんだ?」

 思わず笑ってしまったが、彼女はいたって真面目な顔つきで、

「当たり前だろ」

 と言った。そう言われてもちろん悪い気などしないけど、もしかしてオレって、相当よわっちい奴だと思われてるのか?

 オルシアは続けた。

「そうしたら、なんかそっちも大雨で動きがとれずに仕事が遅れてるって話だったから……。気づいただろ?こっちも嵐でひどかったんだ」

「ああ……」

「ま、ちょうどいいところに帰ってきてくれたな。とにかく……お帰り、ミルドレーン」

 そう言って、オルシアはようやく笑顔でオレを迎えてくれた。

 ああ、なんて綺麗な人なんだろうね……君は。

「ただいま。会いたかったよ」

 オレはそう応えて、久々の我が家に、足を踏み入れた。

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