花まつり①
ふと、故郷の村へ帰りたいと思った。
あの日……戦争に巻き込まれて何もかも失ってしまってから、一度も戻ることのなかったその場所。
辛い記憶が鮮明すぎて、振り返ることができなかった懐かしい場所。
それなのに、この頃何故か幸せだったころのことばかりを思い出してしまう。
優しかった両親や、共に遊んだ友人たちは、復讐心に駆られて村を飛び出したきり戻らないオレのことをどう思っているだろうか。
結局、復讐なんてできなかった。
そもそも敵がどこの誰なのかも、まだ子供だったオレにはよくわかっていなかったのだ。
まだ人通りのまばらな早朝の街をオルシアと歩く。ふと石畳の隙間に、見覚えのある白い花を見つけた。
昔、母がこの花を使って、アクセサリーを作っていたっけ……と、また懐かしい気持ちをふと覚える。
帰って来いって、ことなのかな?
朝焼けを映し輝く遠くの雲を見上げながら、オレは思った。
「なあ、オルシア。一つ頼みがあるんだが……」
少し頭を傾けて、オルシアは紫色の瞳をオレに向ける。
子供っぽい無邪気さと大人びた妖艶さを併せ持つ美しい相棒は、魔法使い然とした鍔の広い帽子と黒いローブのベルトに、何がいいのかさっぱりわからない飾りや人形やらをぶら下げまくった珍妙な格好をしていた。何故こんな出で立ちになってしまったのか、彼女とのこれまでの旅を思い出してオレは笑ってしまったが、こんな格好が妙にしっくりくるのも彼女の魅力の一つだ。
「ここからだと、少し遠いんだけどさ。オレの故郷へ行ってみないか?」
そういうと、オルシアは少し驚いた顔をした。
「お前の故郷……?」
無理もない。オレの生まれた村がもうとっくに滅んでしまったことは、彼女も知っているのだから。
行ったところで、そこには何も残っていないかもしれない。
少しずつ薄れてきた傷が、また開いてしまうかもしれない。
オレの不安な心を察したのかどうかはわからないが、オルシアは曇りのない明るい笑顔で力強く言った。
「よし行こう!今から!」
そうと決まれば、早く宿に戻って準備をしないとな。と、オルシアはオレの手を握って走り出した。
流石に今すぐ出発しようとは思っていなかったが、思い立ったが吉日というやつなのかもしれない。
どこまでも真っ直ぐな彼女の笑顔に救われる。
それは本当に幸せな気持ちで、何故かそうであればあるほど、強く郷愁にかられるのだった。
故郷を目指し旅に出てから早一年。季節は一巡して再び初夏となっていた。
ここへ戻ってくる間にも、いくつもの出会いと別れがあった。
時には野宿をしながら、訪れる先々で珍しいものを見つけては喜び笑い合い、ようやく戻ってきた古里。
白爪草の咲き乱れるこの丘を越えると、その場所はある。
夢に見た懐かしい場所まであと一歩のところまできて、オレは馬を止めた。
「どうした?」
少し後ろからついてきていたオルシアが、不思議そうに声をかける。
「いや、今までずいぶん遠くへ行ってたんだなと思ってな……」
あの日の地獄のような光景が嘘みたいな、白と緑の美しい丘。
ずっと幸せな日が続くと信じていた、幼い日の自分。
この丘を越えても、そこにはやっぱり何もないかもしれない。
それを確かめるのが怖くて、思わず立ち止まってしまったのだろう。
とんだ臆病者だなと苦笑していると、オルシアがオレの隣まで馬を進めてきた。
「きれいな場所だな」
と、オルシアは言った。
「風がとても爽やかで、空がすごく遠くにあるみたいだ。いろんな景色を今まで見てきたけど、その中でも特に好きだな」
まるで世界の真ん中にいるみたいだ。と、開放感を楽しむようにオルシアは大きく息を吸った。
ふと、吹き抜けた風の中に鐘の音が聞こえて、オレたちは顔を見合わせた。
どちらからともなく、馬を走らせる。競うように駆け上がった丘の上から見えたのは、オレの不安をすべて吹き飛ばすような光景だった。
どこまでも続くような、色彩の海。
赤、薄紅、黄色、オレンジ、紫、白、青……いったい何種類の花があるのだろう。
予期せぬ一面の花畑に、オレたちはしばらく圧倒されたままその場を動くことができなかった。
吹き抜ける風と、甘い香り。
小さな村を囲むように、さまざまな色の花があたり一帯に咲き乱れている。
村の中央に、小さな白い教会。人家は少ないが、確かに見覚えのあるその配置。
「すごい……」
オルシアが隣でそう声を漏らした。
思わず目頭を押さえる俺の背を叩き、彼女は言った。
「行こう」
声を出せずにただ頷き、馬を進める。
村の入り口の看板には"新クローベル村"とあった。
クローベル村。
ずっと思い出すこともできなかったが、確かにオレの生まれた村はそんな名前だった。
看板を見つめたまま動けなくなってしまったオレたちに、一人の少年が話しかけてきた。
「旅の方ですか?」
手には花がいっぱいに入った籠を持っている。
「ああ、これは……花まつりに使うんですよ」
少年はそう言って、恥ずかしそうに笑った。
毎年花が一番美しく咲くこの時期、村人たちは愛する人や家族に花を送りあい、また自らを花で飾って、神に平和を祈るのだという。
男性は好きな女性に花冠を作って送り、女性がそれをかぶってくれたら一緒にダンスをする権利を得られるという風習があるため、念入りに花を選んでいたのだと少年はそう言って頭を掻いた。
「昔、この村は戦争で踏み荒らされ一度滅んでしまったそうなんです。僕の父はその時偶然村を離れていて生き延びたそうで……二度とこの村が蹂躙されることがないようにと祈りを込めて、花を育て始めたそうなんです」
少年の言葉に、オレは目を見開いた。
この村の生き残りが、この少年の父親……だとしたら、オレのことを覚えてくれているかもしれない。
「なあ、君の親父さんに、オレを紹介してくれないか?オレは23年前までこの村に住んでいた、ミルドレーンというものだ」
オレの言葉は、少年にとっても驚きだったらしい。
何度か大きく頷いて、それから嬉しそうに手招きしながら走り出した。




