新しい日②
「ギルドに行こうかと思うんだが、どうする?とりあえず、収入がないと困るし、適当な依頼を受けてこようかと思うんだが」
オレたちはカスミーロスと分かれるとき、所持金のほとんどを彼のもとに置いてきてしまっていた。
これからカスミーロスがどうやって生きていくのかはまだ分からないが、あの様子だと少なくともしばらくはギルドの仕事をすることはないだろう。そう思って、オレたちは必要最低限な金だけを持って、残りは全てこっそり彼の荷物に忍ばせて来たのだ。
仕事なしでも一週間~十日くらいはやっていけそうだが、その先を生きていく金はない。ならば騒ぎが広まる前に、一つか二つくらい簡単な仕事を受けておいたほうがいいだろう。
そういったオレに、オルシアは少し困ったように考えて、それから
「やっぱり行かない」
といった。少し寂しい感じもするが、今はそれがいいかもしれない。
「一人で寂しくなったら、下に降りて女将さんとでも話してろよ」
「ああ……もう大丈夫だよ」
オルシアは少し恥ずかしそうに苦笑して、オレを見送った。とりあえず、ちゃんと戻ってくると信じてもらえているだけでよしとしなければならないだろう。
傷心のオルシアに、あまり殺しの多い仕事をさせるのも考えものだったので、オレは新米ギルド員が受けるような行商人のボディガードと、エルフの村への届け物の依頼を受けてきた。行商人が通るルートはエルフの村に行くついでに通れるルートなので問題ないし、何より移動距離が多ければそれだけで多少は気晴らしにもなるはずだ。
もっとも、報酬はカスミーロスがいたときの仕事と比べたらほんのはした金みたいなものだったが。
依頼を受けて帰る途中、手作りのぬいぐるみを売っている店を見つけた。
もしかしたら、オルシアはもうこういうものはねだらないかもしれない……と、オレは思ったが、なんとなくふらりとその店を覗きに行ってみる。店……といっても、そう大した規模の店ではない。主人兼製作者と、せいぜいバイトが一人いるくらいの小さな店だ。商品の大半は店の外の台に並べられている。
はっきりいって、こんな無骨ななりをしたデカイ男が……いい年こいてこんな店の前にいる姿は異常だ。
ふと見下ろした売り子の女性と目があって、オレは慌ててそっぽを向いた。
馬鹿かオレは。さっさとその場を離れようかと思ったオレに、話し掛けてきたのはその売り子の女性だった。なんだか自身も人形みたいな子供っぽい格好の女だが、実年齢不詳……案外、オレと大して変わらない歳かもしれない。正直、こういうタイプは苦手だ。
「あのー」
「……」
「プレゼントですか?」
「え?ああ……そ、そうだ」
一体何をどもっているのか。これではまるで否定しているみたいじゃねーか。
「娘さんに?」
そんなものいねーよ!!
と、オレは怒鳴ってやりたかったが、ニコニコと嬉しそうに尋ねる女にそんなことをいえるはずもないし、第一ここはそういうことにしておいたほうがいいかもしれない。
「いくつくらいのお嬢さんですかぁ?赤ちゃんだったらこんなのとか……」
「いや、赤ちゃんじゃねぇ。そうだな……思春期に入りましたってくらいかな」
まさか三百ン十歳だとは言えないし、そう間違ったことは言っていないだろう。
「えー、そんな大きな娘さんがいるようには見えないですぅ。若いパパなんですね~。思春期の娘にプレゼントなんて仲良しでうらやましいな♪それとも喧嘩してご機嫌取りとか?」
「ん……まあ、そんなもんだ」
「パパ似?」
「イヤ、全然」
「ママ似ですか~。へ~」
いっそもう逃げてしまいたい気分だったが、こうなっては逃げるに逃げられない。ここは覚悟を決めて、さっさとなにか適当に買ってさよならしたほうがよさそうだ。
「大きさはどのくらいがいいですか?」
「寝るときに抱いて寝られそうなやつ」
両手で抱えるようなしぐさ付きできっぱり即答してから、しまったと思った。なんだかオレが抱いて寝るみたいだったかもしれん。
「大きいのがいいんですね。じゃあ、この女の子の人形なんか……」
「いや、人間型じゃないほうがいいな」
「じゃあ、うさちゃんとかクマちゃんとかがいですか?」
「いや……う~ん、なんと言うか、変なものが好きなんだよな。フツーの女の子はまず選ばないだろて感じのやつが」
「じゃあ、この大ミミズくんとか?抱き枕にしてもいい形ですけど」
「……」
気が遠くなりかけるのをこらえて、オレは一通りぬいぐるみを見回した。
ふつうの人間の子供をかたどったものから、動物型、モンスター型、魚型、野菜型など、いろいろな形のものがある。
一体何がいいんだ……。
見ればえだまめくんも結構可愛いような気がする。しかし、それではあんまりだ。
「じゃあ、これはどうですか?」
少女が取り出したのは、クリーム色の謎の物体。
形はバナナのようにも、間延びしたナスのようにも見えるいびつな半月形だが、やけに睫の濃い閉ざされた目と、くの字型の鼻と、もの欲しそうな感じの口がついている。しかも、手がないのに何故かひも状の足は生えていた。一歩間違えればムカツクような、しかしなんともいえない形状の物体。
「……なにそれ?」
「お月様ですぅ」
月……!?
これが……!?
どう見たって恐怖のバナナ怪人だろ。
だが、直感的にコレダ!と思ってしまったオレはどうかしているのだろうか。
「……それでいいわ」
オレはそう言って、そのぬいぐるみを買った。
思いのほか安かったのは、まけてくれたのか、それともぬいぐるみ自体が失敗作だったのかは謎だ。
袋から飛び出しているバナナ怪人の顔をオレは無理矢理押し込んで宿へと戻った。
夕べよく眠れなかったせいか、オルシアはベッドで眠っていた。性格を想像できないような妖艶な美貌に、とりあえず涙のあとはなさそうだ。
オレは買ってきたぬいぐるみを傍においてやろうと思い袋から出してみたものの、目がさめていきなりこんなものが目の前にあったらうっかり永眠しかねない。
どうしたものか迷っていると、気配を察したのか、オルシアが目を覚ましてしまった。
「うぅぅ~ん」
浅めの眠りから覚めたとき、伸びをしながらこんなふうに唸るのがオルシアの癖だ。しかし残念ながら、色っぽいと言うよりはむしろまだまだガキっぽい。
が、寝顔を見下ろす位置にいたオレは、その声に慌てて思わず月を抱きしめてしまっていた。
「……ミド?」
「ん、ああ、おはよう」
「おは……って、俺の寝顔見てたのか???」
思わず自分を「俺」と言っているオルシアにオレはなんだかホッとして笑った。
「ち、違うよ。今帰ってきたところだ。土産を渡そうかと思ったら、寝てるからさ……」
「みやげ?ん、なんだそれ?」
興味津々の様子で見上げるオルシアに、オレはそっとバナ……月を渡す。
「うをおぁ~!可愛いぃぃい♪何これ、バナナ!?」
やっぱり、オルシアの感性にはこれが合ってたか。やっぱりそう見えるよな。
「うわー、すごいもの欲しげな顔!キスしそう~♪」
なんだかすっかり元気を取り戻したようにはしゃいでいるオルシアの姿を見て、オレはなんともいえない安堵を感じ、目頭が熱くなるような思いがした。よかった、やっぱりオルシアはオルシアだ。根本的なところはちっとも変わってない。いや、変わるはずがないんだ。
「抱いて寝れば、ちょっとは寂しさもまぎれるかと思ってな」
オレがそういうと、無邪気にはしゃいでいたオルシアの動きが一瞬とまった。余計なことを言って、泣かせてしまうのか……?と、オレはぎくりとしたが、オレを見上げたオルシアは、これ以上はないというくらい最高の微笑を浮かべていた。
「オルシア……」
「ありがとう。ミド、お前ってさ……」
「ん?」
「お前って、俺……じゃなくて私のこと、感動させるの上手いよな」
「……そうか?」
「本当に、ありがとう」
「イヤ……お前こそ……」
オレのこと、こんなに感動させてくれるじゃないか。
絶対に幸せにするんだとかいいながら、結局オレはこんなことくらいしかできないのに。
「あ、オレ、夕飯の用意頼んでくるわ」
そう言って逃げるように部屋を出て、オレは零れ落ちそうになった涙を、急いで腕で拭った。
「ミドォ~、荷物からバナナ怪人の顔出てるんだけど」
結構どころかかなりかさばる代物なそれは、背負った袋の口からひょっこり顔を出していた。
「ああ、もう!」
何度押し込んでも、歩く振動で競りあがってくる、弾力のある物体。
「ミドォ~、またバナナがお前の耳タブ狙ってるみたいなんだけど」
かくしてオレは、道中ガードすることになった行商人グループに散々笑われる羽目となり、こんなものを買ってしまったことをほんの少しだけ後悔した。もちろん激しく後悔しないのは、オルシアがこれを非常に気に入った様子であるのと、こいつが袋から飛び出してくるたびに、心底可笑しそうに笑ってくれるその笑顔が見られるからである。でもなんだか、笑われているのはバナナじゃなくて、オレっていう気もするんだがな。
「ミドォ、バナ……」
「うるせぇ!もうお前が持て!!」
オレは袋からバナナを取り出し、オルシアに投げつけた。
オルシアの抗議の声を背中に聞きながら、オレは笑った。
そしてふと見上げた空の色に、カスミーロスのことを思った。
あいつは今、笑えているだろうか?
白い鳥の群れが飛んでゆく。
それは、見たこともないくらいよく晴れた、青い青い空だった。
END




