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WITH THE WIND  作者: レエ
本編
30/66

夢路の果て②

 その夜、カスミーロスは一つの仕事をギルドから請け負って戻ってきた。それはある砦までいって、古くなった衣類や装備、その他廃棄物を受け取ってくると言うものだった。途中モンスターのいる森を通らなくてはいけないとはいえ大した距離でもなく、朝出かけていけば、徒歩でのんびり行っても夜には街にもどってこられる程度のものだった。

「大した仕事じゃないが、ユリューサに慣れてもらうには丁度いい感じだと思う。ま、小遣い稼ぎだと思って明日の朝早速出発しよう」

 実際、それはお遊びといってもいい程度の仕事だった。朝日の差し込む美しい森の小道は平和そのもので、これといったモンスターが出てくる様子もなく、半ばピクニック気分でオレたちはわいわい雑談をしながらのんびりと目的地に向かっていた。朝露に光る木の葉や、小鳥の声はとてもすがすがしく、正直これじゃ慣れるも何もかえって甘く見られるんじゃないかと思うほどだったが、森の清涼な息吹のおかげか、ふさぎがちに見えたオルシアが、リフレッシュした様子で無邪気に笑いながらユリューサに昨日オレがプレゼントした飴を分けてやったりしていたので、たまにはこんなのもいいかな、と、思っていた。

 カスミーロスの横には常にユリューサがいて、なにやらしきりにカスミーロスに話しかけており、道を進むにつれて自然とオレとオルシアは二人の数メートル後ろをついていく感じになっていた。初めはまたオルシアが機嫌を損ねるのではないかと思っていたが、ふと肩をすくめてオレを見上げ、一番お気に入りの味だとか言う飴玉を一つくれたあとは、何も気にした様子もなく楽しそうにしていたので、オレは素直に満足していた。

 とにかくオルシアの気を紛らわせようとがんばっていたオレと、そんなオレに逆に気を使っていたのか、いつも以上にハイなテンションで反応してくるオルシアと二人でふざけあいながら歩いているうちに、ますます前を行くカスミーロスたちとの差が開いてしまい、そろそろ距離を詰めようかと思ったとき、不意に前方でカスミーロスの声が上がった。

「ユリューサ、それに触っちゃダメだ!」

 オレたちは油断していた。あまりにも簡単な仕事だからと、基本的な注意をし忘れていたのだ。カスミーロスがとめようとしたものの間に合わず、ユリューサが触れたもの……それは木に絡みついた植物……うす桃色の美しい花を咲かせる、子供の頭ほどもある巨大な花の蕾だった。

 咲いてしまえばこの上なく美しいその花は、数が非常に少ないために幻の花とも言われている。だから、それを見られるのはある意味とても幸運なことではあった。そして、その花がこの森で比較的良く見られると言うことを、少なくともオレとカスミーロスは知っていたはずだった。

 厄介なことに、この花の開花と同時にほんの数秒間だけ大量に放出される花粉には、通常時の花粉とは違い、命の危険こそないものの吸い込んだものを一時的に幻覚&混乱状態にするという強力な毒性がある。しかも、この花の蕾は何か衝撃を受けることによって初めて花開くのだ。もちろん、人の手が触れるということは、開花に十分な衝撃であった。

 毒々しい真紅の花粉は、とっさに駆け寄ろうとしたカスミーロスをも包み込んだ。

「バカ、カスミーロス、大丈夫か!?」

 オレはそう呼びかけ、オルシアを背後にやりながら紅い霧が晴れるのを待った。が、数秒後に見えたその光景に、オレは舌打ちした。

 へたり込んで子供のように泣きじゃくっているユリューサに、剣を構えるカスミーロス。

 どうする……?

 正直、一瞬躊躇しないでもなかった。

 ユリューサがいなくなれば、オレたちは元に戻れるだろうか……?

 いや。

 答えはもうとっくに出ているんだ。

「このクソ勇者様がぁ!」

 オレは小さなトマホークを、カスミーロスの剣に向かって投げつけた。

 それはあっさりとかわされて地面に突き刺さったが、それでカスミーロスの注意は逸らされた。

 だが……このあとどうする?

 カスミーロスの注意は、当然オレの方へ向けられた。彼との距離は10メートルもない。考えている暇はなかった。

「まったく、やれやれだな」

 オレはそういって、剣を構えた。

「逃げろオルシアッ、早く!」

「でも……!」

「大丈夫、ここはオレが何とかするから、早くできるだけ遠くへ逃げるんだ。お前を死なせるわけには……それもよりによってカスミーロスに殺させるわけにもいかねーだろ!」

 オレの力じゃ、カスミーロスには勝てない。良くて相打ちというところだが、この場合相打ちはむしろ最悪だ。毒の効果は約1時間~2時間。半ばバーサーカーと化しているカスミーロスから、逃げ切れるとも思えない。

 本当なら生きてずっと一緒にいたかったけれど、それができないなら命をかけてでも守りたいと思えるのはオルシア、お前ただ一人だ。

 なあオルシア、オレは本当にお前のことが好きだったよ。

 だから、相手はオレじゃなくってもいいから、必ず幸せになってくれ。

 本当は、オレが何が何でも幸せにしてやるつもりだったんだけどな。

 いなくなっちまうんじゃしょうがないよな……まったく、ついてなかったぜ。

 最初の一撃を防げなければ、オレの命もそれまでだ。

 剣を構えたまま俺を睨んでいたカスミーロスが地面を蹴った。

 やられるなら、せめてオルシアの姿が見えなくなってからだよな。

「早く行け、オルシア!」

 もう一度叫び、オレは剣を強く握りなおした。そして華麗な跳躍とともに振り上げられたカスミーロスの剣を受けるため身構えた、そのときだった。

「やめてーーッ!」

 悲痛な叫び声と、何かが爆発するような音に、オレはとっさに剣を振り上げようとしていたその手を止めた。

 まず目に飛び込んできたのは真紅。

 そして、目の前でくずおれる漆黒の美影……

「オルシア!」

 とっさにオルシアを抱きとめた俺の頭の中からは、完全にカスミーロスのことが消えていた。もし、このときカスミーロスが無事だったら、オレたちは間違いなく二人とも殺られていただろう。

左肩から右腰あたりまで斜めに切られた漆黒のローブのあいだから覗く白い肌は、見る見る赤く染まってゆく。

「オルシア、なんてことをするんだ……ッ」

「だって……お前が死んじゃうと思って」

「バカヤロウ、それでお前が死んだら、オレはどうすりゃいいんだよ!」

 涙目で怒鳴ったオレに、オルシアは困ったように苦笑して、

「……お相子じゃないか。お前も俺のために、命かけようとしただろ」

 といった。

 幸い、傷は大きいがそう深くはない。跡は多少残るかもしれないが、命にかかわるほどのものではなかった。止血さえすれば、心配はないだろう。

「俺は大丈夫だ。それより先にカスミーロスを見てくれ。とっさのことで、上手く力加減ができなかったかもしれない……」

 その言葉で、ようやくカスミーロスのことを思い出したオレは、慌てて周囲を見渡し、数メートル先に吹っ飛んで仰向けに転がっている彼を見つけた。

 オルシアをその場に横たえ、カスミーロスのほうを見に行ってみると、どうやらオルシアの魔法の衝撃波をもろに食らったらしく衣服やマントにかなりのダメージの後があり、所々血がにじんでいた。意識は完全になく、オレが脈を確認してもピクリとも動かなかったが、呼吸や脈に乱れはなく、少なくとも命に別状はないと思えた。

 ただ、真っ二つに折れた彼の愛用の剣がすぐ傍らに転がっているのを見て、オレは何故か言い知れぬ不安を覚えた。

「ミルドレーン……?」

 オルシアが、苦しげな声でオレを呼んだ。

「カスミーロスは……?まさか、俺……」

「心配するな、どうやら気を失っているだけみたいだ。命に別状はない」

「そうか。よかった……」

「悪いがカスミーロスにはこのまましばらく寝ててもらおう。それよりまず、お前の治療をしないと」

 あまり動かすのも良くないだろうし、とりあえずカスミーロスはそのままにして、俺はオルシアの元に戻った。

 荷物の中から消毒液とガーゼと包帯と、痛み止めの薬を取り出す。

「気休めだけど飲んでおけ」

 そういって痛み止めの粉末を飲ませてから、オレはオルシアを近くの木にもたれさせ、言った。

「脱がすぞ?」

 オレの言葉に、オルシアは黙ってうなずいた。ローブはもうほとんど袖が通っていると言うだけだったが、いくら今外見的には男性とはいえ、本物の男の前で肌を晒すのに抵抗がないわけがない。オレだって、未練がましく繋がっていた襟元を切り、裂けたローブに手をかけたときはさすがに緊張したが、勤めて冷静を装って、淡々と作業をこなした。その白い肩をあらわにしたとき、オルシアは涙目で不安げに俺を見上げたが、すぐに恥ずかしそうにうつむいた。水筒の水で手を洗い、血を拭き取って傷口を消毒すると、オルシアは痛みに軽くうめいたが、それもホンの一瞬で、包帯を巻き終えるまでの間ずっとおとなしく痛みに耐えていた。

 ふと、目線をカスミーロスのほうに向けたオルシアの表情が、奇妙に揺らいだ。

 なんだ?と、オレもその方向を見ると、混乱中のはずのユリューサが、カスミーロスの頭を優しく撫でていた。いや、確かに彼女はまだ正気ではないだろう。その証拠に、こんなときにもかかわらず、カスミーロスを見る目は……そう、まるで天使のような自愛に満ち、我が子に子守唄を聞かせる母のように、満ち足りた安らかな表情をしていた。



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