暗影②
僕たちはいつも宿を取るとき三人部屋に泊まる。オルシアが本来女性であることは百も承知だが、彼女一人を別室にしておくのはかえって危険だし、たとえ部屋を分けたところで当のオルシアが一人になるのを嫌がるからだ。
「一部屋しか借りてないんだけど、一緒でいいかな?」
一応念のため、僕はそうユリューサに訊ねた。いきなり初対面の、しかも素性の良くわからないギルドの男たちと同じ部屋に泊まるのは、若い娘でなくとも勇気がいるだろう。かといって、もちろん部屋を分けるわけにもいかない。オルシアに女性に戻ってもらって……という手もあるだろうが、それでは少々不安がある。この問いは、質問というよりは確認というべきものだった。
「ええ、大丈夫です。あなたを信頼します」
見上げる青い瞳の曇りのなさに、僕は少し苦笑した。ミルドレーンが、そいつが一番女ったらしなんだぞ……という目で見ている。余計なお世話というものだ。
「さて、詳しい話は明日聞くとして、君はもう休んだほうがいい。シャワーを使うならあそこだ。オルシア、着替えを貸してやってくれ」
「了解。ええと……これでいいかな?」
オルシアは床に降ろした自分の荷物の中から、女物のワンピースを取り出した。体つきはオルシアのほうが細身だが、その分身長差があるのでなんとかなるだろう。最も根本的に"似合わなそう"なのは、二人の外見が対照的なので仕方がない。
なぜ女物のワンピース等をこの美青年が持っているのか不思議だったのだろう。手渡されたユリューサは不審そうな顔でぎこちない笑みを返し「じゃあ、お借りします」といってシャワールームに入っていった。
「まったく……ろくでもない盗賊がいたものだなッ」
少女の後ろ姿を見送り、僕は装備を外して寛ぎながら吐き捨てた。
「で、ベッドだが……今オルシアが女に戻っても、普通実は女だなんていったところで簡単には信じないだろうからね。ベッドは一人ずつ使ってくれ、僕は床で寝るよ」
「おいおい、勇者様が床はもっと不審だろうぜ。それじゃああの娘も遠慮しちまうんじゃないか?オレが床に寝るから、お前はベッドを使え」
「俺も別に床でもいいけど……」
埒のあかない三人での譲り合いがしばらく続いたが、やがてミルドレーンが、ニヤリと笑い傍にいたオルシアの肩をがっちり抱いて言った。
「じゃあ、オレはオルシアと寝るから、お前は一人でベッド使ってくれや」
「はぁ?!」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまったが、追い討ちをかけるようにオルシアが
「あぁ、それでいいや」
と言ったから、当のミルドレーンも「え?!」と大声をあげた。一瞬二人で顔を見合わせポカンとしてしまったが、一足早く我に返り、オルシアの肩からミルドレーンの腕を引きはがして睨み付けた。
「駄目だ、それなら僕がオルシアと寝る。第一ミルドレーンと一緒じゃ狭すぎるだろう?」
オルシアだってきっとミルドレーンより僕と一緒のほうがいいに決まっている。
そう思い、勝ち誇ったように僕は言ったが、オルシアの返答は予想を裏切るものだった。
「え……俺、それは困るな」
何故??
僕よりミルドレーンのほうが信用されているのか? 確かに僕は女好きかもしれないが、オルシアからの信頼を損なうような真似はしてこなかったつもりなんだが?
「何で僕は駄目で、ミルドレーンならいいんだ」
思わず抗議の声を上げると、ミルドレーンは天を仰ぎながら、
「おいおい、お前がそれを聞くのかよ……そりゃないぜ二人とも」
と言った。
意味が分からない。
腹が立ったので「お前は床で寝ろ!」 と怒鳴りつけ、結局ベッドは僕、オルシア、ユリューサの3人で使うことに決めた。
「ミドとカスミーロスとで寝ればいいんじゃ?」
などとオルシアはとぼけた顔で言ったが、それはもちろん二人そろって却下した。
「寒くて眠れそうも無かったらお前のとこにもぐりこむわ」
オルシアの肩を叩いてそういったミルドレーンに冷たい視線を浴びせながら、僕は荷物の整理をはじめた。それから、順番にシャワーを浴び終え、とりあえず、明日になったら現場に行って、ユリューサの家族の遺体を回収して来ようということで、その日は他に大した打ち合わせもなく床についた。辛いことになるだろうが、せめてきちっとした墓ぐらいあれば心の慰めにはなるだろう。
翌日の早朝。荷馬車を借りた僕たち四人は凶行の現場となった場所へと急いだ。
ついてくるといったもののやはり怖いのだろう。ユリューサはぴったりと僕に身を寄せている。御者はミルドレーンがつとめた。
その場所は、町からほんの2・3kmの、森にかこまれた小道だった。現場の100mほど手前で馬車を止めたが、様子見はミルドレーンとオルシアに任せ、僕とユリューサはそのまま馬車で待機することにした。どちらにせよ遺体とは対面しなければならないだろうが、現場をもろに見てしまうよりはいいだろう。
ほどなく、青ざめた顔をしたオルシアが駆け戻ってきて告げた。
「生存者はいない。……妹さんも亡くなっていた」
残酷な宣告に、ユリューサが泣き崩れる。
「妹さんもか……残念だ」
凶行の現場へ目を向けると、遠くでミルドレーンが横転した馬車を渾身の力で押し上げ、下敷きになっていた何かを毛布に包む様子が見えた。大きさからすると、それがおそらく妹さんの遺体だったのだろう。オルシアの表情を見ても、遺体の状態がよくないのであろうことは想像がついた。
「遺体の確認はできますか?」
悲痛な声でユリューサが問う。
僕はオルシアに目線をやったが、やはりNOという応えだった。
「あなたの家族の苦しみのときはもう終わったのです」
僕はそう言って、彼女に手を差し伸べ助け起こした。
「今は、安らかに眠れるように祈ってあげなくては」
胸にすがり付いて泣く少女の髪を、僕はそっと優しく撫で続けた。ミルドレーンあたりには女たらしと言われるかもしれないが、少しでも悲しみを和らげることができるなら、それも悪くはないだろう。
皆無言のまま遺体と僅かな形見の品を荷馬車にのせ、僕たちは帰路へついた。
「可哀想だな。たった一日で、独りぼっちになってしまうなんて……」
オルシアはそう言って、疲れたように溜息をついた。孤独になる寂しさは、きっと誰よりも知っているオルシアである。
僕はこの仲間に出会うまで、一人でいることを苦痛に思ったことなどなかった。
むしろ、孤独を望んでさえいた。
僕に身を寄せて泣いている、頼りなげな少女。
一人では生きていけないような、そんな可憐な印象の少女。
普通の、何の変哲も無いただの町娘……。
ふと、渇いた風が吹き抜けた。
「この仕事は、さっさと片付けたほうがいいようだな……」
僕はそう一人呟いて、不気味なくらいに良く晴れたその日の空を見上げた。
町の教会で遺体の埋葬を済ませたあと、僕たちはいったん宿に戻ってきていた。少し遅い朝食を済ませ、これからいよいよ窃盗団のアジトへと乗り込むのだ。
「なぁ」
ミルドレーンが、俯いたままのユリューサに呼びかけた。
「あんたはやっぱり、オレたちが戻るまでギルドにいたらどうだ」
ユリューサからの反応は無い。
「……返事も返せないくらい落ち込んでるならなおさらついてきても足手まといになるだけだろ。墓の前で気が済むまで泣いてきたらどうだ?仇はきちんと討ってきてやるからさ」
「ミドッ、お前なんでそんな冷たい言い方するんだよ!?」
と、食って掛かったのはオルシアであった。
「落ち込むのはあたりまえだろ?!確かについてくるのは危険かも知れないけど……もう少し言い方ってものがあるじゃないか」
「……」
オルシアに怒鳴られて、ミルドレーンはフイとそっぽを向いた。彼はどうやら、ユリューサをこのまま連れて歩くのには反対のようだ。
「どうするユリューサ。君に覚悟があるならついてくればいいし、ここで待っていてもいい。どちらにしろ、家族の仇は取ると約束するよ」
「ご迷惑をおかけしてすみません……でも私、ついていきます」
涙に濡れた目を、それでも精一杯見開いて、悲痛な表情でユリューサは言った。
ミルドレーンが迷惑そうに溜息をつく。
「本当に連れて行く気かよ、カスミーロス」
「別にいいじゃないか?」
ミルドレーンの気持ちもよくわかる。はっきり言って足手まといにしかならない少女を連れて行ったところで何の得にもならないが、しかし、万が一死んだとしても、別に何も損はしない。
「勝手にしろ」
ミルドレーンはそういって立ち上がった。
「何があってもオレは知らないからな。行くぞオルシア」
「ああ!」
明らかに不満げなミルドレーンと対照的に、こちらは張り切って立ち上がった。相当気が滅入っているくせに、明るく努めようとするオルシアを見ているとホッとしたような気持になる。
「大丈夫、俺たちは無敵のパーティだ。安心してついてこいよ、ユリューサ」
そう言って差し伸べられたオルシアの手を、ユリューサも少し微笑んで掴んだ。安心したように、オルシアが笑う。
そうして、僕たちは盗賊団を叩きのめすべく再び平原へと向かった。
今までとは違う……
四人になった、パーティで。




