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WITH THE WIND  作者: レエ
本編
25/66

暗影①

「助けて!」


 そう叫びながら、一人の少女が町外れの冒険者ギルドに走りこんで来たのは、日没からおよそ一時間が過ぎた蒼闇の時だった。

 ちょうど入口付近にいた僕の胸に縋りつくように飛び込んできた小柄な体を抱きとめる。柔らかそうな蜂蜜色の髪が腰まで伸び、優しく三つ編みに編まれていた。瑞々しい肌は透けるように白く、体つきはややふっくらとしている。決して太っているというわけではなく、若さが溢れているのだ。おそらくまだ10代だろう。サファイアのような瞳に怯えの色が無ければ、天使のように見えたかもしれない。

 さすがに冒険者の集うギルドでは、このくらいのことで戦慄が走るような事はなかったが、いくらかのざわめきと冷やかしの中、僕は震えている彼女の肩に手を置き、落ち着かせるために静かな声で訊ねた。

「大丈夫ですか?どうしました?」

僕の問いかけに、少女は恐る恐る顔を上げた。しかし、震える身体はまともに声を出すことも出来なかった。

「あ…ああ……」

「落ち着いて。一体何があったのですか?」

 もう一度、できるだけ優しく問いかける。

「た、助けてください。助けて……」

 少女は繰り返した。

 相当慌てて走ってきたのか、髪はほつれ白いワンピースにも泥や擦り切れた痕がある。

「馬車が盗賊に襲われて……必死で逃げてきたけれど……父さん、母さん……ああ、ヘレン……!」

 そのあとは言葉にならなかった。泣き崩れる少女の金髪を、僕は思わずそっと撫でた。

 最近、この近くでは凶悪な窃盗団が頻繁に出没しているという。僕たちはその窃盗団討伐の要請を受けて、ちょうどこの町についたばかりだったのだ。

 窃盗団は行商人や巡見使、未熟そうな冒険者……そして近隣の街や村からこの町へと越してくる家族連れなどを狙って金品を強奪してゆくのだという。しかし、それだけならば何もわざわざ僕たちにご指名の仕事の依頼が来ることも無いだろう。

 その盗賊団の凶悪なところは、金品を奪うのと一緒に襲った相手をほぼ皆殺しにしていくということにあった。

 この娘の家族もおそらく殺されてしまったのだろう。一人だけとはいえ何とか逃げきれたのは、奇蹟のような幸運だ。

 すぐにでも何とかしてやりたいところだったが、日が暮れてしまった今うかつな行動は避けたいのが正直な気持ちだった。

「とりあえず……奥で詳しい話を伺いましょう。あなたの恨みは必ず晴らしてさし上げる。だから、今は落ち着いて……僕たちの仕事に協力してください」


 

 大抵のギルドには、小規模な軽食堂がついている。稀に、退役したギルド員が働いていたりして騒ぎが起こることもあるのだが、安くて味もまぁ携帯保存食よりははるかにましだということで、これを利用する冒険者は多い。分かれた仲間との待ち合わせ場所に使用している者も多いので、狭い食堂は大抵何処でも混雑していた。

 ちょうど夕飯時ということもあって混雑も極みといったところだけれど、幸い僕たちに出会えて感激したという新人チームが席を譲ってくれたので、テーブルを一つ確保することが出来た。

 この仲間たちと初めて出会ったときから早2年。冒険者としては絶頂期を過ぎた年齢になったと自分では思うものの、有り難いことに勇者カスミーロスの名は未だ何処でも通用するようだ。

 席についても、少女は青ざめた顔のまま項垂れている。

「俺、何か買ってくるよ。なんか食べたほうがいいよね」

 場の空気に居たたまれなくなったのか、オルシアはそういってカウンターのほうに走っていった。

「まずは自己紹介と行こう。僕はカスミーロス、ギルドでは一応そこそこに上位のランクにいるらしい。で、こっちが仲間のミルドレーン。今料理を注文に行ったのはオルシアという魔法使いだ」

 助けを求めてきた少女は僕の名を聞いて驚いた様子だったが、それでも彼女の表情が晴れることは無かった。

「私は……ユリューサといいます」

 小さな声で少女は名乗った。

「近くの村で暮らしていたのですが、細工師としての父の腕が買われてこの町で働くことになったので、家族で越してくる途中だったんです。ああ、それなのに……まさかこんなことになるなんて」

「このあたりに悪質な窃盗団が出没していることは知らなかったのですか?」

「いいえ……噂には聞いていました。父を雇ってくれるはずだった方がギルドから用心棒を一人派遣してくれたのですが……」

「……が?」

「馬を荷馬車から切り離し、私たちを置き去りにして逃げてしまったのです」

「……それは不運でしたね」

 そもそも行商人や旅人の用心棒をするくらいの冒険者は、あまりランクの高い冒険者とはいえない。もっとも高い報酬を払って高ランクのギルド員を警護に雇う者も中にはいるが、大抵は貴族や大商人で、ユリューサのような一般人の家族に腕のいい警護が付けられることはまず無かった。

 しかし、たとえ敵わない相手だったのだとしても、そのギルド員の行動はあまりにも情けないものだ。おそらく、もう二度と名声を掴むチャンスもめぐっては来ないだろう。

 そこまで話し終えたところで、オルシアがトレイに食事と飲み物を載せて戻ってきた。例の席をあけてくれた親切人が、オルシア一人では持ちきれなかった分を一緒に運んでくれたらしい。何処にでも気軽な親切人というのはいるものだ。最も、相手にも色々な思惑があるのだろうが。

「ありがとう、オルシア。……君たちもさっきからすまないね」

「悪いな」

 ねぎらいの言葉をかけ、自分の分の食事を受け取る。

「あんたには野菜スープとパンにしておいたけど、食べられるかな?もし嫌いだったら取り替えてくるけど」

 オルシアの言葉に、ユリューサは微かに頷いたようにも見えたが、表情は硬いままだった。オルシアは困ったように首をかしげ、それでもかまわず目の前にスープとパンを置いて彼女の隣に座った。

 オルシアも、僕の隣に座ったミルドレーンも、いささか居心地の悪そうな表情をしている。この二人はどうも、こういう重い空気が苦手なようだ。

 僕は話を続けた。

「犯人の特徴などは覚えていますか?」

「いいえ……私、逃げるのに夢中で……」

 涙交じりの声が、弱々しく震える。

「お願いです、どうか仇を討ってください……! 両親は殺されてしまいましたが、妹は……ヘレンはもしかしたら生きているかもしれません。私が逃げ出したとき、助けを呼ぶあの子の声がまだ聞こえていましたから……」

 そういって、ユリューサは両手で顔を覆って泣き出した。確かに、そのときは必死だったとはいえ助けを求める妹の声を振り払ってきたとなると、自責の念も強いのだろう。彼女に罪は無い……と慰めてやったところで、自分を責めるその心から抜け出すまでには相当の時間が……もしかしたら一生の時が費やされるかもしれない。

 オルシアとミルドレーンは黙ったままだ。

「妹さんはいくつですか?」

「……まだ8つです」

 そのくらいの歳の子供なら、運がよければ連れ去られただけの可能性も無くは無いかもしれない。需要はいくらでもある。生き延びるのと死ぬのと、どちらが幸せかはわからないが、しかし、いずれにせよ今は余計な希望は持たないほうが良いだろう。

「……僕たちが確かに約束できることは、あなたたちを不幸に陥れた盗賊団は、僕たちの手によって確実に壊滅させられるということだけです」

 ある意味残酷でもあるその言葉に、しかしユリューサは小さく頷いた。

「あなたは盗賊団の目撃者、いつやつらが始末にくるとも知れない。あなたの身柄は依頼人としてこのギルドでしばらく預かってもらうことにしましょう」

 そういうと、ユリューサは涙に潤んだ大きな瞳を僕に向け、縋るように……しかし、しっかりとした口調で言った。

「お願いです、私も共に連れて行ってください。家族の仇を討ちたいのです」

「しかし……」

「私は確かに戦うことはできません。でも、微弱ですが回復魔法が使えます。もしものときに……微かでもお役に立てるのではないかと思います」

 そういい終えてから俯いてしまったのは、そのもしものときに幼い妹を守りきれずに逃げ出してしまったことを思い出したからだろうか。

 返事に困っていると、今まで黙っていたオルシアが口を開いた。

「いいじゃないか、カスミーロス。俺も回復魔法は専門外だし、連れて行ってあげようよ」

 家族を失ったばかりで寂しいだろう……と、おそらくオルシアは考えたに違いない。敵討ちに少しでも加われれば、彼女が救われるのではないかとも。

 だが、きっとオルシアは忘れている。僕たちと行動をともにすれば、彼女は家族の悲惨な末路を見てしまうことになるかもしれないのだ。

「どうするんだ、カスミーロス」

 大した興味もなさげに、ミルドレーンが問いかける。普段なら僕も迷わずお断りするところだが、突き放すには居たたまれない少女の様子に、僕はしばらく考え込んでしまった。

「……連れて行っていただけないのでしたら、連れて行ってくださる方にお願いします」

 そう言って席を立ち上がりかけた少女を、僕は思わず呼び止めた。

「待ちなさい。ギルド員を雇うには、多額の報奨金が必要だということを、あなたは知っているのですか?」

「……では、どうしろというのですか? 私に支払えるものは、もう私自身しかありませんわ」

 ユリューサは自嘲気味にそう言って、顔を覆って泣き崩れた。確かに盗賊に襲われ、身一つで逃げてきた彼女に、ギルド員を雇えるだけの力は無い。体で払う……といっても、こんな幼気な少女にそんな報酬を許すような輩は実力もたかが知れているだろう。それに、第一信用できない。

 正直、ただの村娘を危険な任務に同行させるのはリスクがあるが、直接自分を頼って来られたこの状況で彼女を放り出すのも、また別のリスクがある。ここがギルドの中でなくて、僕たち3人以外に誰もいない状況だったら、僕の決断もまた違っていたかもしれないのだが……。

 一つ大きく息を吐いて、僕は言った。

「僕たちはすでに別の依頼者からこの盗賊団の討伐を承っています。あなたの依頼を受けることはできませんが、結果としては同じことになるでしょう」

「では……」

「この仕事が片付くまでの間、僕たちはあなたの生活を保障しましょう。その代わり、あなたは僕たちの仕事を手伝う。それでよければ同行を許可しましょう」

 話は決まった。ユリューサは泣きはらした顔に初めて笑みを浮かべ、ありがとうございますといって頭を下げた。

「よかったね!それじゃ、よろしくな、ユリューサ」

 オルシアの言葉に、ユリューサも軽い会釈をする。

「スープ冷めちゃっただろ。新しいのに取り替えてもらってこようか?」

「いえ……このままで結構です。いただきます」

 ユリューサはそう言って、スープに口をつけた。オルシアはその様子をホッとしたように見て、嬉しそうな笑みを浮かべた。


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