ある戦士の死④
「お客さんかい?マリィ」
通されたのは、二階の一室。
爽やかな風の吹き込む窓辺で、ジャワマコートは半身を起こした状態でベッドに入っていた。
昔とほとんど変わらない、繊細で優しげな容貌。覚悟していた姿よりはかなりましだったが、少しやつれた感じが痛々しかった。
「すみませんね、少し足を弱めてしまっているものですから」
二ヶ月以上も意識不明で寝たきりだったならば、それは仕方がないだろう。
「あなたのお見舞いにきてくださった方々よ」
と、マリィと呼ばれた女性が言った。
「やぁ、それはどうも。ええと……」
「私はカスミーロスといいます。10年程前、あなたにに大変なご恩を受けたものです。そして、こちらが友人の、オルシアとミルドレーン」
「申し訳ないのですが、僕は二週間より以前の記憶がないもので……」
「ええ、伺いました」
「わざわざそんな昔の知人を見舞いにきてくれてありがとう」
「いいえ……思ったより元気そうで何よりです」
そう答えた僕に向けられるジャワマコートの微笑は、昔の印象とどこかが違った。
10年前に出会ったときは、一見穏やかではあるものの、どこか張り付いたような無機質な印象があったのに、今の彼の微笑みは、本当に暖かなものに感じる。
「早く良くなってください」
話したいことはたくさんあったが、言うべき言葉が見つからない。
僕たちはとりあえず、いったん部屋を出ることにした。
聞けば、森の入り口に最も近いこのマリィさんの家をジャワマコートが何度か訪れるうちに、二人の間に特別な感情が芽生えたらしい。
そしてジャワマコートはモンスターと戦い、それを退治したものの、彼自身もまた酷い重傷を負っていて、マリィさんの家にたどり着いたときにはすでに意識はほとんどなかったという。
心のよりどころを得たものは、そのために思わぬミスを犯し命を失いかけることがある。しかし、愛すべき相手がいる者は、どんな死地からも必ず戻ってくるものだ。
瀕死の重傷を負いながらも、ジャワマコートは一命を取り留めた。
しかし意識がもどることはなく、そうして二月以上の月日が流れ、ようやく目覚めたときには自分の過去についての記憶を一切失っていたという。
正直、ジャワマコートのような男が一人の女性に心とらわれるなど、僕には意外だった。
それはきっと僕が勝手に彼に自分と近しいイメージを持っていたからだけなのだろうが……。
愛すべき者を見つけ、そのために戦士ではなくなった男。
僕にはそれが寂しくもあり、同時にひどく羨ましくもあった。
仲間を得、僕は昔と比べて孤独ではなくなったかもしれない。
しかし……僕の求める者はあまりにも近く、あまりにも無防備で、得やすいがために得ることが出来ない。
この血まみれの剣を……いつか手放すことができる日が、この僕にも来るだろうか?
自分の命を愛しい人に預け……安息の日々を得ることができるのだろうか。
ふと、剣を抱いたまま地に伏した血塗れの自分の映像が頭をよぎり、僕は身震いした。
「大丈夫か?カスミーロス」
心配そうな顔をして、オルシアが声をかけてきた。
「ん…ああ、大丈夫だよ」
「そっか、ならいいけど」
「うん……」
オルシア
僕は思う。
たとえ一生剣を手放すことの出来ない僕でも……
たとえ、無様に血にまみれて孤独に土に返っていく運命だとしても……
たとえいつか、君と別れ別れになったとしても、
僕は君のためになら、すべてを喜んで受け入れるだろう。
「オルシア」
「ん?」
「心配してくれてありがとう」
「ん?うん」
真顔で礼を言われたせいか、オルシアはきょとんとした顔をして、こくりと頷いた。僕はそれが可笑しくて、つい吹き出してしまう。
「あ、何笑ってんだよ!もうっ、二度と心配なんてしてやらないからな!」
一気に不機嫌になったオルシアは、僕の頬を思い切りつねって、ミルドレーンの方に行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら、僕はふと、こんな日が永遠に続けばいいと……願った。
今夜は是非泊まっていってくれというマリィさんの言葉に甘え、僕たちは一晩彼女の家に世話になることにした。
「でもホント、ジャワマコートが生きてて良かったな」
あてがわれた部屋のベッドに寝転びながら、オルシアが言った。
「何だ、まだしょぼくれてるのか?大丈夫だって、そのうちすぐに元気になるさ」
「うん……」
僕の返事は、あいまいである。
「マリィさん、きっとジャワマコートが好きなんだな。それを知ってて村人たちも、彼の存在を隠そうとしてたんだろう。いい村じゃないか」
「ん……」
「まったく~、元気ないな、カスミーロス。まぁ、ショックだったのはわかるけどさぁ。死んだと思ってた人が生きてたんだから十分じゃないか。しかも、記憶がないとはいえ一応元気そうだし」
「それはそうだけど……ねえオルシア」
僕は尋ねた。
「ジャワマコートは、もう冒険者には戻らないんじゃないかな」
「あ?うん、きっとそうだろうな」
オルシアは即答する。
「それがどうかしたのか?」
「行方不明なんて、生ぬるいと思わないか?」
「?」
きょとんとするオルシアに、僕は言った。
「ジャワマコートには、死んでもらおうと、僕は思う」
「……はぁ?!」
案の定素っ頓狂な声をあげたオルシアはとりあえず無視して、僕は壁際で武具の点検をしているミルドレーンを振り返った。
「ミルドレーンはどう思う?」
「賛成だな。死んでりゃ、きっと平穏だ」
淡々としたその返事に、僕は満足した。
オルシアは、怒りと不安とが入り混じったような表情で僕とミルドレーンを見ている。
「カスミーロス、オルシアが可哀想だろ。ちゃんと説明してやれ」
じろりと睨みつけられ、僕は肩をすくめた。だが確かに、ミルドレーンの言うとおりだ。
「ごめん。つまりね、オルシア……」
僕は、考えを語り始めた。
ジャワマコートの葬式が行われたのは、それから二日後のことだった。
簡素な墓が立てられ、碑文には勇敢なギルドの勇者であったことが記されている。
村人総出での盛大な葬儀が終わり、翌早朝、僕らは早々に村を経つことにした。
出立の前にもう一度、僕たちはジャワマコートの墓に立ち寄った。
懐かしい記憶に別れを告げるように、僕は墓に白い花束を捧げた。
「カスミーロス」
背後からかけられた声に、僕は振り返った。
マリィという女性に支えられて、かつての戦士が立っている。
「演技が下手になりましたね、ジャワマコート」
そういうと、ジャワマコートはふっと微笑んだ。
Aランクのギルド員ともなれば、敵もまたそれなりに多い。ギルドに所属すること自体を冒険者も世の中にはたくさんいる。大物を倒して名をあげようとする輩が今の彼を見つけたとき、彼と、彼を愛する女性が求める平穏はたちまちに壊されてしまうだろう。
「お幸せに」
僕は戦士ジャワマコートの遺品である剣と銀の笛を握り締め、言った。
「カスミーロス……ありがとう」
頷いて、僕は仲間たちに声をかける。
「さぁ、行こうか」
歩き出した僕の背に、ジャワマコートの声が聞こえた。
「君も、どうか幸せに……」
僕は振り返らず、ただ黙って手を振った。
『ジャワマコート/ランクA/魔法剣士/タ・マレイの森にてモンスターと相打ちとなり死亡したとみられる。遺体はカスミーロスが発見し、埋葬された』
ギルドの死亡通知掲示板にその記事が載ったのは、それから三日後のことだった。
END
元々リクエスト作品だったのですが、結構うまくいったと思う。
作中にでてくるタ・マレイの森ですが、語源は「多磨霊園」だったりする。
自分の作品結構そういうの多いです。某作品の世界観上重要なアレの名前とか・・・。




