ある戦士の死③
タ・マレイの森に最も近いその村に到着したのは、3日後の早朝のことだった。とりあえず、適当な宿を見つけておこうと、朝露にぬれた道を歩いていた僕らは、幸いちょうどいい宿を見つけ、2階に部屋を取った。
「さて……少し休憩と行きたいところだが、村の朝は早い。住民もそろそろ仕事を始めだすだろう。朝食を取ったら、さっそく聞き込みに言ってみようか」
ギルドで確認できた情報によれば、ジャワマコートは三ヶ月ほど前にこの手前の町の宿に泊まったところが確認されている。だとすれば、消息を絶ったのはこの村か森の中……。村に寄らずに森に入ったとは考えにくい。万一宿はとらなかったにしても、これだけ森に近い位置にある村で情報収集の一つも行わなかったとは、慎重なジャワマコートにはありえないと思われた。
「でも、綺麗な村だよな。あの森も……魔物がうろついてるようには感じられないけど」
もともとは人間とはいえ、おそらくは高位の魔族によって半不死の生命を与えられたオルシアは、その影響か限りなく魔族に近い血を持っている。敵の気配にはあまり敏感ではないが、半ば同属とも言うべき魔の波長にはパーティ一敏感だった。
オルシアが言うように、窓から見える村の風景も、森もみなきらめくように美しい。広大な緑の田園、白い羊の群れ、競って囀る小鳥の声。どれもみな平和で、朝の光をいっそう眩いものにしていた。赤い屋根の煙突からは、朝食の煙が立ち昇り、あちらこちらから住民の話し声が聞こえる。
「魔物がいない……ってわけじゃないかもしれないけど、Aランクのギルド員が梃子摺るような魔物があの森にいるなんて、ちょっと俺には信じられないな」
「ふむ……確かに、少し違うよな」
僕は頷き、視界の先に広がる森を眺めた。
強い魔物がいる森というのは、その魔物自体が気配を殺していたとしても、強い魔力の影響で何かしらの違和感ができているはずである。たとえば、オルシアがいたあのステアの森も、オルシア自身は悪ではなかったが、その周囲には魔力に惹かれたさまざまな魔物どもが集まってきていた。下等なモンスターどもは、一固体そのものの魔力が薄いためその程度の気配しか持たないが、群れれば隠すことのできない気配は膨れ上がる。それゆえに、魔物の集う場所というのは必ず何かしらの違和感があるのだ。
「聞き込みのしがいがありそうだ」
と、ミルドレーンが言った。
ジャワマコートは何処に消えたのか。
僕は小さく頷いて、遠く昇る朝日に目を移した。
「そんな冒険者、ここには来ていないよ」
それだけ言って、そそくさと去ろうとする女将を、ミルドレーンが呼び止めた。
「なんだい、あたしは何も知らないよ」
聞くより早く答える女将に、ミルドレーンはあくまでも冷静に尋ねる。
「いや、それはまあいいとしてだ、あの森には、確かにモンスターがいるのか?」
「ああ、いたよ」
「いた?」
「今いるかどうかなんて知らないさ。ギルドの人間なら、自分たちで森に入って確かめてみたらどうだい」
どうやら、やはりもう森に魔物はいないようだ。ならば、きっとそれはジャワマコートが倒したのに違いない。そして、この女将はジャワマコートの行方について多分何か知っているはずだ。
しかし、これ以上追求しても仕方がないので、僕はとりあえず女将に礼をいい、その場を去らせた。
「どういうことだと思う……?」
僕の問いに、先に答えたのはオルシアだった。
「ジャワマコートはこの村にきて、モンスターを倒したあと、行方不明になったと思う」
「そのようだな。来ていないというのは嘘だろう」
「森で行方不明になったのか、それとも、村に帰ってきてそのあとに行方不明になったのかが問題だろうな」
と、そういったのはミルドレーン。
「村人が隠してる?」
「その可能性もある。森で行方不明になったなら、自分たちの村を守るためにきてくれたギルド員だ……すくなくとも、知らんで済ませやしないだろう」
「最悪、ギルドに報告ぐらいはしてくれるだろうな。しかし、この村からの報告はない」
「生きているにしても死んでいるにしても、ジャワマコートはこの村にいる可能性が高いな」
ミルドレーンの言葉に、僕は頷いた。まさかジャワマコートが村人の手によって幽閉または殺されるなどということはないだろうが、モンスターとの戦闘後で傷ついた状態ならば、あるいはありえないこともない。高ランクのギルド員は破格の報酬を受け取っているだけあって懐もそれなりに温かい……それを狙おうとする輩がいないとは言い切れないだろう。
「早く食事を済ませて調査を開始しよう」
僕の言葉に、二人は力強く頷いた。
急いで食事を切り上げ、僕たちは三手に分かれて聞き込みを開始した。待ち合わせは、村の中央にある井戸。しかし、成果は三人とも似たり寄ったりで、村人たちは知らぬ存ぜぬのほぼ一点張りだった。
「でもね、来たって言ったおっさんが一人いたよ」
そういったのは、パーティーきっての美貌の魔術師、オルシアである。
「でも、それから先はどうあっても答えてくれなかったね」
「そうか……でも、来たことは確かのようだな。村人は、みんな何かを隠しているような気がする」
それが決して悪意ばかりには感じられないような気がするのは、僕の気のせいだろうか。
「残るは、あの離れの家だけだな」
ミルドレーンが指差した先の小高い丘の上に、ぽつんと一軒の家が立っているのが見えた。そして、そこから帰って来る途中の、一人の人間の姿も。
「あれは、宿屋の女将?」
「どうやら……目指す家はあそこのようだな」
推測が正しければ、女将はあの家の住人に、僕たちのことを知らせに言ったに違いない。
羊の似合うのどかな風景にたたずむその家は、小さいがとても印象の良い外観だった。
家を囲む花壇には一杯の花が植えられ、甘い香りが心地よい。
「すみません!」
僕はそう呼びかけたが、案の定応答はない。
「鍵しまってるね」
返事を待つより早くドアに手を伸ばしたオルシアが言った。
「俺、中見られるけど、どうする?」
われらが大魔法使いは、思念を飛ばすことで離れたものを見ることができる。
「ううむ……」
僕は少し迷ったが、やはりそれはまずいだろうと考え、もう一度呼びかけることにした。
だがやはり反応はなく、何度も繰り返し呼びかける。
「……帰ってください」
応答があった。それもすぐ近くから……。おそらくはドア越しにいるのだろう。高く細い、女性の声だ。
「待ってください。私は、ギルドのカスミーロスというものです。こちらに、ジャワマコートという男がきていませんか?」
「……どうぞお引き取りください。お役に立てることは何もありませんわ」
「お願いです、彼は私の古い恩人なのです。もし何かご存知ならば教えてください。私はただ、彼のことが心配なのです」
訴えが通じたのか、扉の奥の女性はしばらく躊躇しているようだった。もしかしたら僕の名くらい、耳に入っていたのかもしれない。
待つこと数分。
「どうぞ……お入りください」
扉を開けたのは、20代半ばほどの、しかし少女のように清楚な雰囲気の女性だった。柔らかい亜麻色の髪が、緩やかに背に流れている。
「ご無礼をお許しください、勇者様」
「いえ、そんな。突然押しかけたのは我々のほうですし」
「ギルドからきたという方々が、まさか勇者様だとは思わなかったものですから……」
勇者様などと呼ばれるのはもういいかげん恥ずかしいのだが、今回はこの名前のおかげで助かったようだ。
「ジャワマコートは、やはりここに?」
「ええ……ああ、でもお願いです勇者様、どうか彼を連れて行かないで下さい!お願いです、どうか……」
今にも泣き出しそうな顔で僕を見上げ、彼女はそう小さく叫んだ。
「落ち着いてください」
今にも倒れてしまいそうな彼女の肩に手をやり、僕は言った。
「僕は何も、彼を連れ戻しに来たわけではありません」
「あ……」
「ジャワマコートは生きているのですね?」
「ええ、でもひどい重傷を負っていて、意識が戻ったのはほんの二週間前なのです。それに……」
「それに?」
「彼には……記憶がないんです。名前意外、一切何も」
それは、衝撃的な告白だった。




