不老不死の霊泉④
※視点がカスミーロスに戻ります
「命乞いなど無駄だ」
僕はそういって追い詰めた敵の脳天から股間まで一気に剣を振り下ろした。
だが、ただで殺すつもりはなかった。
ネクロマンサーの女は縦に裂けたが、それは致命傷には至らなかった。
見苦しい悲鳴をあげる女魔術師に、僕は言った。
「あまり大声をあげたり動き回ったりしないほうがいいぞ。動けばお前の傷は深まり、裂けた腹から臓物を晒すことになるだろう」
その一言に、女は凍りついたように動かなくなった。
「そのままいつまで持つか見物だな。見ろ、空にはあんなに鴉が群れているぞ」
「……!」
「追い払いたければ自分でやるのだな。僕はもう、疲れた。ここでゆっくりショーを見物させてもらうことにするから」
肩の傷に裂いたマントで止血を施しながら僕は言った。
女の顔が恐怖に歪む。
「どうした、何もしないで食われるのを待つのか?」
女が血を吐いた。
どうやら生きながら食われるよりはと、舌を噛んだらしい。
「何だ、つまらないな」
僕は倒れた女の腹を蹴り飛ばし、逸れた仲間を捜すために川岸へ戻ることにした。
背後に、次々と鴉が舞い降りていく。
僕にはもはやどうでもいいことだった。
疲労もたまり、一刻も早く二人を見つけたいのに、敵はそう簡単に僕を解放してくれる気配はなかった。
より強い敵に会うと燃える……そんな奴は何処にでもごろごろいるが、馬鹿じゃないかと思う。
たとえ疲弊していようと上は上、襲い掛かってくるならばそれなりの覚悟はしてもらいたい。こんな絶好のチャンスでも勝つことができないような実力で、たとえ偶然に僕の首を落としたところですぐに別の誰かに殺られるのが落ちだ。
それならば、いっそ望みどおり僕の手で殺してやるのも慈悲というものかもしれない。
僕は次々に襲いくる敵の首を跳ね飛ばし、川岸の岩の上に並べてやった。
大体、僕が右手でしか剣を使えないと思っているところが可愛いじゃないか。
そうして幾つか首が集まると、さすがに恐れをなしたのか敵の襲ってくる気配は無くなった。
僕の今の姿を見たら、誰だって近寄りたくないかもしれない。
ボロボロになったマントは、泥と血に塗れて元の白さを失ってしまった。
肩から滲み出した血と、全身に浴びた返り血が僕の服を黒く染めている。
剣はずっと抜き身のままだし、顔つきもきっと狂人のようになっているに違いない。
これでもし……オルシアとミルドレーンが無事でなかったら、僕は本当に気が狂うかもしれない。
青白く浮かぶ月を見ながら僕は思った。
川岸を下流にひたすら歩く。
そして僕が星明りを頼りに彼らを見つけたのは、真夜中のことだった。
「カスミーロス!」
ミルドレーンの声に、僕は岩陰にいる彼らの姿を見つけた。
「無事だったか!」
同時に叫び、思わず笑みを交わす。
「オルシアは?!」
「……心配ない、眠ってるだけだ」
その返事を聞いて、僕は思わずその場に膝をついた。
安堵に全身の力が抜けていくかのようだった。
気が付くと、僕は涙を流していた。
「奇跡だ。よかった……本当によかった」
眠っているオルシアは、濁流に飲まれたのがまるで嘘のように綺麗だった。
その頬に触れようとして、僕は自分の手があまりにも血に塗れていることに気づき、慌てて引っ込めた。
「魔物が助けてくれたんだ」
ミルドレーンの話は驚きだったが、オルシアの様子を見ていると納得もできる。その魔物はオルシアの第二の親のようなもの……魔物なりの愛し方で彼女を見守っていたとしても、不思議ではないだろう。
一息つき、安心すると、僕はふと怒りがこみ上げてきた。
やはり、こんなつまらない仕事は、初めから受けるべきではなかったのだ。
「なぁミルドレーン、お前、何でこの仕事にそんなにこだわったんだ」
「……」
「もしかしたら、運が悪ければ三人とも死んでいたかもしれないんだぞ!?いや……オルシアが助かったのは、本当に奇跡としか言いようが無いんだ」
「……そうだな」
「理由を聞かせてもらおう」
「理由なんて決まってるだろ、オレは不老不死になりたかったんだ」
「……は?!」
ミルドレーンの答えに、僕は面食らった。
不老不死になりたいだと?
まさかミルドレーンまで……そんなくだらない幻想を抱いているのか……?
「ふざけるな!」
僕は怒鳴った。
「不老不死!?そんなものになってどうなる。それが幸せに見えるとでも!?オルシアを見てみろ、今までずっと孤独で……これからだって、僕たちがいなくなったあとも彼女は生きていくかもしれないんだぞ!それが幸せか!?そんなものは……悪夢だ。お前はそんなこともわからないのか?!」
「わかってるとも!だからオレは……!」
そう怒鳴り返して、ミルドレーンははっとしたようにオルシアを見てから、自分を落ち着けるように大きく息を吐いた。
「オルシアは永遠に生きていくのかもしれない。最初から孤独なままなら……あるいはオルシアは一人で耐えて生きたかも知れん。だがもうオルシアは仲間がいることの喜びを思い出してしまった。無邪気な奴だからこそ余計かわいそうだ。俺たちがいなくなったあと……オルシアはどうする?もしかしたら違う仲間を見つけて楽しくやっていくかもしれない。でもその仲間もいつか先に死ぬ。そんなことが永遠に続いたら……?お前が言うように、そんなのは悪夢だ。とても耐えられない」
「……」
「オレは永遠の命を手に入れて、それでオルシアと対等になりたいとか、そんなことは思ってない。そんなものが無くても、オレはいつかオルシアの心を手に入れる。そう思ってる。でも……実際そううまくいくとは限らない。たとえオルシアが他の男に惚れていてもかまわない。永遠に振り向いてもらえなくてもオレは耐える。でももしオルシアが孤独を感じて泣きたくなったら……いつでもそばに駆けつけてやれる男になりたかった。たった一つ、一人でも……すがれる場所があれば人は耐えて行ける。オレはそのための場所になりたかった。だからこそ、永遠の命が欲しいと思った。オルシアがあとどれだけ生きるのかは知らないが……オレが永遠に生きられれば、少なくともずっと見守ってやることはできる。そのためなら、永遠に一方通行でもかまわない……そう思ったんだ」
「……」
ミルドレーンの言葉に、僕は動揺した。
僕は……僕はオルシアのことを思うからこそ、永遠の命など虚しいものだとわかっていると、それだけでオルシアのことを……オルシアの心をすべて理解したつもりでいた。
だが、ミルドレーンは僕よりもずっと冷静にオルシアのことを考えている。
僕には、たとえ彼女のためにでも、永遠の孤独を生きる勇気は無いだろう。
ましてや一方通行な思いのままなど、とても耐えられない。
「すまないミルドレーン。僕は君に責任を押し付けようとした」
そう詫びると、ミルドレーンは首を左右に振った。
「そんなことはないさ。何が何でも行くって言ったのはオレだしな」
「いや……最終的に判断を下したのはやっぱり僕なんだし、君ばかりが悪いんじゃない」
「じゃあ、お互い様ということにしておこうぜ」
「……そうだな」
僕たちは微笑み交わす。
こんな仲間ができるなど、昔は想像もしなかったのに……。
僕はミルドレーンの隣に移動し、岩に背を預けた。
「少し眠ってもいいか?」
「ああ、見張りはオレがするよ」
「すぐに交代する」
僕はそういって目を閉じた。
睡魔はすぐにやってきた。
そして、朝も……。
「ふあぁぁぁああぁ」
巨大なあくびに、僕は驚いて目を覚ました。
気がつくと、あたりはもう明るくなり始めている。
見張りを交代するなど言って、僕はすっかり熟睡してしまっていたらしい。
「うをぉ!?」
ミルドレーンの腕の中で目覚めたことに驚いたのだろう、オルシアが面白い声をあげる。
だが別に、そこから退くつもりもないらしいのが彼女のおかしなところだ。
「やあ、おはよう」
僕はなんともいえない温かい気持ちでいっぱいで、笑顔でそうオルシアに言ったのだが、多分ずいぶんさまになっていなかったことだろう。
「おは……うわぁ、カスミーロス、ずいぶんズタボロだな?!」
いつもより少し柔らかい女性の声で、オルシアはそういった。
そして自分の体にかけられたミルドレーンのマントを見て、ようやく昨日のことを思い出したらしい。
「あ……俺、生きてたんだ?」
「ミルドレーンが見つけてくれた」
「カスミーロスが敵をなぎ払ってくれたからな。それに……見てみろよ、なんかなくなってるんじゃないか、オルシア」
その言葉に、オルシアは立ち上がって、自分の体を見回した。
しばらく考えて、やがて思い出したようにもう一度全身を探る。
「カエルが無い!」
「そうだな」
「指輪も無い!」
「ああ」
「お守りと指輪が効いたんだ……すっごい効果だったんだなぁ」
心底感心したような声に、僕とミルドレーンは顔を見合わせて爆笑した。
「?」
「いやいや、また買ってやるよ。な、カスミーロス」
「ああ。でもちょっと心臓に悪いから、増水した川には二度と入らないで欲しいな」
「入りたくて入ったんじゃないッ!」
ちょっと不機嫌にふくれっ面をしてから、オルシアは
「怖かったけど、でもいい夢が見れたんだ」
と言った。
「夢?」
「うん……なんだか、とても懐かしい感じがする夢だったよ」
それから僕らは、すぐに街へと引き返すことにした。
僕の方の怪我も治さなければならなかったし、何よりもう、不老不死の泉など、どうでもいいような気がしていたから。
「でもちょっと、どんなものか見てみたかった気もするな」
「そうだな」
「カスミーロスも、怪我しないようにカエル買っといたほうがいいんじゃない?俺、買ってあげるよ」
「……だったら自分の分を自分で買え」
そんな会話を交わしながら、僕たちはギルドへと戻り、堂々と依頼放棄の報告をした後、一晩中酒場で盛り上がった。
END




