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WITH THE WIND  作者: レエ
本編
18/66

不老不死の霊泉③

※視点がミルドレーンにかわります

 途中数体の敵が襲ってきたが、構ってやる暇はなかった。オレは修羅のように敵を一撃でなぎ倒しながら、もうとっくに姿の見えなくなったオルシアの姿を求めて川沿いを走った。

 土色の水が轟音を上げて渦巻いている……悪夢のような光景。

 すべての希望を打ち消すかのようなその川の姿に、しかしオレは必死にオルシアの生存を信じようとした。

 だが、森の日暮れは早い。高い木々の陰になり、日はどんどん細くなってくる。

 頼むから、オレの前に姿をあらわしてくれ。

 オレは祈った。

 オルシア、もしお前に万が一のことがあったら……オレもこの川に身を投げるぞ。

 一人でどこかに行ってしまったりしないでくれ。

 オレは、何処までもお前と一緒に行きたいんだ。オレにはお前しか見えないんだ。

 永遠に……

 永遠に。

 たとえ、お前が見ているのがオレじゃなくても……。



 どれだけ探し回っただろう。

 あたりはすっかり日が暮れていた。

 ギャーギャーと、鴉のうるさい鳴き声が聞こえる。

 石でも投げてやろうかと、前方に舞い降りてきた鴉に目をやって、オレは驚愕した。

 鴉のくちばしに咥えられているものに、オレは確かに見覚えがあった。

 やけに可愛らしい作りの、緑色をしたカエルのお守り。

「お前……それを何処で?!」

 鴉に言葉が通じるわけもないのに、オレは思わずそう叫んだ。

 鴉はその声に驚いたのか、カエルを咥えたままばさりと空に飛んでいってしまった。

「待て!」

 鴉の行く先にオルシアがいるとは限らないが、オレは追わずにはいられなかった。

 もう手がかりになりそうなのはあの鴉しかいないのだ。

 闇に紛れてしまいそうな、不吉な黒い鳥を追いながら、オレはひたすらオルシアの無事を祈った。

 頼むから生きていてくれ。

 生きていてさえくれれば……あとは何があろうと必ずオレが守るから。お願いだから、死なないでくれ。



 10分ほど全力で走って、ついに闇に鴉を見失ってしまったそのときだった。

 ふと頭上から、青い月光が降り注いだ。

 川岸の草地の上に、漆黒のマントが翻る。

 月光の中、優美に立つ後姿。

 長い黒髪が、冷たい風にサワリと揺れた。


「オ……」


 オルシア……?

 そう呼びかけようとして、オレはハッと息を呑んだ。

 こいつは人間じゃない。

 この気……これは正真正銘の魔族のものだ。それも、半端な奴じゃない。

 剣を握ろうとした手が震えた。こんなにも恐ろしい魔力を持つ相手に出会ったのはこれが初めてだ。

「ミルドレーン」

 ぞっとするように美しい低い声は、目の前の魔物からというよりは、天から直接頭の中に響いたように聞こえた。

「そうか、君がミルドレーンか……」

 黒衣の魔物がゆっくりと振り返る。

 圧倒されるような気迫と美貌……。

 しかし、どこか悲しげにも見える紫の瞳に出会い、オレの戦意は喪失した。

「アンタは……?」

「君も聞いたことがあるだろう。私は、オルシアに命を与えた者」

 答えは必ずしも予想外ではなかったが、オレは驚いた。

 では、こいつが瀕死の幼いオルシアを救った魔物だというのか。

 オルシアは、幼いころ原因不明の病にかかり、危うく命を落としかけたという。

 死に逝く我が子を救うため、必死に祈った彼女の母の前に現れたのは、救いの神ではなく悪魔だった。

 魔物はオルシアに自らの命の一部を与え、その影響でオルシアは半魔族とも言うべき存在となり、人にはありえない時と魔力を手に入れたが、そのために魔女と恐れられて300年にもわたる幽閉生活を送る羽目となり、彼女の母もまた、祈りを聞き届けた代償として魔物に命を奪われたという。

 こいつのせいで、オルシアは想像を絶するような孤独の中で苦しめられなければならなかった。

 だが、こいつがオルシアにそういう運命を与えなければ……彼女は300年前にとっくに死んでいたし、オレの前に現れることもなかった。

 オルシアと似た瞳を持った魔族。

 何故今ここに現れたのだ?

 まさか……オルシアの寿命が尽きたとでも!?

「久しぶりに元気なオルシアの姿が見られるかと思ってみれば、これはどういうことだ、ミルドレーン」

 静かだが、抗いがたい畏れを抱かせる声に、オレは必死に恐怖心を振り払った。

 それに、この魔物……不思議なことを言わなかったか?

「運良く私が通りかからねば……いくら常人ではないとはいえオルシアも命はなかったぞ」 

 ではこの魔物は、オルシアにただ徒に命を与えただけでなく、彼女を生かしたいと……そう思っているということなのか。 

「本当ならば、そのまま私の手元に連れ去ってしまいたかったところだが……」

 魔物は言った。

「オルシアは、きっとまだお前たちと共にいたいだろう。今回は、彼女はお前たちに返してやる」

 そういって、魔物は濃蒼の裏地を持つ漆黒のマントを翻した。

 淡い光に包まれて、目の前に現れたオルシアを、オレは両手で横抱きに抱きとめた。

「オルシア……!」

「一つ約束をしてもらいたい」

 美しい魔物が言う。

「彼女に……誇れる人生を与えてやってくれ」

「……?」

「私はかつて過ちを犯し、大いなる父の制裁を受けた。私は一人の美しい少女に仮初の命を与え、彼女に酷い苦しみを味わわせてしまった。取り返すことのできない過ちは、これから先も彼女を長い葛藤の中に置くだろう……」

 魔物の姿が一瞬霞むようにブレた。思わずオルシアを抱いたまま駆け寄ろうとしたオレに、魔物は静かに言った。

「私は一つの時に長く留まることができないのだ。残念だが、もう行かねばならん」

「……」

「頼んだぞ、ミルドレーン。オルシアは、君…と……が、一番…………」

 それから先はもう聞き取ることができなかった。

 まるで初めから幻だったかのように、魔物は消え、青白い月光の中オレはオルシアを抱いたまま立ち尽くしていた。

 腕の中で、オルシアは静かに目を閉じている。

 体にも服にも、何処にも傷は見当たらない。川に落ちたのが嘘のように髪の一筋とて濡れてはいないし、泥に汚れた個所もない。

 月光に照らされた青白い美貌。

 あまりにも美しいその姿に、オレはオルシアさえもが幻のようにこの腕の中から消えてしまうのではないかと思った。

 意識を失っているためか、彼女の体は本来の女性の姿に戻っている。重力を無視したように軽い体がオレを酷く不安にさせた。

 際だって紅い唇に口づけたい衝動をこらえ、オレはオルシアを抱いたまま近くの岩陰に腰を下ろした。体が冷えないように、オレのマントをはずしてかけてやる。こんなボロ切れみたいなマントでも、少しはましだろう。

 まだ目を覚まさないオルシアの髪を撫でながら、オレはいろいろなことを思った。

 オレは、どうしても不死の秘薬が欲しかった。それがオルシアのため……と、俺は考えていたが、今思えばたぶんそれはオレ自身のためだった。

 そのせいで、侵さなくてもいい危険を侵し、危うくオルシアを失うところだったと思うと、不甲斐なさに泣きたくなる。

 カスミーロスはどうしただろう……?

 本当は自分こそ、オルシアを追いかけたかったはずだ。

 ……どうか無事でいてくれ。

 オレは空を見上げて祈った。

 地上の苦しみなど知らぬげに、大きな蒼い月が静かにオレを見下ろしていた。


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