不老不死の霊泉②
三日後、準備を整えた僕たちは、街の東に広がる広大な森の中へと入っていった。
仕事は抜きで……とオルシアは言ったが、他の冒険者の不興を買っても困るので、一応堂々とギルドに依頼を受ける旨を報告しておいた。別にもう、僕は不敗の称号なんて要らないから、失敗なら失敗でいいだろう。内緒で探索に行って、抜け駆けだと騒がれるよりはずっとマシというものだ。
ただ、問題なのは、この依頼に挑戦しているのが僕らだけではないということだった。
「今回の敵は、モンスターだけじゃない。泉の水を狙っているもの全てを、敵と考えていいだろう。冒険者の中には、危険な思考の持ち主も多い。ライバルとなる他の冒険者を襲ったりするもの、手柄を横取りしようと狙っているもの……そういう連中がたくさんいるということを忘れないでくれ。それに加えて、ただでさえ僕らは名通っている分敵が多いからね」
「オルシア、お前オレたちから離れるなよ」
「お前に心配してもらわなくても、俺は誰にも負けない」
「オルシア、君が強いのはわかってるけど、絶対にはぐれないように注意してくれ。お互いに注意を払っていないと、全員無事に戻れる保証はないんだ。例え君が無事だったとしても、君がいないことで僕やミルドレーンに危険が及ぶことだってある。わかったね?」
「ああ……うん、そうだな。注意する」
素直に頷いたオルシアを見て、ミルドレーンが苦笑して肩をすくめた。
「やっぱり勇者様の言うことは違うね」
「……」
本当に感心しているのか嫌味なのかわからないが、僕はとりあえず無視しておくことにした。
森の中は薄暗く、異様なまでに肌寒かった。木々はねじくれ、折れ曲がり、青黒い苔が密集している。ジメジメと不快な空気。昨日の雨のせいで、足場は最悪の状態である。
オルシアがいた森とは明らかに違う……本当の邪気に溢れた世界がそこにはあった。
そして、不審な気配も。
「う~ん、ホントに何かありそうな雰囲気!泉がなくても、何かしらお宝は眠ってそうだな。楽しみ♪」
森慣れしているのか、危機感がないだけなのか、相変わらずオルシアは楽しそうだ。まあ、10中8.9後者だろうが……。
「ミルドレーン」
「ああ、わかってる」
さすがに元傭兵だけあって、敵の気配に敏感なミルドレーンは、敵の位置を察知し、さりげなくオルシアのガードに回っている。パーティーに魔法使いがいる場合、まずそれを片付けるのが常套だ。それに、どう見てもこの中では、オルシアが一番防御力に劣るだろう。飛び道具で不意に攻撃されて避けきれるほど、オルシアは殺気に敏感じゃない。
そうして道無き道を、三時間ほど歩いた時だった。
「なあ、カスミーロス、ちょっと休憩しちゃダメか?」
川岸にでて、やっと少し視界が開けたところまできて、オルシアは申し訳なさそうにそう言った。
弱音は滅多にはかないオルシアだ。これでも大分我慢していたのだろう。いくら魔法で男に変身しているとはいえ、オルシアは本来は女性だ。それに長い間塔にいたせいで、お世辞にも体力があるとはいえない。
それでも持ち前の明るさと気力でいつも乗り切っているが、このジメジメと蒸し暑い森の空気と、ぬかるんでいる上に少しも平坦な所の無いという足場の悪さのせいで、ついに限界に来たらしい。無理もない、僕だって一人だったらもうとっくに引き返していたところだ。
だが、川岸といっても、そこはけして美しい場所ではなかった。
幅の広い河は、前日の雨のせいか水かさを増し、濁りきって轟音を立てている。
万一落ちたら、きっと一溜まりも無いだろう。
しかし、肩で息をしているオルシアの辛そうな表情を見ていると、とてもダメだとは言えなかった。
どうせ、狙われているのには違いないのだ。何処で休憩しても大して違いはないだろう。
「じゃあ、10分だけ休憩にしよう」
心底ホッとしたように息をついて、オルシアは水辺の岩に腰を下ろした。大丈夫かと問うと、一応笑顔で頷くものの、相当参っていそうなのは間違いない。
だいたい、オルシアにとって不老不死の薬なんて、本当は見つけても何のメリットにもならないのだ。ただ莫大な報奨金が入るというだけで……こんな苦労をしてまで、秘薬を得る必要なんてあるのだろうか。
いっそ諦めて、戻ったほうがいいのではないだろうか。
僕はそう思い、ミルドレーンに伝えようとした、その時だった。
「ミルドレーン!」
僕の声に、ミルドレーンははっと地上から突き出した手を踏み潰した。
それを皮切りに、次々に地面から湧き出してくる骸骨やゾンビ。
いくら暗い森の中とはいえ、昼間からこんなものに遭遇するとは。
森の中からもぞろぞろと現れ始めたそれらに、僕らはすっかり囲まれてしまった。
あたりには異様な臭気が漂い始める。
「うげぇ、何これ?気持ち悪い……」
「オルシア、火を使うんだ。奴らは火に弱い」
鼻を抑え戦意喪失気味のオルシアにそういうと、オルシアはこくりと頷いて、銀の杖をかざして小さく呪文を唱えた。
逆巻く炎がアンデッドたちに襲い掛かる。あっという間に10体近いモンスターが灰になったのを横目に見ながら、僕は剣を振るった。
「ネクロマンサーか!?」
と、ミルドレーンが次々と大剣で髑髏の脳天を叩き割りながら叫んだ。
「ああ、多分近くにいるはずだ。捜すぞ」
各個撃破していては埒のあかないアンデッドモンスターの数に、僕たちは苦戦した。
奴らは魂すら持たない不死者。剣でばらばらにしたところで、滅ぼすことはできない。こういうものは炎で灰にしてしまうか、僧侶の解呪で敵のネクロマンサー……すなわち死霊使いの強制使役魔法を打ち破るしかない。
ここはオルシアしか役に立たないので、彼に注意を促して僕とミルドレーンは左右に別れて死者たちの使役者であるネクロマンサーを捜した。
生前は僕たちと同じような冒険者であったのだろう武装したアンデッドたち。死体になってしまえばかつてどのような強さを持っていたとしても大した敵ではないが、こんなものをいつまでも相手にしていたら体力が持たない。
それにしても、なんと言う数の死体だろう。
永遠の命とやらを得るために……こんなにも命を捨てたものがいるというのか。
そんなに永遠の命がほしいのか……?
そんなもの……きっと本当はただの悲劇でしか……
僕はオルシアを振り返った。
「オルシア、危ない!」
油断した。
死者が現れるのは、何も地中からだけとは限らない。
悲鳴が上がった。
水中に引き込まれるオルシアの姿に、ミルドレーンが血相を変えて引き返すのが見えた。
「ミルドレーン、オルシアを追ってくれ!!」
濁流の中、あっという間にオルシアの黒い影が下流へと流されてゆく。それを追うミルドレーンの姿を確認し、僕は右肩に突き刺さった敵のレイピアを引き抜いた。
真紅の血が、濃紺の服にどす黒く染み出してくる。
「許さない……」
僕はギリッ……と奥歯を噛み締めた。
どうか無事でいてくれ、オルシア。
頼んだぞ、ミルドレーン。
こんなのが永遠の別れなんて、僕は絶対に嫌だからな。
魔術師が姿を隠しているなら、川沿いよりは森だろう。
「僕を……僕たちを敵に回したことを、たっぷり後悔させてから殺してやる!」
僕はそう叫んで森の中へ走った。
※続きは3/28(月)AM6:00にUPします。




