不老不死の霊泉①
東の森の古い神殿に、飲むと不老不死になる水が湧き出す泉がある……。
にわかには信じがたい話だったが、このあたりでは有名な伝説らしく、噂が人を呼んで、街は大いに賑わっていた。
「へー、すごい街だなぁ」
あまりの人の多さに僕はうんざりしていたが、オルシアは楽しくて仕方がないらしい。大道芸を見つけては走っていき、珍しい店を見つけてははしゃいでいる。しょうがないやつだな……と思いながらも、ねだられるままに、役にも立たない人形やら、くだらない民芸品の玩具なんかを買い与えてしまう僕は、もっとどうしようもないのだが……子供のように無邪気な、嬉しそうな笑顔を見ると、誰だってつい甘やかしてしまいたくなるに違いない。
それに、大体オルシアが欲しがるものといえば、ほんの他愛も無いものばかりだ。多少の出費でこの笑顔が買えるのなら……なんてことを考えてしまう僕は、多分、情けない男だと思う。
「勇者様はお優しいんだな」
ミルドレーンは呆れ顔でそう嫌味を言って、自分は付き合っていられないからと、一人でどこかへ行ってしまった。待ち合わせ場所はこの街のギルド。こんな大きな街なら、きっと仕事もたくさんあるだろう。彼のことだから、きっとある程度次に受ける仕事の目星を付けておいてくれるに違いない。一見ガサツそうに見えるが、意外としっかりした性格で無駄がなく、実際のところ僕よりもずっと頼りになる男なのではないだろうかと思う。
「カスミーロス、アレが欲しい」
袖を引っ張られ、指し示された指の先を見て、僕はがっくりと肩を落とした。
そんなもの要るか!
いっそそう叫んでしまえたら、どんなに楽だろうと思いながら、僕は財布の紐を解く。
こうしてまた、余計な荷物が一つ増えた。
「で、何なんだアレは。あ?勇者様よ」
ギルドにつくなり、僕はこめかみを痙攣させたミルドレーンに壁際まで拉致され、引きつった微笑と静かな声で、そう問われた。
僕はとりあえず笑顔を返しながら、同じように静かに答える。
「カ…カエルだ」
「アレがなんの役に立つんだ!!」
ミルドレーンは、苛立ったように、しかし声を殺して叫んだ。
視線の先では、オルシアが上機嫌でマスターに何やら注文している。
背の高い、黒ずくめの……溜め息の出るような美青年。何処に行っても、彼は常に注目の的だ。今だって例外なく、ギルドに来ている連中の目は、彼に釘付けになっている。だからこんな店の片隅の壁ぎわで、絶体絶命のピンチに陥っている僕のことなど、誰も見やしないのだ。
しかし、その絶世の美青年の腰には、あまりにも不似合いな物体が揺れていた。
何故か異様に爽やかな黄緑色をしたそれは、どう見てもカエルである。ただし、布製だ。
「……お守りなんだそうだ」
「お守り?アレが?!」
「中に、小さな木の実がつまってるんだが、それに紛れて、幸運を運ぶとされる宝石のかけらが入っているらしい」
「……なんてうさんくさい代物……」
ミルドレーンは絶句した。まあ、気持ちは非常によくわかるが……
「いいじゃないか。大した値段でも無いし、もしかしたら少しくらいご利益があるかもしれないだろう?」
それに、欲しがったのはオルシアなんだ。と、僕は責任を転嫁した。
「ったく、お優しいのはいいが、ちょっと甘すぎるんじゃないのか?」
確かに僕もそう思うが、本当は僕以上にオルシアに甘いミルドレーンは、チッと舌打ちして、注文したドリンクを手にテーブルについているオルシアの方に行ってしまった。
一言注意してくれるのかと思ったが、彼もそんな憎まれ役を買う気はないらしい。オルシアの向かいに座りながら、
「面白いものぶら下げてるな」
と言ったのはそれなりの皮肉だったのだろうが、オルシアから返ってきたのは、満面の笑みと、「いいだろ?」の一言。
こう無邪気に言われてしまっては、もう何も言えやしない。
「あ…ああ、なかなか────可愛いぞ」
若干顔を引きつらせながらも、そう答えるミルドレーン。結局、僕らはそろいもそろってオルシアには弱いのだ。
肩をすくめて、僕は残りの席に腰を下ろす。四人用のテーブルなので、迷わずオルシアの隣にした。ミルドレーンがじろりと僕を睨んだが、最初からここに座らなかったお前がいけないんだと無視する。
しかし……
「あ、オルシア。これは、オレからのプレゼントだ」
そう言って、ミルドレーンがポケットから取り出したものを見て、僕は愕然とした。
まったく……誰が甘すぎるって???
包装は可愛げのないただの小さな紙袋だったが、中から出てきたのは金のリング。それも、小粒とはいえ紫水晶のついた、なかなか凝ったデザインの指輪だった。
宝石と同じ色をしたオルシアの瞳が、歓喜の色を宿す。
「ホントにくれるのか?」
「ああ、そのカエルよりはましなお守りになると思うぜ」
「ありがとうミド。お前ケチかと思ってたけどいい奴だな」
「誰がケチだよ。俺は無駄遣いが嫌いなだけだ。────その指輪、マジックアイテムなんだ。ずっと探してたんだけど、やっと見つけたから……きっとお前に似合うと思って」
それは、あらかじめ呪文が掘り込まれた、魔法の指輪だった。一見凝った模様にしか見えない装飾文字がその呪文である。
「何の呪文なんだ?」
僕は、興味を引かれてミルドレーンに訊ねた。マジックアイテムなんて、そう滅多に売っているものではない。それがあったというだけでも、この街がどれほど大きな町であるかがわかるというものだ。
「防御魔法だよ。オルシアは確かに並外れた魔力の持ち主だが、旅慣れていない。戦闘経験も浅すぎる。それに、オレたちみたいに頑丈じゃない。にもかかわらず、装備してるのは普通の布の服だ。はっきりいって防御に不安がありすぎる。しかしだからといって重い鎧が装備できるわけじゃない……で、昔傭兵をしていた時に一度見かけたこの指輪を、ずっと探していたってわけだ。これなら、体力がなくたって装備できるし、それに、綺麗だろ?」
確かに、オルシアはもっている魔力そのものは誰にも負けないかもしれない。しかし、世間のどんな魔術師よりも、魔法に関する知識は浅いし、きちんとした呪文を習得しているわけでも無い。塔から出てまだ数ヶ月。戦闘経験どころか、世の中の事だって良くわかっていないのだ。その日暮らしの、不安定極まりない生活……本当は、こんな仕事に付き合って酷な旅をするよりも、どこか安全な村で、優しい男に護られながら暮らした方が、オルシアはずっと幸せなのかもしれない。
危険な旅を続けていたら……いつか取り返しのつかないことになるかもしれないのに。
それでも、オルシアを手放すことも、旅をやめることも出来ない僕は弱い。オルシア一人くらい護れるという根拠のない自信だけで、僕はあまりにも無茶をしすぎているのではないだろうか。
実際今だって、僕よりもミルドレーンのほうがずっとオルシアの事をよく見ている。ギルドの仕事で得た報酬は、半分をパーティーの維持費に、残り半分を三人で山分けしているが、ミルドレーンは僕の目にはかなり倹約家に映っていた。しかし、それも全てこのアイテムを買うためだったとすれば……大した男だ。
「一体どんな効果があるんだ?これ嵌めてると、鎧着てるみたいな効果があるのか?」
指にピタリと嵌ったそれを嬉しげに光にかざしながら、オルシアが問う。小さなアメジストは、まるで彼女の瞳の色に合わせたかのように、魅惑的な輝きを放っていた。
「まさか。そこまで効果があるなら、今ごろ鎧なんか廃れてるぜ。これは装備しているものが受けたダメージを代わりに吸収してくれる指輪なんだ。吸収してくれるといっても無限にってわけじゃない。蓄積されたダメージが一定の限界を超えたら、粉々に砕けてそれっきり。だから、指輪に頼りきって防御をおろそかにするのは危険だ。致命傷になるような傷は、一回でも防げたらラッキーだぐらいに思っておいたほうがいいだろう」
「ふーん」
「まあ、お前は強いし、そんなもの要らないと思うかも知れないけど、一応用心の為にな。オレやカスミーロスが防具着けてんのと同じだと思ってくれりゃいい」
「ああ、ありがとう。砕かないように頑張る」
そう言って、オルシアはまた満面の笑みを浮かべた。
月夜を思わせるような静謐な美貌なのに、何故こんなにも明るく輝いて見えるのかが不思議でならない。
静けさと、妖艶さと、無邪気を同時に持ち合わせることが可能だなんて、オルシアに出会うまでは、僕は考えもしなかった。
だからこそ手放せない。
それは、奇妙な独占欲だった。
「ところで、何かいい仕事はあったか?ミルドレーン」
僕は話題を変えることにした。
「ああ、依頼ならピンからキリまで腐るほどあったぜ。でも、やっぱり一番多いのは不老不死になるっていうその水がらみの話だな。持ち帰れば、丸2.3年は一切仕事無しで生きていけると思うぜ」
「不死の水か……。しかし、本当にそんなものがあるとはとても信じられないよ」
「……そうかな、オレはあると思うけどな」
以外にも真剣な様子のミルドレーンに、僕は肩をすくめた。
「まさか。いくらなんでも……」
「何か魔法がかかった水なのかもしれない。その指輪みたいに」
「だが……不老不死の魔法なんて、聞いたことも無い」
「聞いたことなくても、実際に存在しているだろ。少なくともそれに限りなく近いと思われる魔法が」
そう言って、ミルドレーンはオルシアに視線を向けた。
そうだった……。
不死……かどうかはわからないが、最低でも300年は確実に生きている人間が、目の前にいる。しかも、20代初めの、美しい外見を留めたまま……。常人から見れば、オルシアこそ、不老不死の存在と映るだろう。
オルシアが魔法にかけられたのは、まだホンの幼い頃だったと言っていた。
不治の病にかかった幼い彼女を助ける為に、魔物と契約した母の命と引き換えに自分は生き長らえたのだと……少し寂しそうに語ったオルシア。人としてありえない年月を生き、人としてありえない魔力を持つ羽目になったのは、彼女の病を癒したその魔法による副作用なのか、それともそうすることによってしか彼女が生き延びる術はなかったのか、あるいは魔物の気まぐれな悪戯だったのかはわからないが、人が不老不死……少なくともそれに限りなく近いものになるという現象は、実際に存在しているのだ。
もし、泉自体に非常に強力な魔法がかかっているとしたら……それを飲んだものが不老不死になるというのも、決して不可能な話ではないかもしれない。
「しかし、本当に存在するものならば、今までに誰か一人くらい水を飲んだという者がいてもおかしくないんじゃないか?」
僕は、最後の確認をするように、そう言った。
ミルドレーンは、静かに頷いて、答える。
「それも色々訊いてみた。大抵の冒険者は泉を発見することも出来ずに逃げ帰ってくるか、モンスターに殺られちまうか……あるいは他の冒険者にやられるかのいずれか。行方不明者もごまんといる。実際のところ泉を発見して無事に戻ってきた人間はいない。……ただ一人の男を除いては」
「その男は?」
「一応街までは戻ってきたそうだが、狂死したそうだ」
「狂死?」
「死に際に男が洩らしていたらしい話を総合してみると、こうなる。確かに不老不死の泉は存在する。しかしそれは俺たちの考えているようなものじゃない。だから泉の水を飲んではいけない」
「それは……どういうことなんだ」
「さぁな。少なくとも、その男は泉を発見し、効果もその眼で確かめたが、自分は飲まずに逃げ帰ってきた……ってことだろう」
「……」
何か薄寒さを感じさせるようなその話に、僕は言葉を失った。
報酬の高さは魅力的だ。しかし……非常に危険な仕事でもある。
「俺にはどっちでもいい話だけど……」
と、切り出したのはオルシア。
「でも、泉に魔法をかけた奴がいるとしたら、そいつはもしかして俺に魔法をかけていった魔物かもしれない。一度会ってみたいと思ってたんだ。泉が見つかれば、何か手がかりくらいは得られるかも知れないな」
「……オレは興味あるね。是非とも、その泉とやらを見つけてみたいものだ。というより、オレは行く。もう決めた」
「な……待ってくれ、ミルドレーン。そう簡単にいく仕事じゃない。もう少し、よく考えてから……」
「いいじゃないか、カスミーロス。報酬もいいし、伝説の泉を見つけるなんて面白そうだ。ダメなら引き返せばいいことだし、とりあえず仕事は抜きで行ってみないか?水を持ち帰れればラッキーだし、持ち帰れなかったらそれでいい」
「賛成」
「まったく君たちは……。わかったよ、その代わり無茶はしないこと。とりあえず今日は休んで、明日、情報収集を兼ねて、必要なものを買いにいこう。探索はそれからだ」
僕の言葉に、二人が嬉しそうに頷く。全く、好奇心旺盛というか楽観的というか……オルシアはともかく、ミルドレーンはもっと現実的な思考の持ち主かと思っていたのに。
そう心の中でぼやきつつ、結局何も言えない僕も僕だが。




