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WITH THE WIND  作者: レエ
本編
14/66

碧落②

 翌日になっても、予想通り伯爵はオレたちを帰そうとはしなかった。しばらくの間滞在して欲しいと懇願され、オレたちは城にとどまることにしたが、相変わらずカスミーロスは一人もてはやされていて、オレとオルシアは暇を持て余す羽目になった。

 それでもオルシアは、この城を居心地がいいと感じているようである。あるいは、それは当然のことなのかもしれない。伝統を重んじる貴族の家こそ、今の世にあって最も古き文化を留めた場所なのかもしれないから……。

「俺の城の庭にも、白い噴水があったような気がする」

 カスミーロスが伯爵に呼ばれてどこかへ行ってしまったので、オレとオルシアは二人で城の中庭を見学をしていた。見学といってもオレはただオルシアについて歩いているだけなのだが。

「それでね、よく噴水の周りを走り回って怒られたような気がするな。そうだ、そんなふうに遊んでいる時に、俺は急に気分が悪くなって、それから……あっ」

 話の途中で、オルシアは何かに気づいたようにそう小さく叫んだ。

 何事だろうと視線を追ってみると、城のテラスにカスミーロスの後ろ姿が見えた。白いテーブルを挟んで、伯爵の令嬢がいる。御歳17という、いかにも貴族の娘らしい、上品で美しく、だがどこか強かな雰囲気の娘だ。

 スミレ色のドレスに身を包んだ令嬢は、遠めに見てもそうとわかるくらい、カスミーロスに好意を寄せている様子だ。年齢的にも、ちょうど年頃なのかもしれない。

「相変わらず何処に行ってもモテる男だな……行ってみるか?」

「え、いいよ。邪魔しては悪いだろう……それより俺、書庫を見せてもらいたいんだ」

「書庫?」

「古い家なら、古い歴史書があるかも知れないだろう」

「歴史書?そんなものを見てどうするんだ」

「別に。ただ、俺の国の話が一体どういうふうに伝わってるのかちょっと知りたいんだ。俺も……子供の頃の記憶は、だいぶあやふやになっているし」

「……」

 一瞬、強い風が吹き、白く吹き上げる噴水の水が大きく揺らいだ。

「興味が無いなら、ついて来なくってもいいんだぞ」

 強風に煽られる髪を抑えながら、身を翻すオルシア。翻る彼の漆黒のマントは、カスミーロスとはあまりにも対照的で、そして何故か似通って見えた。



 結局、書庫にはオルシアの望むような書物は無く、オレはどこかホッとしている自分が嫌になった。

 オルシアの過去を、オレは知っている。

 いや、オルシア自身、驚くほど正確に幼い日々を記憶しているのだ。

 だが、普段のオルシアは、それを〝忘れた〟と〝思い込んでいる〟。過去について語るのは、半分眠っているような時か寝言、あるいは悪酔いした時など、決まって意識が正常ではない時だけ……。

 想像もつかないような深い孤独と悲しみと、癒しがたいほどの傷。本人が忘れているのなら、永遠に思い出させないほうが幸せなのかもしれない。

 実際、カスミーロスはそのつもりだろう。

 あいつはこのまま、明るく、無邪気で、純粋で……そして不安定なままのオルシアを、そのままそっと優しく包むように守っていくだろう。オルシアの心を変えないように、壊さないように……あいつになら、それができるのかもしれない。

 だが……本当にそれでいいのか?

 このままではいつか、今よりももっとオルシアは傷つくことになるのではないだろうか。

 いつまでも、このままでいられる筈が無い。

 そう思うと同時に、それでも今はまだこのままで……そう願う自分の心が、ひどく疎ましいものに感じた。


 幼い日、オレは決して裕福な家庭に育ったわけではなかったが、両親は優しく温かで、たとえ食べ物には飢えようとも、愛情に飢えたことは無かった。オレは我侭では無かったつもりだが、我侭になる必要などないくらい、両親に甘えることが出来た。

 オレは何故、カスミーロスがオレに無いものを持っているのか、ようやくそれがわかったような気がした。

 カスミーロスには……あいつには、幼い日に肉親、あるいはそれに代わる何かしらの愛情さえ、受けた記憶が無いのだ。

 オレは常々思っていた。

 非の打ち所の無いほど優雅で、お優しい勇者様。

 奴は何処にいってもモテたが、平気でその場限りの恋人を作り、当然のようにあっさりと捨ててまた次の町へと旅立つ。それは恐ろしいくらいに冷酷に、一欠けらの心さえ相手の為には残さずに。

 最初は、ずいぶん遊び慣れた奴だと思った。

 だが、そうではない。カスミーロスは初めから誰にも心を寄せないし、誰も愛することがないのだ。

 誰に対しても完璧で、誰に対しても一定の距離を絶対に崩さない。

 それに気がついたのはいつだったか……そう、オレに対する態度が、ホンの僅かではあるが、他の一般人と違って見えたその瞬間。それは、初めてオレはこいつの仲間になったのだと……そう感じた瞬間と同じだった。

 それと同時に、オルシアに対するカスミーロスの気持ちも見えたような気がした。

 カスミーロスにとって、オルシアこそまさに望んでいた宝。

 何よりも激しい渇望の具現。

 子供でいられなかったカスミーロスは……大人になれない、子供の心のままのオルシアを愛している。

 きっとそれは恋愛感情ではなく……もっと深く、根本的な……そして不毛な想いだ。

 孤高の勇者カスミーロス。

 この男を作り上げているのは、魂の孤独さなのかもしれないと、オレは思った。


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