碧落①
剣を振る姿が、これほどまでに絵になる男は、実際のところそうそういるものではない。
誰でも武器を持てばそれなりに力強く雄々しく見せることは可能だろう。しかしそこにはやはり野蛮さと粗雑な荒々しさがついてくる。一歩間違えれば下品ささえ加わって見えるものだ。
だが、この男にはそれが無い。
まるで、物語の一場面を描いた、絵画の中の英雄……血なまぐささも、猛々しさも、みなそのマントの白さの中に吸い込まれていくような、そんな錯覚さえ覚えさせる、静けさ。
「こいつは特別に創られた存在なんだ」
────そう言われても、納得させるだけのものが、この男にはあった。
普通の奴とは違う。そう思わせる何かがある。
誰が見ても申し分なく均整の取れた長身の体。
日差しを受けてきらめく白銀の髪と鎧。風を受けた純白のマントの、その翻り覗く裏地の青は、よく晴れた日の海の色を思わせた。
いつも優しく穏やかなその微笑み。
透き通るように静かな、湖水色の瞳。
役者のそれのように優雅に振り上げられた剣が、まるでスローモーションがかかったように冷たい光の弧を描き、モンスターの脳天を割る。
飛び散った血飛沫の紅さも、オレの眼にはモノクロームのように見えた。
命をかけて戦っているその瞬間が、こんなにも静寂に満ちて見える……そんな奴を、オレはこいつの他に知らない。
現実感がまるでない。
だからこそ、この男はここまで絵になるのだ。
地響きさえしそうな巨体なのに、そのモンスターが倒れた音は、風に吹かれた窓辺の小さな人形が倒れるよりも静かなように感じた。
「仕事完了……だな」
剣についた血を一振りで振り払って、鞘に収める。
チンッ……というこ気味の良い音で、オレはようやく現実に引き戻された気がした。
白いマントの翻る下で、醜いモンスターが頭を割られて死んでいる。夥しい量の血が地面に流れ、湿った土に血だまりを作っていた。
咽るような、血の匂い。
「思ったより簡単な仕事だったね」
倒れたモンスターの死体を見つめたまま、カスミーロスは穏やかに微笑してそう言った。
「さあ、さっさと報告をしに戻ろうか」
振り返る顔も、いつもと変わらぬ優しい微笑み。
もしかしたら、こいつの眼には倒れた敵などもう映らないのかもしれない。ただの、景色と同じなのだ。
「今度の依頼人はなんか偉い人なんだろう?」
無邪気に問うのは、我らが大魔法使いオルシア様。こいつの目には、最初っからモンスターなど映っていなかったことだろう。
だから、その明るさは頷ける。オルシアにあるのは、カスミーロスの勝利というその事実だけだ。
「そう、どうやらこの地方を治めている伯爵らしいよ。領地をモンスターに荒らされて困っていたそうだが、これでもう安心だろう」
「モンスターを倒したら、城に招いて歓迎してくれるって話だよな?」
「ああ、報酬は望むままだそうだ。……行ってみたい?」
「勿論だ」
「じゃあ、素直に招かれることにしようか」
そう言った一見変わらずに見える穏やかなその微笑に、ほんの少し影が差したように見えたのは気のせいだろうか。
ともかく、オレたちは仕事の完了を告げるために町のギルドまで戻ることにした。
その日はギルド近くの宿屋に泊り、翌日の夕方、オレたちは伯爵の待つ城へと赴いた。
小さな国の伯爵とはいえ、貴族だとか上品な一族に抵抗のあるオレはあまりいい気分ではなかったが、オルシアが行きたいと言ったからには仕方が無いだろう。
それに、どうせこういった連中が真実歓迎するのは、カスミーロスのように名の通った一流の相手だけだ。歓迎パーティーなどそもそもがやつらの道楽に過ぎない。
案の定、食事の時もパーティーの時も、カスミーロスは明らかに別格の待遇を受けていた。主役は勇者。それ以外なんて、こいつらの眼にはただのお供に過ぎないのだ。
カスミーロスも、きっとそれを予感していたのに違いない。しかしそれでも、しっかりこの貴族の世界に対応できるだけのマナーや知識を、この男は持っていた。
「僕は、貴族の家に生まれたんだよ」
カスミーロスの生立ちに関する話を聞いたのは、それが初めてだった。
深夜。
城の一角に部屋を与えられ、俺たち三人はそこに一晩とまることになった。
オルシアは珍しいものを見てまわって疲れたのか、一人安らかな寝息を立てている。
「貴族?どうりで……」
「貴族と言っても、僕は妾腹の子。両親の記憶は全くないし、ただともかく、僕は昔その貴族の家で、腹違いの兄たちに飼われていたのさ」
そう自嘲的に語りながらも、穏やかな笑みは崩れない。
オレはそのとき初めて、こいつが抱える心の闇に気づかされた気がした。
「君も窮屈な思いをしていたようだけれど、僕もね、貴族は苦手なんだよ。心の中ではどうであっても、外面だけはいい連中……やつらの自己満足の道具に使われるのは、もうごめんだと思っていたんだけれどね」
「……」
「父の死後、兄や継母たちはそれは熱心に僕を教育してくれたよ。自分たちが引き取ってやった下女の子が、何処に出ても立派に見えるようにね。彼等はそれはそれは僕を可愛がってくれた。人前では、それこそ神か天使のように優しく……。おかしいと思わないか?あの悪魔のような奴等が、どうして……誰も解からないんだ!」
「カスミーロス……」
珍しく怨嗟のこもった声で語気を荒げたカスミーロスに、なんと声をかけたらいいのかわからず言葉を失ってしまうと、彼ははっとしたように顔をそむけ、それから再び静かな笑みを浮かべ、オレを振り返って言った。
「……すまない、少し飲みすぎてしまったみたいだ。僕はもう、眠ることにするよ」
「ああ……」
「オルシアは、元々高貴な生まれの人間だ。彼女がいたいというなら……僕はしばらくここにとどまってもいいと思うんだ」
「……そうだな」
「だから退屈かもしれないけど、よろしく、ミルドレーン。……おやすみ」
「おやすみ」
明かりを消して、眠りにつく。
柔らかいベッドのスプリングに、オレはなんだか寝付けなくて、その夜はずいぶん遅くまで目が冴えていた。
第三者視点だとイケメン度が増す男、カスミーロス。
同じ話を色んな人の視点で書いてみたいものですね。




