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理人の家では、両親が灯りをつけて息子の帰りを待っていた。
深夜にも関わらず息子に手を引かれてやって来たずぶ濡れの奏を、彼らは実に手際よく受入れてくれた。
咎めたり、事情を聞くよりもまず、子どもたちの世話を焼く。まるで最初から理人が奏を連れて戻ると信じていたようだ。
濡れた体を乾かして貸し与えられた理人の部屋着に腕を通す。同じくらいの体格だと思っていた理人の服は、こうして腕を通してみると色んな所がちょっとずつだぼついて、男の子なんだな、と妙な所で奏は感心した。
「理人の服で申しわけないけど、服を乾かす間だけ、我慢していてね」
着替え終わった頃を見計らって、理人の母が顔を出した。
にこやかに肩をすくめてみせる可愛らしい仕草に反して、息子の背中を焼いて助け、人々の中傷を耐え抜いた強い人であることを奏は知っている。
つい、じっと見つめていると、理人の母がふと微笑んだ。
「あの子が、ちゃんとあなたを見つけられて良かったわ」
無事で良かった、とかけられた温かい言葉に、不覚にも胸が一杯になった。
迫り上がる思いを必死に嚥下しようとする奏を見下ろして、理人の母が労るようにそっと肩に手を添える。推し量るような距離の取り方が理人によく似ていた。
和室の居間に通されると、そこには理人の父と、髪もろくに乾かしていない理人が向かい合って座っていた。
「怖い顔ねぇ」
理人の母が苦笑して声をかける。
はっとして顔を上げた理人に反して、理人の父は柔和な笑みで妻と奏を迎えた。
促されるまま理人の隣に座ると、彼の母もまた夫の隣に腰を落ち着ける。肩越しに理人の緊張が伝わるようで、奏は体を固くした。
「事情は大体、理人から聞きました」
真っ先に口を開いたのは理人の父だった。
「花患いについては、理人から説明を受けましたか?」
理人の父の問いに頷いて答えると、彼の視線が奏から息子へと移る。
「それでお前は何とする」
奏に向けたのとはまったく違う、穏やかだが突き放すような声色だ。
あまりの変貌に息を詰めていると、理人が父に向かって言った。
「その前に、この件を僕にください」
奏の視界の端で理人の手が拳を作る。
「識者には病に当たる優先順位があるはずだ。最初に病を見つけた者が方針を決める。後の者はそれに従う。蒼衣さんの花患いに気がついたのは僕が最初です。この件、僕にください」
どんな交渉が行われているのか分からなかったが、声の硬さから奏は理人が何か重大なことを押し通そうとしていることを悟った。理人の父が、興味深そうに目を光らせる。
「へえ。お前にしては珍しく無茶を言うね」
口調は柔らかいのに、重圧がすごい。
父が子を育てるというよりは、職人が弟子を鍛えるような姿勢だった。
「分かっているだろうが、お前は識者じゃない。まだ九々重に名も連ねていない分際で、その理屈が通ると思うな」
びしゃりと言い放った父の言葉に、理人の体が一層固くなる。
思い詰めるような重苦しい空気をまとった理人に向かって、父がふと居住まいを崩した。
「まあいいよ。思い上がるな、って釘を刺しただけだから。そう怖い顔するな」
聞き入れないとは言ってないだろ、と理人の父が目を細める。
「お前の所見を言ってみろ。採るか採らないかはこちらで決める」




