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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
花患いと竜の禊病
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 一年ほど十分に奏を観察した後、父は本土から医師と出版社付きの取材班を呼び寄せた。

 第三者を承認に立てることで、奏の特異性と自分が撮り溜めた写真や映像が偽造ではないと証明しようとしたのだ。


 知らない人がたくさん来て、自分を泣かせて撮ろうとする。この異常な事態に恐怖して、奏は母に助けを求めた。

 しかし母は一切の事態を嫌悪するように、奏の言葉を無視して見て見ぬ振りを通し続けた。


 だから奏は自衛したのだ。


 取材当日。陳腐な方法で泣かせにかかる父の手に乗ったように見せかけて、奏は隠し持った目薬で涙を演出した。心にしっかり蓋をして、決して本当の涙が流れないように。


 更に手の中で握りつぶした花を放って、うっかりを装って目薬を取り落としてみせる。

 父の主張することは狂言だ。トリックがあるのだ。そう思わせることができれば、きっともう誰も彼を信じないと思った。


 もう誰も、自分の涙に興味を持たない。そしたらきっと、父も諦めて元の生活に戻るに違いない。穏やかな生活と、優しかった母も戻って来る。そう信じた。


 奏の思惑通り、つたない工作で医師も取材班も簡単に釣れた。

 もともと信じ難い現象だったことも手伝って、自分たちの理解しやすいトリックの可能性に食いついたのだ。


 医師も取材班も、父を少々妄想癖のある詭弁者だと呆れたようだ。焦った父が撮り溜めた写真を見せても、映像を見せても、加工したものだろうと鼻先で笑って相手にしなかった。


 これでもう大丈夫。やっと終わったのだ。医師らを乗せた連絡船が島から離れていくの見送りながら、奏は小さな達成感すら感じていた。

 しかし、一度壊れたものは、奏が思うほど簡単には元に戻らなかった。


 その夜、父は奏を死ぬほど殴った。さすがの母も止めに入るほどで、切った口から冗談みたいに血が出て畳を汚していた。


 むせ返るような血液の匂いの中で、それでも奏は決して泣かなかった。

 騒ぎを聞きつけて集まった島の人間に、自分の体質が知られることを恐れたのだ。


 この涙が不幸を連れて来たのだ。父を変えて、母を失望させた。もう二度と、誰かに涙のことを知られたくはなかった。


 小さな島では醜聞はすぐに広まる。父の暴行と奏の負傷は翌日には島中に知れ渡ってしまった。どこに行っても白い目で見られるようになった父は自棄になって仕事も辞め、ふらふらと家を空けることが多くなった。


 何年かそうして寄生するように奏の家で暮らした後、ふいに一切の荷物を持って父は島を出て行ってしまったのだ。


 風の噂によると本土に女を作って逃げたという。父を失った母は半狂乱になって奏を憎んだ。


 ──あんたのせいよ! あんたが全てをぶち壊したのよ! あの人を返して! そんな気持ち悪い涙一つ、出し惜しみなんかするからこんなことになって! 


 何で私にいじわるするの、と母は奏を詰った。

 家族が元の形に戻らないと知って、奏は数年ぶりにひっそり泣いた。


 声を殺して、一人きりで涙を流す。久しぶりに見た涙の花は白いだけではなく様々に色づいて、何の花か見分けられるほどはっきりと花の形を模倣していた。

 しかも以前は手に乗せた雪のようにすぐさま消えた花は、なかなか消えずにしばらくの間姿を留めるようになっている。

 より強く存在を主張するようになった涙の花が恐ろしくて、奏は泣きながら戦慄した。


 外聞を気にする母は外では懸命に普通の親子を取り繕っている。

 ここが閉鎖的な島でなかったら、奏はとっくに捨てられていただろう。


「颯太は、私にとってたったひとつの拠り所だった」


 奏の言葉に、理人がその先を察して眉を下げた。


 ゆっくりと首を絞められるような息苦しい日々の中で、近所に住む颯太が何やら不思議な体質に悩んでいると噂され始めたのは、奏が中学に入るか入らないかという頃のことだった。


 涙を流すと思い出が消える。最初は冗談かと思ったその症状が、実に深刻に颯太の家族を蝕んでいると知った時、幼い彼に心底同情しながら奏は──確かに喜ぶ自分を感じた。


 自分だけじゃない。そう思ってしまったことに震えるほど嫌悪感を感じながら、それでも奏にとって、颯太は心の拠り所となった。


 幼い颯太がどれだけ苦しんで、どれだけ傷ついているのかを想像すると、胸が痛くて張り裂けそうになる。だけど同時に、その事実は確かに奏の心を救ったのだ。


 何て浅ましい。


 訳知り顔で理解者の位置に着いた汚い自分を、奏は蔑んだ。

 親身になって颯太の話を聞きながら、自分のことは隠し通す狡さを非難した。

 だからこそ、この不毛だがささやかな居場所を壊しに来た理人に、奏は颯太を託したのだ。


 ──颯太を助けて。


 それは奏の本心だった。


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